あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日記

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2020316日 "東京・春・音楽祭2020" ベルリン・フィルのメンバーによる室内楽  ~ピアノ四重奏の夕べ ザ・フェニックスホール

 

ザ・フェニックスホール

1階B18

 

ヴァイオリン    : ガイ・ブラウンシュタイン

ヴィオラ        : アミハイ・グロス

チェロ          : オラフ・マニンガー

ピアノ          : オハッド・ベン=アリ

 

モーツァルト    :ピアノ四重奏曲 第1番ト短調K478

フォーレ        :ピアノ四重奏曲 第1番ハ短調

ドボルジャーク  :ピアノ四重奏曲 第2番変ホ長調

 

"東京・春・音楽祭2020"HP上で、この“いずみホール公演”は実施予定と継続してアナウンスされてはいたものの、直前まで中止発表を覚悟していた。演奏会当日の夜(ちょうど演奏会が行われている頃)、ついにEUの欧州委員会がシェンゲン協定加盟国に対してEU域外から域内への不要不急の移動制限案を提示しており、この公演の決行はメンバー帰国手配を進めながらのギリギリの判断のなかでのことだったのでは、と思う。よくぞ実施してくれたものだ。いちクラシックファンとして感謝の言葉しかない。

 

昨年と同様、演奏に大変感銘を受けた。おそらく大阪で聴くことのできる最も優れた室内楽演奏ではないだろうか。完全な調和の上で、ダイナミックに個を主張していく弦楽器とピアノ。演奏に対する感想は昨年と全く同じ。あれこれ字面をならべるより、昨年のブログ記事を一部再掲。なお、昨年の同団体のいずみホール公演メンバーからヴァイオリンが、ノア・ベンディックス=バルグリーからガイ・ブラウンシュタインに変更となっている。

 

昨年の同団体の演奏会のブログ記事の一部を再掲

~~ 
ピアニストのオハッド・ベン=アリがまた素晴らしかった。同じフェニックスホールのスタンウェイが、過去に聴いてきた室内楽演奏のピアノの音と全く違う。あのような固すぎず音の芯のしっかりした音は、いったいどうやったら出せるのだろう。ピアノの左手がオラフ・マニンガーの弾くチェロと同じ旋律線を奏でるとき、発音の仕組みが全く異なる二つの楽器がどうしてこんなにも調和するのだろうか。ピアノのタッチ、チェロのピッチ、そして奏者の息が完全に一致している。
~~

 

欧州委員会による渡航禁止が発表された時点である程度覚悟はしていたものの、今週半ばに、ついにトリスタンとイゾルデの公演も中止となってしまった。指揮者や歌手が来日できなのではどうにもならない。2日と5日の両方のチケットを押さえていたのに…。

 

 

 

 
20200316_ベルリンフィルのメンバーによる室内楽

20200316_ベルリンフィルのメンバーによる室内楽_1

202019日  ウィーン・リング・アンサンブル いずみホール

 

いずみホール

1Q3

 

ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)

ダニエル・フロシャウアー(ヴァイオリン)

ハインリヒ・コル(ヴィオラ)

ロベルト・ナジ(チェロ)

ミヒャエル・ブラデラー(コントラバス)

カール=ハインツ・シュッツ(フルート)

ダニエル・オッテンザマー(クラリネット)

アレックス・ラドシュテッター(クラリネット)

ロナルド・ヤネシッツ(ホルン)

 

J.シュトラウス       :オペレッタ『ジプシー男爵』序曲

ヨーゼフ・シュトラウス  :ワルツ「うわごと」                  

J.シュトラウス       :ジプシー・ギャロップ

J.シュトラウス       :エジプト行進曲

C.M.ツィーラー         :「ウィーン娘」

ヨーゼフ・シュトラウス  :ジョッキー・ポルカ

ベートーヴェンメドレー (生誕250年記念)

J.シュトラウス       :ワルツ「酒・女・歌」

C.M.ツィーラー         :ぶどう畑のギャロップ

J.シュトラウス       :謝肉祭のための大カドリーユ

J.ライナー             :ワルツ「求婚者たち」

ヨーゼフ・シュトラウス  :スポーツ・ポルカ

 

 ―― アンコール ――

  ヨーゼフ・シュトラウス     :おしゃべりな可愛い口

J.シュトラウス           :ワルツ「美しき青きドナウ」

J.シュトラウス           :ラテツキー行進曲

 

一昨年からANAが羽田・ウィーンの直行便を飛ばしているので、以前ほどではなくなっただろうにせよ、恐らく3日早朝に羽田に到着した翌4日からツアーを開始するという、いつもながらのハードスケジュールの日本ツアー。

 

例年と違ってちょっとだけ違和感を覚えたのは、特に編曲ものやギャロップといったワルツ以外でライナー・キュッヒルのヴァイオリンが、特に4人の管楽器奏者との間で細かいニュアンスの不揃いと言うか、なんとなくしっくりいってないこと。もともと個性の強いライナー・キュッヒルが際立っているのがこの団体のいい意味での特徴だけど、ウィーンフィルのコンサートマスターを退いてから時間が経っていることが理由なのだろうか。

 

それでもやっぱり、この団体の演奏するウィンナ・ワルツは、ほんと素敵。ヴァイオリン2丁とヴィオラ、ダブルベースの4人で演奏されたJ.ライナーの“求婚者たち”が一番よかったな。

 

 20200109_ウィーンリングアンサンブル_1

20200109_ウィーンリングアンサンブル_2

20191115日 ズービン・メータ指揮 ベルリン・フィルハーモニー交響楽団 フェスティバルホール

 

フェスティバルホール

12049

 

指揮                    :ズービン・メータ

オーケストラ           :ベルリン・フィルハーモニー交響楽団

チェロ                 :ルートヴィッヒ・クヴァント

ヴィオラ               :アミハイ・グロス

 

R・シュトラウス        :交響詩『ドン・キホーテ』

ベートーヴェン         :交響曲第3番『英雄』

 

今回のベルリン・フィル大阪2公演、初日をズービン・メータのブルックナー8番を聴く演奏会、そして今夜をリヒャルト・シュトラウスの交響詩を通じてベルリン・フィルのスーバーオーケストラを堪能する演奏会、そう捉えて楽しみにしていた。“ドン・キホーテ”の実演は、2010年に大植英次・大阪フィルの定期以来。録音でもあまり聴く機会のない作品ということで、普段はしない事前予習をしっかり繰り返して、スコア片手に各変奏ごとの描写を頭に叩き込んでおいた。やはり、ベルリンフィルは巧かった。全く非の打ちどころがない。

ところが、今回の連続公演において、楽しみにしていた前プロのドン・キホーテよりも、そして昨夜のブルックナー8番にも増して強く感動したのが、後プロのベートーベン英雄交響曲。83歳ズービン・メータが到達した音楽表現の頂点を聴いたのではないか。途中休憩の時、ホルンセクションが舞台裏で第3楽章トリオ部分をさらう音を聞いていて、演奏に対する本気度も伝わってきた。その英雄交響曲は対抗配置のまま弦を14型に落としホルンは指定通り3本。昨今のピリオド奏法の潮流にはまったく背を向けたもので、音楽に誠実であると同時に完璧な演奏。ベースの重心の低い音に続き、順次積み上げるように鳴らした冒頭和音がズービン・メータの演奏の方向性を明確に示していた。

 
20191114_ベルリンんフィル


翌日から3泊4日でグァムに滞在中。今日のうちに記事をアップしておかないと、明日からまたタフな毎日が始まる・・・


20191118_ グアム


20191114日 ズービン・メータ指揮 ベルリン・フィルハーモニー交響楽団 フェスティバルホール

 

フェスティバルホール

12031

 

指揮                    :ズービン・メータ

オーケストラ           :ベルリン・フィルハーモニー交響楽団

 

ブルックナー           :交響曲第8

 

私にとってこの敬愛するブルックナーの第8交響曲は“愛聴曲”という言葉はふさわしくない。古今のあらゆる交響曲において最も深遠で崇高な作品であるこのシンフォニーを聴くという行為は、大げさに言えば常に覚悟をもって対峙することを自らに求めてしまう。“人の一生を記した大河小説”を読破したかのような感動とともに時に徒労感さえ入り混じったかのような“(読後感ならぬ)聴後感”を感じさせられる演奏こそが理想で、16歳の時にセル・クリーブランドSOLPで出会って以来45年余り、常にそのような体験を求めて数々の演奏を聴き続けてきた。フルトベングラーのLP盤で聴かれるアッチェレランドなど言後同断だし、妙にテンポを揺らすとかアゴーギクをほんの少しでも伴った恣意的解釈は絶対に無用であり、一般に名演と言われるヨッフム・シュターツカペレの演奏なども終楽章の高貴な主題の展開の後の強奏部でギアを上げたようにテンポアップされたとたん興奮から覚めてしまう。

 

~以上、2016219日のバレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団による同曲演奏についての記事を再掲~

 

さて、ズービン・メータが世界一のスーパーオーケストラから引き出す演奏は、まさに円熟の極致。理にかなったディナーミク、必然にみちた音楽の運び、まさに大河のごとくの私の理想にとても近い音楽だった。体感的にはかなりゆっくり(これも私の理想とするところ)。前半2つの楽章の演奏時間がそれぞれ16分、16分だったことは腕時計をみて確認したものの、アダージョ楽章は最後8小節の奇跡のようなワーグナーチューバに聴き惚れて我をわすれてしまい、時計に目をやることなど全く忘れてしまった。そして終楽章、3つの主題を順次再現していくなかで第3主題再現の後半フォルテ箇所から、一度速度を僅かにあげて再現部を締めくくり、深いパウゼの後に再びゆっくりとした歩みでコーダーが始まる、その見事な音楽の構築に完全に絡めとられてしまった。フライングではないものの、余韻を打ち消すようなブラボーを叫ぶ輩が複数いたことが実に残念。

 

明日も同じ一階20列で、これまた楽しみなドン・キホーテと英雄が聴ける。贅沢な2日間だこと。

 
20191114_ベルリンんフィル

20191031日 ケント・ナガノ指揮ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団 サントリーホール

 

サントリーホール

2C611

 

指揮            :ケント・ナガノ

ピアノ          :辻井 伸行

 

ベートーベン    :『エグモント』序曲

リスト          :ピアノ協奏曲第1

―アンコール    リスト  :ラ・カンパネラ

  休憩

マーラー        :交響曲第5番 

      ―アンコール    リゲティ:コンチェルト・ロマネスク第4楽章

 
金曜日の東京オフィスでの会議に合わせて、今夜のケント・ナガノ指揮ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団と翌日のラザレフ・日フィルのサントリー定期を聴くことに。

ズンッとくるような音圧を想像して身構えるようにして聴き始めた “エグモント” の冒頭、特段に暗くも重厚でもない響きに一瞬とまどった。ケント・ナガノの指示、解釈によるものなのか最大でもフルパワーの8割程度までに抑制したなかでの演奏に収まっている感じ。

 

後半のマーラー5番でも弦はさほど厚みと音量を伴わないし、トランペットの耳をつんざくような閃光やホルンの咆哮、ティンパニの激しい打ち込みといった5番の聴かせどころも、特段に際立たせることが無い。終楽章など、もっと煽るくらいでないとこの曲は面白くないのだけどな。それでも、やはり(というか、当たり前に)肝である冒頭トランペットと第3楽章ホルンのソロは上手い。

 

辻井伸行のピアノを聴くのは2015年のゲルギエフ・ミュンヘンフィルの来日公演(大阪フェスティバルホール)での皇帝協奏曲以来、二度目。最もチケットが売れる日本人ピアニストとして、関西では彼が協奏曲を弾く演奏会のチラシ広告ばかりがやたらと目にとまるけど、大概、集客のより期待できる週末の土・日曜日で、私としてはなかなか聴く機会が得られない。隙のない完璧なテクニックと、音楽の自然な流れは4年前の記憶と同じ。ヴィルトゥオーソな作品よりも、ショパンやモーツァルトをたっぷりと聴いてみたいものだ。

 

アンコールにリゲティのコンチェルト・ロマネスク第4楽章を、そして辻井伸行のピアノソロでラ・カンパネラが聴けて満足の一夜。マーラーの5番がかなり時間をかけた演奏だったこともあり、終演は930分過ぎ。

 
20191031_ケントナガノ_ハンブルク響

201975日 エリアフ・インバル ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団 三重文化会館

 

三重文化会館大ホール

1階189

 

エリアフ・インバル指揮

ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団

ピアノ : アリス=紗良・オット

 

モーツァルト    : ピアノ協奏曲第21番 ハ長調

  ―― アンコール    ショパン ワルツ 第19番イ短調 

マーラー        : 交響曲第5番 嬰ハ短調

 

指揮者とオーケストラの良好な関係はその演奏に現れるものらしい。先週のザンデルリンクとドレスデン・フィルに続いて、インバルとベルリン・コンツェルトハウス管の成熟した関係が導く成果物としてのマーラー演奏を聴いて、あらためてその思いを強くした。インバルの実演をさほど聴いてきたわけではないけど、それでも幾度となく録音で聴いてきた彼のマーラーとは、やはりだいぶ違う。ディテールに徹底的にこだわりながらも極度なディナーミクやこけおどしといった虚飾がない。全曲を通して、インバルの棒にオーケストラが見事に応えている。比較的普通に感じたのは第1楽章のみ。その後は、とにかく関心したり、おおっそうくるかとニヤッとしたり、ハッとさせられたり。実に聴きごたえがあった。

 

初めて訪れた三重文化会館大ホールはシューボックス型でありながら、キャパが1,900人と大きく、天井を高くしすぎたためか意外に響きが薄い。座った平土間1階のほぼ中央列の席では低域から高域までフラットにきこえるものの、ステージから音が飛んでこない。モーツァルトのPコンを聴くには器が大きすぎる。マーラーも、さすがに芸文コベルコホールにようにステージ上の空間で鳴っている音を求めて意識して聴きにいくようなことも、京都コンサートホールのように頭上から後方に音の塊りが消えていくようなことはないにしても、フルオーケストラの大音響に身を浸す快感は得られなかった。

 


インバル_ベルリンコンツェルトハウス管_20190705
 

201974日 アンドレイ・ガヴリーロフ ピアノリサイタル ザ・フェニックスホール

 

ザ・フェニックスホール

2AA15

 

ピアノ  : アンドレイ・ガヴリーロフ

 

シューマン              :蝶々 OP.2

シューマン             :交響的練習曲 OP.13

ムソルグスキー         :組曲『展覧会の絵』

 

―アンコール       ショパン      :ノクターン第4番 OP15-1

                   プロコフィエフ  :四つの小品 OP4 より“悪魔的暗示”

 

アンドレイ・ガヴリーロフは半世紀も前にチャイコフスキー国際コンクールを若干18歳で優勝したらしい。それ以降のキャリアは詳しくは知らないし、まったくもって興味もわかない。少なくともフェニックスホールで聴いた演奏は、あまりにも粗暴で品のない暴演(爆演ではない)。このピアニストの演奏をもう二度と聴きたいとは思わない。

 

第一曲目“蝶々”を聴いていて感じた強烈な違和感(変わった節回しや、一部の声部を強調させた不思議な響き)も、このピアノストの持つ個性だろうと肯定的に捉えていた。ところが交響的練習曲での“ピアノをぶっ壊そうとしているのではないか”とすら思えてしまうような破壊的な打鍵(エチュード第10番の最後など、信じられないことにスタンウェイを数センチも前に突き押してしまう)に唖然としながらも、演奏自体は荒っぽくむちゃくちゃだし、ペタルを踏みっぱなしのために音は濁りまくりで、大いに首を傾げてしまった。

 

ジャズアレンジでもしだしたのかと思わせるようなプロムナードで始まった“展覧会の絵"に至っては、ただ見世物として面白いだけで音楽的には完全に破綻してしまっている。“このピアニスト(かつては知らず)恐らく楽譜に忠実な演奏は(もはや)できないにちがいない…。”“彼の弾くバッハもショパンも、絶対に聴きたくはない。”と思いながら、悲しく不愉快な気分にさせられた演奏をどうにか聴き終えたところで、アンコールはなんとショパン、それもよりによって大好きなノクターン4番を弾きだした。あのショパン演奏は私の美学には全くそぐわない。

 

それでも終演後は多くのスタンディングオベーションが送られ、本人もご満悦でピースサインをしてステージを降りて行ったのだから、私の感性が他とは少し違うのだろう。

 
アンドレイ ガヴリーロフ_20190704

2019628日 ミヒャエル・ザンデルリンク ドレスデン・フィルハーモニー ザ・シンフォニーホール

 

ザ・シンフォニーホール

1階O4

 

シューベルト    :交響曲第7番 ロ短調“未完成”

ベートーベン    :交響曲第5番 ハ短調“運命”

ドヴォルザーク  :交響曲第9番 ホ短調“新世界より”

  ――アンコール     ドヴォルザーク:スラブ舞曲第1集第8

 

G20大阪サミットにともなう交通規制による思わぬ余波を被って週末大阪滞在としたことで、前日の福井敬リサイタルとともに聴きにいくことにした演奏会。日曜日のマチネ、未完成・運命・新世界よりの表題付き交響曲、ドイツのオーケストラ、そして比較的リーズナブルなチケット価格ということで、ホールは家族連れも多くみられほぼ満席。

 

ミヒャエル・ザンデルリンクとドレスデン・フィルハーモニーは、2年前の来日公演時も諸事情により東京芸術劇場で聴く機会を得たことを思えば、ちょっとした縁があるかもしれない。ただ、そのときのブログ記事を読み返しても、いつもながらにたいしたことも書いてなくて、どんな演奏だったか思い出せない。特段に惹きつけられた演奏でなかったみたい。

 

というわけで、あまり期待をしていなかった今回のコンサート、3曲ともルーティンワークなどではない、8年間にわたって首席指揮者を務めてきたミヒャエル・ザンデルリンクとこのオーケストラのとの関係性の良さが成熟した形で見事に演奏表現として発揮された、なかなかに聴きごたえのある演奏会だった。前半のシューベルトとベートーベンは、Vn両翼配置で指揮者は指揮棒なしの手振り、休憩後のドヴォルザークでは弦の配置を現代式に変えてタクトを持っての指揮。乾坤一撃のごとくの一発振り下ろしで“運命”の出だしを決めてしまうのなど、さすがの一言。

 

一曲目“未完成”が演奏解釈の際立ちとしては、一番の聴きものだった。アタッカで連続して演奏された第2楽章での木管群や弦の響きはまさに旧東ドイツからの伝統の響きなのだろう。一方で、後半ドヴォルザークで金管がかなり奔放に吹きならすので弦や木管群の響きとのミスマッチが気になったのと、ティンパニの音が時に大きくズレたり(頻繁なマレットの持ち替え作業に一所懸命すぎか?)だったのが残念。

ドレスデンフィル_20190630

20194月19日 トヨタ・マスター・プレーヤーズ・ウィーン・プレミアム・コンサート

 

大阪ザ・シンフォニーホール

120

 

トヨタ・マスター・プレーヤーズ・ウィーン

クラリネット    :グラルド・パッヒンガー

ヴィオラ        :エルマー・ランダラー

 

シューベルト                    :交響曲第5番 変ロ長調D485

ブルッフ                        :クラリネットとヴィオラのための協奏曲 ホ短調

=休憩

ヨハン・シュトラウスⅡ          :オペレッタ『ヴェネツィアの一夜』序曲

ランナー                        :ワルツ『ロマンティックな人々』

ヨーゼフ・シュトラウス          :ポルカ・マズルカ『遠方から』

ヨハン・シュトラウスⅡ          :宝石のワルツ

ヨハン・シュトラウスⅡ          :ポルカ・シュネル『急行列車』

ヨハン・シュトラウスⅡ          :入江のワルツ

  - アンコール

エドゥアルト・シュトラウスⅠ    :ポルカ・シュネル『テープは切られた』

ヨーゼフ・シュトラウス          :ポルカ・シュネル『短いことづて』

 

今年のトヨタ・マスター・プレーヤーズ・ウィーンは、後プロが本場のポルカとワルツ。しかも大好きな『ヴェネツィアの一夜』の序曲と“入江のワルツ”が聴ける、なんとも魅力的なプログラム。これはもう、期待しないわけにはいかない。席は、コンマスのフォルクハルト・シュトイデやドリアン・ジョジなどなど、珠玉の面々を間近にすることができるステージ前のC20番を選択。

 

演奏は、もちろんのこと最高の一言。奏者全員、シュトイデが弾きだすのを聞いて、ほんの一瞬後に音を出すその絶妙な間の見事さ、ワルツのリズムを刻むセカンド・ヴァイオリンやヴィオラ奏者のなんとも楽し気な様子、ブルッフでのソリストの息づかいなど、C20番は正解だった。アンコールの後、ステージ前に全員が一列に並んだ時、ウィンナ・ホルンを小脇に抱えたロナルド・ヤネツェックを見て、ミーハー的に感激してしまった。

 

トヨタマスターズプレーヤー_20190419




2019
326日 ベルリン・フィルのメンバーによる室内楽  ~ピアノ四重奏の夕べ ザ・フェニックスホール

 

ザ・フェニックスホール

1階C18

 

ヴァイオリン    : ノア・ベンディックス=バルグリー

ヴィオラ        : アミハイ・グロス

チェロ          : オラフ・マニンガー

ピアノ          : オハッド・ベン=アリ

 

マーラー        :ピアノ四重奏曲 イ短調(断片)

シューマン      :ピアノ四重奏 変ホ長調

ブラームス      :ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調

 

もし、“凄い”に英語のMOREMOSTといった比較級、最上級表現があったとしたら“凄い”を最上級にするための接頭語は “とてつもなく” だろうか、それとも “恐ろしいまでに” だろうか…、などとクダラナイことから書き出してしまったのだけど… いやはや、もの凄いメンバーによる、モノスゴイ演奏を聴いてしまった。

 

ベルリン・フィルの第1ソロコンサートマスターのノア・ベンディックス=バルグリー、第1ソロ・ヴィオラ奏者のアミハイ・グロス、ソロ・チェロ奏者のオラフ・マニンガーがアンサンブルを組むのだから超一級の演奏になるのは、当然といえば当然。ピアニストのオハッド・ベン=アリがまた素晴らしかった。ザ・フェニックスホールのスタンウェイが、過去に聴いてきた室内楽演奏でのピアノの音と全く違う。あのような粒立ちが良く、決して固すぎず音の芯のしっかりした音は、いったいどうやったら出せるのだろう。ピアノの左手がオラフ・マニンガーの弾くチェロと同じ旋律線を奏でるとき、発音の仕組みが全く異なる二つの楽器がどうしてこんなにも音楽的に調和するのだろうか。ピアノのタッチ、チェロのピッチ、そして奏者の息の完全なる一致。まったく見事としか表現できない。

 

このコンサート、なぜか “東京・春・音楽祭2019” と題されている。入場時に手渡された音楽祭のパンフレットを見ると、翌日(327日)には東京文化会館小ホールで、音楽祭の一公演として、同じプログラムを演奏するらしい。当然ながらパンフレットには、この大阪ザ・フェニックスホールの演奏会については一切の記載がない。パンフレット裏表紙にホールオーナーのあいおいニッセイ同和損保が見当たらないのに、どうして?とちょっと思ったものの、経緯はどうあれ、こんな奇跡的な体験(最高の演奏を、客席数301の贅沢な空間で聴くことができた)を大阪で得られたことを、ただただ感謝!

 

 
ベルリンんフィルのメンバーによる室内楽‗20190326


2019116日 フォルクハント・シュトイデ ヴァイオリン・リサイタル ザ・フェニックスホール

 

ザ・フェニックスホール

1階4

 

ヴァイオリン    : フォルクハント・シュトイデ

ピアノ         : 三輪 郁

 

モーツァルト           : アダージョ ホ短調 K261

ベートーベン           : ヴァイオリンソナタ 第10番 ト長調

モーツァルト           : ロンド ハ長調

  ~ 休憩 ~

ブラームス             : ヴァオイリンソナタ 第1番 op78 “雨の歌”

クライスラー           : ウィーン奇想曲  op 2

アルベニス             : 組曲『スペイン』より“タンゴ”op165-2(クライスラー編)

ドヴォルザーク         : スラヴ舞曲 ホ短調 op72-2 (クライスラー編)

クライスラー           : ウィーン小行進曲

  ―― アンコール

  クライスラー       : 真夜中の鐘

  クライスラー       : 愛の喜び

 

ザ・フェニックスホールの公演チケットをピアで購入すると、なぜかいつもステージ向かって斜め左(時に右)の第3列目あたりになることが多く、結果的にこれまで結構な回数、ヴァイオリン・ソロをほぼ定位置で聴いていることになる。そうした定点鑑賞ではっきり言えることは、ウィーン・フィル第一コンサートマスターであるフォルクハント・シュトイデの音は、やはり抜きんでて魅力的だということ。艶やかすぎることなく、しっとりと柔らかな音で弾かれた、詩情に満ちた“雨の歌”ソナタのなんとも素敵なこと。演奏終了と同時に、思わず “ふーっ” と深いため息をついてしまう。

 

伴奏を務めた三輪郁のピアノがまた実に素晴らしい。“ライナー・キュッヒル、フォルクハント・シュトイデ、そしてウィーン・フィルの首席クラスから大きな信頼を得ており…”というエージェントの言葉に、たしかにそうに違いない、と納得してしまう。ベートーヴェン・ソナタ第3楽章で、右手が音楽の主導権を握り強く音楽を主張する場面でも、同時に左手はヴァイオリニストとまったく同じ息遣いで副旋律を奏でるといったところなど、完全に魅了されてしまった。そして、なにより音の粒立ちがよく、また聴いて疲れない。これまでヴァイオリンソナタのピアノ伴奏を煩わしく感じたことが幾度もある。同じ席位置、同じホール備えのスタンウェイなわけだから、これは間違いなくピアニストの実力差なのだろう。

 

ほんとうにいい演奏だった。それにしても、アルベニスの ”タンゴ” や、ドヴォルザークのスラブ舞曲までウィーンの香りを感じてしまうのは、どうしてだろう。

 

20191116_シュトイデ_リサイタル_

 

201915日  ウィーン・リング・アンサンブル

 

いずみホール

2階バルコニー L後列席

 

ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)

ダニエル・フロシャウアー(ヴァイオリン)

ハインリヒ・コル(ヴィオラ)

ロベルト・ナジ(チェロ)

ミヒャエル・ブラデラー(コントラバス)

カール=ハインツ・シュッツ(フルート)

ダニエル・オッテンザマー(クラリネット)

アレックス・ラドシュテッター(クラリネット)

ロナルド・ヤネシッツ(ホルン)

 

スッペ         :「詩人と農夫」序曲

J.シュトラウス       : ワルツ「芸術家の人生」

J.シュトラウス       :オペレッタ「こうもり」メドレー                     

J.シュトラウス       :リストの主題による狂乱のギャロップ

J.シュトラウス       : ワルツ「シトロンの花咲くころ」

J.シュトラウス       :常動曲

メンデルスゾーン・メドレー

ヨーゼフ・シュトラウス  :ワルツ「天体の音楽」

ヨーゼフ・シュトラウス  :ポルカ・マズルカ「とんぼ」

ヨーゼフ・シュトラウス  :ポルカ・シュネル「大急ぎで」

A.ライナー             :ワルツ「最初の願い」

ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「ごちゃまぜ料理」

 

 ―― アンコール ――

J.シュトラウス:ワルツ「美しき青きドナウ」

J.シュトラウスⅠ:ラテツキー行進曲

 

14日が会社稼働日となったことで、この週末は大阪にいることに。おかげで3年ぶりのウィーン・リング・アンサンブルをいずみホールで聴くことができた。メンバーは豪華の一言。今年、ホルンがウィーンフィル首席のロナルド・ヤネシッツに変わり、クラリネット奏者2名も1976年のメンバーから変わっている。

 

例年通り、いや例年にも増してツアースケジュールが猛烈すぎる。ウィーンでのニューイヤーコンサートが終わって翌日2日にウィーンを発ったとして、東京に着くのは3日早朝。到着後、ホテルで体を休める間もなく、そのままに日本ツアーに臨んでいるわけで、3日横須賀、4日名古屋、そしてこの日(5日)に大阪いずみホール。まあ、ここまでは世界中を飛び回るビジネスパースンを思えば特段に厳しすぎるとは言わないにしても、凄いのはこの先の日程。6日に米子、そして7日に博多と続く。山陰松江で生まれ育ち、この年末年始も帰省していたものとして、大阪―米子、そして翌日の米子―博多の移動がとても大変なことは身に染みてわかる。プライベートジェットで伊丹―米子、米子―博多を飛ぶならまだしも、現実的な移動手段は2つ。公共交通機関JRを利用したなら車掌でも酔うといわれる振り子型 “やくも” と新幹線での乗り継ぎ移動は実にきついし、バスをチャーターしての車移動にしても、米子から博多に行くには米子道と中国縦貫道を経由しての移動はたっぷり5時間かかる。日本人の私でもこの日程では体調維持が難しい。それをウィーンフィルのトップ奏者に国際線フライトの延長として求めるのだから、相当な日本贔屓でないととてもじゃないが耐えられない。そう思うと、正月に日本にいながらにして絶品のウィーン音楽を楽しむことができるなんて、本当にありがたいこと。

 

この日のプログラムでの一番の聞き物はヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・マズルカ「とんぼ」だった。なんて素敵な曲だろうとウィキペディアで調べてみると、なかなかの頻度でニューイヤーコンサートで演奏されていた。一昨年のヤンソンス、そして2002年の小澤征爾の時もプログラムにあったらしい。後日、自宅に戻ったら録画してあるMHKの中継放送を確認しなきゃ。



ウィーンリングアンサンブル‗20190105


20181219日 ダニエル・ハーディング指揮 パリ管弦楽団 ザ・シンフォニーホール

 

ザ・シンフォニーホール

1L33

 

指揮            : ダニエル・ハーディング

ヴァイオリン    : イザベル・ファウスト

オーケストラ    : パリ管弦楽団

 

ベルク          : ヴァイオリン協奏曲 “ある天使の思い出に” 

  ――アンコール クルターグ :ヴァイオリンのためのサイン、ゲーム、メッセージ

   “遊び” から Für den, der Heimlichlaunched

マーラー        : 交響曲第1番『巨人』

  ――アンコール エルガー :エニグマ変奏曲から “ニムロッド”

 

イザベラ・ファウストの弾くベルクのヴァイオリン協奏曲、ひたすらソロ・ヴァイオリンの演奏を目で追いかけながら、その壮絶なテクニックに圧倒されるとともに、青白く閃光を放つような演奏に大いに感動してしまった。このソリストの演奏を2日前に東京サントリーホールで  “体験” しておいて、ほんと良かった。“温かみよりも少々醒めたような音色で、神経質なまでに意識をいきわたらせた(一昨日のブログに、そう書いた)” 演奏は、この日も同じ。勿論、ベートーベンとベルクでは作品自体まったく異なるし、ホールも違う。それでも両日の演奏を聴いて思い至ったこのヴァイオリニストの特性は  “外面的な冷淡さと、内向的でありながら壮絶なパッションが絶妙に調和”  していることであり、それはベートーベンよりもこの日のベルクのコンチェルトのほうがより相応しいように思える。アンコールは、サントリーホールのときと同じクルターグの小品ながら、別の曲だったらしい。ただしアンコール時には、“あっ同じ曲”   と思って聴いていた。

 

休憩後のマーラー の ”巨人”、充実度としては90パーセント位かな。100パーセントには、何かが少し欠けていたのか、それとも幾つかの箇所であともう少し(今となってはいちいち覚えていないけど)と感じたところがあったりしたからか。いずれにせよ、このオーケストラはスタイリッシュで素敵に上手い(これも一昨日のブログに記した表現どおり)。それにしても1楽章第1主題 “さすらう若人の歌” でのトランペット・ソロのなんともメローでとろけるような、まろやかな音だこと。舞台裏でファンファーレを吹いたのと同じ奏者、同じ楽器とはとても思えない。

 
パリ管_20181219


20181217日 ダニエル・ハーディング指揮 パリ管弦楽団 サントリーホール

 

サントリーホール

2階席LC5

 

指揮            : ダニエル・ハーディング

ヴァイオリン    : イザベル・ファウスト

オーケストラ    : パリ管弦楽団

 

ベルリオーズ    : オペラ『トロイアの人々』から“王の狩りと嵐”

ベートーベン    : ヴァイオリン協奏曲 二長調 

  ――アンコール クルターグ :ヴァイオリンのためのサイン

                        ゲーム、メッセージ、ケージへのオマージュからDoloroso

ベートーベン    : 交響曲第6番『田園』

  ――アンコール ベートーベン :コリオラン序曲

 

水曜日にベルクのヴァイオリン・コンチェルト(独奏者は今夜と同じイザベル・ファウスト)とマーラー“巨人”を大阪ザ・シンフォニーホールに聴きに行く予定にしているものの、なんとか東京出張をこの日に調整して、サントリーホールで別プログラムであるベートーベンのコンチェルトと田園シンフォニーをメインに据えた公演を聴く。重すぎることなどなく、最強奏トゥッツティでもまったく乱れることなどもない気品と優美さを失わない弦セクション、柔らかくも若干の翳りをおびた音色で達者ぞろいの木管セクション、そしてヴィジュアルにもスタイリッシュな演奏姿。第1曲目開始早々での木管のアンサンブルで一気に魅了されてしまった。日頃シンフォニーホールで聴く在阪のオーケストラとのあまりの格の違いを思い知らされる。このオーケストラの音は実に品がある、そして素敵に上手い。

 

ベルリオーズの序曲は舞台後方に3名のティンパニ奏者を並べた16型フル編成。その後、協奏曲からアンコールのコリオラン序曲を含めてベートーベン3曲は全て12型弦でピリオド奏法による演奏。ベートーベンでは過度にエッジを効かせ過ぎることなく、パリ管の持つ優美さを保ちながらもメリハリとアクセントを十分に保った弦群、そして包み込むような音色の木管群とそれに溶け込むトランペットの音色。ハーディングの新鮮味を失わない音楽運び、それに見事に応えるパリ管の凄さ。ほんと、素晴らしい。

 

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、大向うを唸らせるようなヴィルテュオーソな演奏効果を求める作品ではないこともあり、凡様なソリストと指揮者・オーケストラによる演奏は、とにかく退屈の一言。そんな私にとって少々鬼門であるこの作品に今日ほど魅了されたことはない。イザベル・ファウストの独奏は、どちらかと言うと温かみよりも少々醒めたような音色で、神経質なまでに意識をいきわたらせた終始張り詰めた演奏。このような演奏を聴くと、彼女が現代最高のヴァイオリニストの一人と称されることもまったく肯ける。神々しいほどの名演だった。

 

休憩後の田園交響曲とアンコール曲 “コリオラン序曲” のまた、素晴らしいこと。“田園” 2楽章での木管群は柔らかくしなやかでニュアンスに富んでいて、このまま音楽に身を委ね続けたいと思ったし、嵐の楽章やコリオランでの少し個性的にも感じるアクセントを効かせたハーディングの解釈など、とにかく聴き所にあふれた演奏の連続。いや~実に満足。

 

終演は9時半。コリオラン序曲でお開きなんて、なんだかオール・ベートーベン・プロを聴いたような気分になった。翌朝の新幹線始発で大阪にもどって、水曜日はザ・シンフォニーホールでもう一度、パリ管を聴ける。なんと楽しみなことか。

 

パリ管_20181217

201811月30日 ミュンヘン・フィル ゾリステン弦楽四重奏 イシハラホール

 

イシハラホール

A5

 

ハイドン        :弦楽四重奏曲 二長調 作品65-5『ひばり』

ウェーベルン    :弦楽四重奏のための暖徐楽章

シューベルト    :弦楽四重奏曲 ハ短調 D703『断章』

ドボルザーク    :弦楽四重奏曲 ヘ長調 作品96『アメリカ』

ピアソラ        :リベルタンゴ

 アンコール   

        ボロディン      :弦楽四重奏曲第2番 第3楽章  “ノクターン”

        映画『セント・オブ・ウーマン』より “タンゴ”

        ムーン・リバー

 

オデット・カウチ Odette Couch

クレメント・コーティン Clement Courtin

ヴォルフガング・ベルク Wolfgang Berg

トーマス・リューゲ Thomas Ruge

 

ミュンヘン・フィルの今年の日本ツアーは27日福岡(アクロス福岡)、28日名古屋(愛知県芸術劇場)、昨日の大阪フェスティバルホール、そして1日おいて土曜日と日曜日にサントリーホールで2公演。つまりツアー唯一の移動日である30日金曜日の夜に、4人のメンバーが弦楽四重奏を聴かせたことになる。なんとありがたいこと。

 

時間をかけて調べ尽くしてはいないものの、どうやらミュンヘン・フィル ゾリステン弦楽四重と名乗っているものの、弦楽四重団として常時活動をしている団体では無いらしい。ネットを検索しても情報が得られず、常日頃どのような演奏活動をしているかまったく窺い知れない。

 

とにかく第1曲ハイドンの終楽章で早々に魅了されてからは、トップレベルのオーケストラメンバーが本気で組んだらこんな演奏が聴けるのかと、とにかくため息の連続だった。各パートが自己主張をしながらも、正に小さなオーケストラのごとく有機体となって雄弁に音楽を聴かせてくれる。在阪プロオーケストラのメンバーが余暇的に室内楽を演奏するといった趣とは、まったく次元の違う音楽だった。

 

ミュンヘンフィルぞリスデンSQ_20181130

20181129日 ワレリー・ゲルギエフ指揮 ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団

 

フェスティバルホール

3613

 

ブラームス      : ピアノ協奏曲第2

 アンコール    シューベルト(リスト編):糸を紡ぐグレートヒン

                ビゼー(ホロヴィッツ編):カルメンの主題による変奏曲から

                                2幕ジプシーの歌(ホワイトハウスバージョン)

 

ブルックナー:交響曲第9

 

 指 揮  : ワレリー・ゲルギエフ

ピアノ  : ユジャ・ワン

 

コンチェルトの後のソリストアンコール2曲を弾き終わった時点ですでに820分、そしてブルックナー終演が940分と、超重量級プログラム。ミュンヘンフィルの完璧なまでに整ったサウンドと、ゲルギエフの奇をてらうことの無いブルックナーの音楽に誠実に向き合った演奏を大いに堪能した。一方でブラームスではユジャ・ワンの、繊細さと豪胆さの弾き分けとかパッセージ処理といった演奏の真価を実感することなく、1楽章や終楽章でのアクロバティックな両手の動きを三階席の高い位置から目で追いかける程度の聞き方(ここでは “聴く”  とは書けない)しかできなかった。

 

実のところ前半のコンチェルトでは、雄弁に書かれた箇所でもオーケストラは意外なほどに抑制されて聞こえ、またなによりピアノの音も耳に届いてこないことにかなり戸惑ってしまった。というのも、今年3月のオラモ指揮BBC交響楽団での強烈な体験があったから。

 

改めて今年3月のサカリ・オラモ指揮 BBC交響楽団の演奏会のブログにこう書いている。

 

==フェスの3階席はなかなか音が良いことを知っている関西のクラシックファンは多く、普通にネットで購入を試みてもこのあたりの席は、なかなか買えない“裏”プラチナ席。前列の方が終始、頭を下げて寝入っていたおかげで左右に大きく広がるステージを俯瞰できたし、なにより音が減衰するどころか、巨大なホールスピーカーの中に頭を突っ込んだような豊潤でふくよかな響きを堪能した。==

 

う~ん、今回のミュンヘンフィルのチケットもBBC響のときと同じようにチケットピアのプラチナパスを使った先行抽選予約で購入した36列目(BBC響が席番号22番に対し今回は、13番)、でもBBC響のときのような “巨大なホールスピーカーの中に頭を突っ込んだような豊潤でふくよかな響き”といったサウンド的な満足感は確かになかった。恐らくミュンヘンフィルは本来、轟音で圧倒するような演奏をするオーケストラではないのだろう。ただ、それにしても前半のコンチェルトの“薄さ”はなんだったんだろう。ユジャ・ワンは実はピアニスティックな見た目と違い案外に線が細く、またあまり音を飛ばすタイプのピアニストでは無いということなのか。

 

それでも、ブルックナーはまったく素晴らしかった。咆哮とか感傷に溺れるといったことなど一切無い純粋無垢な音楽に浸ることができた。このブルックナーだけでも十分に聴く価値のある演奏会だった。

 

ミュンヘンフィル_フェス_20181129




2018
97日 J.S.バッハ ミサ曲ロ短調 トン・コープマン アムステルダム・バロック管弦楽団&合唱団

 

ザ・シンフォニーホール

1D25番 

Sanctusからは1N列中央(知人と席交換)

 

J.S.バッハ    フーガト短調 BWV578《小フーガ》

              ミサ曲 ロ短調 BWV232

 

指揮、オルガン              : トン・コープマン

ソプラノ             : マルタ・ボス

カウンターテナー     : マルテン・エンゲルチェズ

テノール             : ティルマン・リヒディ

バス                 : クラウス・メルメンス

 

アムステルダム・バロック管弦楽団

アムステルダム・バロック合唱団

 

いま、自宅でこの日のコンサートの余韻を末永く残すために、そして作品理解の復習のために、丁度3年前の夏にNHK Eテレで放送された鈴木雅明・BCJのロ短調ミサ曲の録画を再生視聴中です。放送内のインタビューでの鈴木雅明による“この作品を演奏する価値について”のコメントは次の通り。

 

『勿論、この曲(ミサ曲ロ短調)はキリスト教のために書かれた音楽ではあるけれど、しかしバッハは、それを私たち現代という社会において、宗教だとか文化だとか政治だとか、そういったものを超えたところにある普遍的価値を直感して作曲した』

 

例年にもまして水害、台風、地震といった自然災害に見舞われている今年だからこそ、ロ短調ミサ曲を聴くことで感じるものがある。(今朝も降り続く雨で自宅近くの河川が氾濫しそうだ、との警戒警報が発令された)。週末の出張先で東京勤務の社員に“今、日本で東京が一番安全かも”と思わず言ってしまったけど、どうか日本全体が安息に、と願う次第です。

 

ザ・シンフォニーホールの豊かな響きに満たされた中で聴くアムステルダム・バロック管弦楽団&合唱団の演奏は、クラシック音楽を聴く上での至高の時間と表現しても過言ではない。今、“ながら”視聴中の鈴木雅明・BCJ(演奏会場はサントリーホール)での、例えばHosanna(ホザンナ)で聴かれるバロック・ティンパニの打ち込みや、バロックトランペットの鋭角的な音といったものは、この日の演奏では全体を通じてかなり抑制されていたように思う。オーケストラ、独唱と合唱が最高次元で融和した、心に深く染み渡る最高のロ短調ミサ曲だった。

 

ホール常設のパイプオルガンでトン・コープマンによるフーガト短調《小フーガ》の演奏の後、オーケストラそして合唱団の入場のあとSymbolum Nicenumニケーア信条)までが連続して演奏された。コンサート開始から1時間半ほどをすでに経過したところで15分の休憩あり。てっきり最後まで休憩なしで進むものと思って聴いていたので、私も含め、恐らく京阪神在住のコアなクラシック愛好家で埋まったホール全体が、“おっと、ここで小休止なんだ”と思ったに違いない。休憩のあとのSanctus(サンクトゥス)からは、合唱団が終曲の8声二重合唱に対応して配置換えを行い、そして出番のないソプラノとバリトンは舞台に上がってこず。

 

終演は920分。ところで小フーガの演奏、演奏会としてはなんか、とってつけた様にも思える。勿論聴けてうれしいけど。


トン・コープマン_ミサ曲ロ短調_20180907






20185月1日  ウィーン国立歌劇場 アイーダ

 

ウィーン国立歌劇場

平土間右2列目3

RPARKETT RECHTS REIHI2、 PLATZ 3

 

ヴェルディ : 歌劇『アイーダ』

 

 

指揮          :エヴェリーノ・ピッドー

演出          : ニコラ・ジョエル

オーケストラ  :ウィーン国立歌劇場オーケストラ

合唱          :ウィーン国立歌劇場合唱団

 

エジプト王    : アイリーン・ファスト・グリーン

アムネリス    : アニタ・ラチヴェリシュヴィリ

アイーダ      : クリスティン・ルイス

ラダメス      : ホルヘ・デ・レオン

ラムフィス    : ソリン・コリバン

アモナスロ    : パオロ・ルメッツ

 

席は平土間ピットから2列目、上手端から3番目。一昨日、昨日と大きく異なり日本人旅行客が驚くほど多い。この旅で知り合いとなったN氏(後述)をお待ちして劇場入り口に立っていると、日本人の旅行客がやたらと目に付く。新婚旅行然とした若いカップルから、数名の女性グループ、そしてもちろん壮齢のご夫婦まで。私の席の周りだけでもざっと10人は日本人だったから劇場全体で150人、もしかすると200人近くが日本人だったとしても、決しておかしくは無い。

 

3列目のほぼセンターで聴いたとき(一昨日のアンドレア・シェニエ)の身震いするほどの感興に一切ひたれなかったのは、明らかに席位置の違いだろう。目の前はヴィオラの最後尾でその奥にトランペットとトロンボーン。その直ぐ右横(上手)にはティンパニが置かれ、とにかくバランスが悪い。ただし、舞台から2列目は、特に上手よりで歌ったときの襞のような細部までとても良くわかる。全体的には歌唱パフォーマンスにバラつきがあったようで、アムネリス役のドラマチック・ソプラノ アニタ・ラチヴェリシュヴィリが一番の出来だったのに対して、アイーダ役のクリスティン・ルイスの、低域での声の弱さゆえの表現の単調さと中・高域にかけてのつながりの悪さがどうにも聞こえ悪く、実際、終演後のカーテン・コールでかなりのブーイングが浴びせられていた。そのカーテン・コールはわずか1回だけ。昨日のセヴィリアの理髪師2回、一昨日のアンドレア・シェニエがヨナス・カウフマン主演もあり平土間総立ちのスタンディング・オベーションとともに長時間続いたことを思うと、私の今回のオペラ3作品の満足度とみごとに相関する。

 

それにしてもやはり、ヴェルディは苦手だ。これまでも、お金を払ってまで聴きたいとは思わない“食わず嫌い”の作曲家。今回、初めて実演を聴いてハッキリ認識した。誰になんと言われようと、ヴェルディは私の趣向に合わない。日頃ワグネリアンを自認していてもイタリア・オペラは嫌いではないし、実際プッチーニは初期作品から晩年トゥーランドットまで、どれも楽しんできた。でも、ヴェルディはやはり、だめだ。

 

ウィーンの3日間の滞在では、素敵な出会いもあった。滞在初日のアンドレア・シェニエで偶然、隣に座られたご年配の紳士N氏とはその後のセヴィリアの理髪師、アイーダ、そしてこの日の午前11時からの楽友協会大ホールでのウィーン・ヨハン・シュトラウス・オーケストラのスプリング・コンサートともすべてご一緒で、毎回開演30分前に会場入口でお会いしてお話をさせていただいた。楽友協会を出た後、ご宿泊先であるインペリアル・ホテルで昼食までご一緒させていただき、いろいろと楽しいお話をさせていただいた。35年ほど前、ウィーン国立歌劇場でグルベローヴァのアデーレを聴いて以来のオペラファンであること、毎年、大晦日の『こうもり』とニュー・イヤー・コンサートを聴きにウィーンにいらっしゃること、そして今回はもう数日滞在しハーディング・ウィーンフィルのマーラー5番を聴いてから帰国なされること、などなど。3日間を通じ、ご人徳あふれる語り口とお人柄あふれた笑顔のN氏と演奏会の前後に会話を交わすことで、私の一人旅をさらに心豊かなものにすることができました。ありがとうございました。

 ウィーン国立歌劇場_アイーダ_20180501



ウィーン国立歌劇場_アイーダ_1_20180501



2018
51   ウィーン・ヨハン・シュトラウス・オーケストラ スプリングコンサート ウィーン楽友協会大ホール

 

ウィーン楽友協会大ホール

1階左3番ボックス席1列目5番 

3Parterre-Loge Reihe1Platz 5

 

指揮          :アルフレッド・エシュヴェ

オーケストラ  :ウィーン・シュトラウス・オーケストラ

 

ヨハン・シュトラウスⅡ             : 喜歌劇『ジプシー男爵』序曲

ヨハン・シュトラウスⅡ             : ポルカ『モルダウ川のほとり』

ヨハン・シュトラウスⅡ             : ポルカ・シュネル『さあ、踊ろう』

ヨハン・シュトラウスⅡ             : ワルツ『ウィーンのボンボン』

ヨハン・シュトラウスⅡ             : ポルカ『蜃気楼』

ヨーゼフ・シュトラウス             : ポルカ・シュネル『休暇旅行にて』

ヨハン・シュトラウスⅡ             : ワルツ『ジャーナリスト』

休憩

ヨハン・シュトラウスⅡ             : オペレッタ『ヴェネチアの一夜』序曲

ヨハン・シュトラウスⅡ             : ワルツ『東方のおとぎ話』

ヨーゼフ・シュトラウス             : ピツッカート・ポルカ

ヨーゼフ・ランナー          : タランテラ・ギャロップ

ヨハン・シュトラウスⅡ             : 喜歌劇『こうもり』からチャルダッシュ

ハンス・クリスチャン・ロンビ       : シャンパン・ギャロップ

ヨハン・シュトラウスⅡ             : ワルツ『皇帝円舞曲』

 

  アンコール      

ヨハン・シュトラウスⅡ             : ポルカ・シュネル『雷鳴と稲妻』

ヨハン・シュトラウスⅠ             : ラデツキー行進曲

 

この旅の宿泊先はケルントナー通りの基点、ホテルザッハーの向かい側にあるオペラ・スイート・ホテル。その名のイメージとは異なるわずか12室のこじんまりとしたホテル。それでも国立歌劇場まで徒歩1分、楽友協会まで5分ほどの、出張ついでの音楽三昧一人旅には申し分ない。一見、とてもホテル入り口とは思えないような扉から外に出ると、ケルントナー通りの向こう側がちょうどホテルザッハーのカフェ入り口で、夜遅くまでザッハトルテ目当ての旅行者の長蛇の列。宿泊2日目の昨日には大体様子が判り、カフェが込みだす前の朝11時前に出かけて、歌劇場に面したオープンカフェでその名物ケーキをゆったりと堪能した。

 

さて、代理店を通じて購入した席は1階左3番ボックス席1列目で、私の周りは身なりのよい地元の老夫婦ばかりで日本人は私一人。毎年51日メーデーの日に開催されるこのコンサートを地元の人も楽しみにしていることが、なんとなく聞こえてくるドイツ語の会話(もちろん会話の内容など皆目わからないけど)からも伝わってくる。

 

ステージから届く芳醇な響き、ホールの空間に満たされてた後、ふわっと減衰していく豊かな残響。3番ボックス席前列で聴くウィーン楽友協会大ホールの響きは、本当にすばらしかった。オーケストラの編成は弦が 9+5+3+3+3 、木管2管、ホルン4、トランペット1(訂正、2です)、トロンボーン1, ハープ1、ティンパニ1、打楽器1(一所懸命に数えてしまうところがオタク)。ウィンナ・ワルツは大概ファースト・ヴァイオリンが旋律線を受け持って、セカンド・ヴァイオリンもヴィオラもリズムを刻んでいることを思えば、ファースト・ヴァイオリンの人数が多いのは理にかなった構成なのかもしれない。

 

指揮のアルフレッド・エシュヴェは今年1月に新国立歌劇場で聴いた『こうもり』の指揮者だったことに、このブログ記事を書いていて気がついた。そのエシュヴェは曲が終わるたびに指揮台の上から客席側に向かって次の演奏曲目を簡単に解説(もちろんドイツ語)していくけど、当然ながら何を言っているか、さっぱり判らなかった。

 

さて、この午前11時からのウィーン楽友協会大ホールでのコンサートのあと、夕方7時からはオペラ三連荘最後のアイーダをもって、ウィーン滞在は終わりとなります。

アイーダの鑑賞記事は帰国後になります。


ウィーン・シュトラウス・オーケストラ_1_20180501




 

2018430  ウィーン国立歌劇場 セビリアの理髪師

 

ウィーン国立歌劇場

平土間左4列目10

RPARKETT LINKS REIHI4、 PLATZ 10

 

ロッシーニ : 歌劇『セビリアの理髪師』

 

アルマヴィーヴァ伯爵 : Jinxu Xiaho

バルトロ             : Martin Winkler

ロッジーナ           : Rachel Frenkel

フィガロ             : Boris Pinkhasovich

バジリオ             : Ryan Speedo Green

フィオレッロ         : Igor Onishchenko

 

指揮          :アレクサンダー・ソディー

演出          :ギュンター・レンネツト

オーケストラ  :ウィーン国立歌劇場オーケストラ

合唱          :ウィーン国立歌劇場合唱団

 

席は昨日のアンドレア・シェニエとほぼ同じ、平土間の前から4列目、中央から左に5つ下手に寄ったところ。前列に座った方の頭がまったく邪魔することなく、舞台全体が見える一方で、コンマスがちょうど右斜め前の方の陰になってしまって、誰だったか判らずじまい。

 

オーケストラはベースが3本だったから、弦は10型だったのだろうか。(昨日のアンドレア・シェニエはベース6本だった) 序曲冒頭、ベースからふわっと音を積み重ねていく音作りが、昨日とまったく違う。常に重くならず軽やかに歌い、時に大きく盛り上がる弦、柔らかなホルンの響き。さすがに昨日のように音圧に圧倒されるようなことは一切無く、ステージ上の声をまったく邪魔しない。

 

演出は、とにかく手堅く練りこまれており、特にバルトロ役のマーティン・ウィンクラーの芸達者な動きが楽しい。何人ものオーケストラ・メンバーが演奏の合間に(それこそ、指揮者が棒を振り下ろす直前まで)舞台上に組まれた3階建てのバルトロ邸で繰り広げられるコメディーをじっと見上げているのが、いかにも演奏慣れしている感じで面白かった。

 

二回ほどのカーテン・コールを持って終演。そういえば、昨日のアンドレア・シェニエは、異例なほどにカーテン・コールが続いて、最後はスタンディング・オベーションとなったこと、忘れないようにここに記しておく。

ウィーン国立歌劇場_セビリアの理髪師_1_20180430

ウィーン国立歌劇場_セビリアの理髪師_20180430


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