あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日記

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2019730日 大阪新音フロイデ合唱団 2019年夏公演

 

フェスティバルホール

 

グリーグ       :組曲『ホルベアの時代から』作品40

モーツァルト         :レクイエム ニ短調 K626 バイヤー版

 

合唱      : 大阪新音フロイデ合唱団

 

指揮         : 三ツ橋敬子

管弦楽        : 大阪フィルハーモニー交響楽団

ソプラノ                  : 並河寿美

アルト                     : 福原寿美枝

テノール                 : 二塚直紀

バリトン                   : 三原剛

 

自身への忘備として実際に接した演奏会は、プロ・アマ、ジャンルを問わず、ブログ対象とすることにしているので(私のブログの決め事)、今回の演奏会についても、曲目と演奏者名を書き残しておかないといけない。

 

ちょうど2年前、ブルックナー“テ・デウム”聴きたさでS席を購入したものの、客席のほとんどは招待券か合唱団員のノルマチケットを譲りうけた人で、大阪フィルのやっつけ仕事も相まって、正直なところ “もういいや” と思ったもの。たとえば “金輪際、もう聴くことはない” と決め込んだ在阪の某プロオケについては、そもそもチケットを買わなければ済んでしまうのだけど、今回のように、たまたまお知り合いになった合唱団員のご厚意でいただいたチケット(S席のかなりの良席)の場合は、なかなかに悩ましいものですね。

 

ということで、この演奏会についてはここまで。

20190730_大阪新音フロイデ合唱団‗フェス


2017830日 東京混声合唱団第22回いずみホール定期

 

いずみホール

1 R列(たしか)の17番 

 

指揮:         山田 和樹

ピアノ:       荻原 麻未

オルガン:     土橋 薫

バレエ:       針山 愛美

 

女性作曲家の競宴

木下 牧子:   混声合唱曲集『地平線の彼方へ』         谷川俊太郎作詞

上田 真樹:    月の夜“バレエと合唱のために”         草野新平作詞

          ――アンコールとして  赤とんぼ

 

上田 真樹:   遠くへ                                 谷川俊太郎作詞

木下 牧子:    混声合唱とパイプオルガンのための“光はここに”  立原道造作詞

 

日本最高レベルといわれる東京混声合唱団を音楽監督山田和樹の指揮、そして荻原麻未のピアノ伴奏で聴くことができるという垂涎の演奏会。当然のように会場は2階バルコニーも含めて満席。

 

東京混声合唱団の合唱で日本人作曲家の作品にじっと耳を傾ける、なんと贅沢な時間だろう。ほんの2ヶ月前にカタカナ発音で歌われた英語歌詞の宗教曲を聴いて大いにストレスを感じ、さらには先日、学生コーラスのようなアマチュアのテ・デウムを聞いた後では、なおさらだ。日本語の持つ語感と抑揚、そして旋律が一つひとつの言葉の意味と表徴に沿う優れた合唱作品を聴いていると、“ああ、日本語はなんて素敵な言語なんだろう” と素直に思う。そしてなにより東京混声合唱団の上手いこと! みごとにコントロールされた弱音、そしてホールいっぱいに響き渡るフォルテシモ。長いア・カペラ曲でもまったく音程のぶれない安定感。とてもとても充実した演奏会だった。来年の大阪定期は、いずみホールの改修予定と重なり例年の8月末(9月初)ではなく、時期をずらしておこなうとのこと(マエストロ談)。う~ん、絶対に聞き逃せない。

 

“バレエと合唱にために” と副題された月の夜について

パンフレットに作曲者による次のような紹介文が載っている。

本来、言葉を持たないバレエと、言葉ありきの合唱音楽の組み合わせ。合唱がバレエの単なる解説になっては面白くない。バレエが合唱に花を添えるだけの付属物になっても面白くない。(改行)それならば。(改行)いっそのこと、意味のわからない言葉で書いてみようか。聴いている人にことばそのものの意味がわからなくてもよいのではないか。だってバレエだもの。(以下省略) 
== 以上、パンフレットから転記 ==

 

さて実演に接して、やはりバレエと合唱音楽とは最終的にはシナジーを得られない、というのが率直な感想。ノクターンと題された第2曲、合唱はひたすら “るるるるる・・・・” と所謂、無言歌を歌っているので、たしかに影絵のようなダンサーの動きを注視することになり、そのパフォーマンスにイマジネーションを掻き立てられる。(私の席は中央17列で観賞には最適の場所だった)。それでも第4曲、作者曰く “カエル語のアリア” なる部分は、私の耳は本能的に合唱がうたう意味不明の歌詞をなんとか聞き取ろうとしてしまう一方で、視線はバレリーナのパフォーマンスを追い、その動作の意図を探ろうと思考してしまう。幽玄なコーラスを傾聴すればするほど、目の前のバレエが目障りになってしょうがない。大変恐縮ながら、途中から目をつぶって(視覚を絶って)音楽のみに集中していた。まして、最終曲で聴衆に“かえるの歌”を歌わせるというアイディアは、聴覚と視覚の無意識の葛藤を強制的に麻痺させてしまう禁じ手ではないのか。

 
東京混声合唱団_第22回いずみ定期_20170830


ホール出口で、団員の方が配っていた”東混TOUKON since 1956"のチロルチョコ
東京混声合唱団_第22回いずみ定期_60周年記念チョコ_20170830

201782日 大阪新音フロイデ合唱団 2017年夏公演

 

フェスティバルホール

1236

 

メンデルスゾーン: 讃歌 作品96

ベートーベン: 交響曲第8番 ヘ長調

ブルックナー: テ・デウム

 

合唱    : 大阪新音フロイデ合唱団

 

指揮    : 沼尻 竜典

管弦楽  : 大阪フィルハーモニー交響楽団

ソプラノ: 田崎尚美

アルト  : 竹本節子

テノール: 清水徹太郎

バリトン: 三原剛

 

今年のかなり早いうちからチラシで目にしていた演奏会。ギリギリまで躊躇していたけど、最後は“テ・デウムを生で聴いてみたい”欲求が勝り、一週間前にフェスティバルホールのサイトからS席(大阪フィルの定期A席価格)を購入。結局、その代金を払って聴きにでかけるほどではなかった。

 

オーディション無し・チケットノルマ有りのアマチュア合唱団は圧倒的にパートバランスが悪い。ステージの特設ひな壇を埋め尽くした200名の内訳は、パンフレットに記載されたメンバー表によるとS-79名、A-74名、T-21名、B-31名。つまり男性2パートをあわせた数がソプラノ・アルトよりも少ない。学校のコーラス部のようだ。音楽のボルテージが上がると、女性パートが精一杯声を張り上げるので男性パートが埋もれて聞こえなくなる。弱音分になると音程がかなり厳しい。数日前に同じフェスティバルホールで壮絶なマーラーを聴かせてくれた大阪フィルも雇われ公演のやっつけ仕事。気の抜けたベートーベンは、後半寝てしまった。

                                                                   

客席は、ざっと見回して7割ほどの入り。合唱メンバーの家族や親戚がおもなのだろうか。わたしのようにチケットオフィスから購入した観客がどの程度いたのだろう。

 
大阪新音フロイデ合唱団2017年夏_20170802

2017714日 バーンスタイン 『ミサ』

 

フェスティバルホール

21

 

総監督・指揮・演出: 井上 道義

 

バリトン        : 大山大輔

ボーイソプラノ  : 込山直樹

 

小川里美、小林沙羅、鷲尾麻衣、野田千恵子、幣真千子、森山京子、後藤万有美、藤木大地、古橋郷平、鈴木俊介、又吉秀樹、村上公太、加耒徹、久保和範、与那城 敬、ジョン・ハオ

管弦楽          :大阪フィルハーモニー交響楽団

合唱            :大阪フィルハーモニー合唱団

児童合唱        :キッズコールOSAKA
バレエ          :堀内充バレエプロジェクト/大阪芸術大学舞台芸術学科舞踊コース

助演            :孫高宏、三坂賢二郎(兵庫県立ピッコロ劇団)

 

連続休暇を取り、この演奏会の翌日から8日間ほど妻を連れ立って美瑛・富良野を中心に北の大地・北海道の夏を満喫してきた。さわやかな好天に恵まれた北海道から一転、大阪の夏は暑い。しかもここ数日、気温30度を軽く超えているにも関わらず、勤務先のオフィス窓越しからみる大阪の空は霞がかかったようで、不快な蒸し暑さが窓越しにも伝わってくる。旅の基点となった札幌市内ではちょうどPMFの期間中で、JR札幌駅前からススキノにかけて街を散策するといたるところにPMFのポスターが貼られてる。う~ん、シマッタ。もっと早くに気づけば日程を調整してキタラ・コンサートホールでPMFコンサートが聴けたのに。

 

さて、毎度のように演奏会からまたも日数を置いてしまった。とにかく、自身の記憶のためにもとにかく日記として書き留めないといけない。席は販売開始早々に購入した2階最前列ど真中、想定どおりこの作品を鑑賞するにはベストの選択だったはず。舞台全体を俯瞰できるうえに、十字架を利用した字幕表示との目線移動も少なくストレスが無い。そうはいってもピットを使用してのステージは、いつものオーケストラコンサートよりは少々遠め。

 

9月のレ・ミゼラブル観劇の際にも使うだろうからとロビーで購入したオペラグラスから覗くと、歌手が左頬にマイクをつけて歌っているし、下手花道からマーチングしながら入場してきた木管パートの編成やピット内の弦楽器群を見ると、どうにもクラシック音楽の通常編成とはかなり異なっていかにもミュージカルの生オケの体だったりで、実際のところ1時間経過した前半までは、この“作品”を如何とらえてよいか困惑してしまった。

 

かなり長く続いた“戸惑い”が一掃されたのは、大山大輔演じる司祭が狂乱の後に舞台から去り、もう一人の主役、ボーイソプラノの込山直樹が長い滑り台から登場してからのこと。それまで和訳歌詞を目で追っていた字幕表示板がステージの上に静かに引き上げられてから終幕までの、純然たる音楽による魂の昇華と見事なステージ演出は衝撃的な感動を受けた。字幕表示板の引き上げは“さあ、ここから先は言葉は不要なり、この純粋無垢な調べに耳を傾けよ!”との総監督井上道義の無言のメッセージだったに違いない。

 

全員暗譜で歌った大阪フィル合唱団と児童合唱、練りに練ったステージ進行、PAと生音との見事なバランス、そして奇跡的な(とあえて表現する)ボーイソプラノ。。。フェスティバルホールという最適な器も含めて、この歴史的な上演が首都東京ではなく大阪で行われたことに感謝したい。

 
バーンスタイン_ミサ_20170714


以前の大フィル定期会場で掲示されていた“井上道義直筆、舞台イメージ図”
実演もほぼ、これと同じ。
大きな違いは、下手の木管群の編成がずっと軽減さえていたことくらいか。

バーンスタイン_ミサ


2017630日 ザ・タロー・シンガーズ 第22回定期演奏会 『賛美と内省と』

 

いずみホール

1B20

 

B・ブリテン: 神よ、速やかに我らを救い給え

K・ニーステッド:ミゼレーレ

K・ニーステッド:悲しみの聖母 -混声合唱とチェロのための

B・ブリテン: 大いなる神の栄光に

  ―― アンコール  B・ブリテン: 『5つの花の歌』から第2

                        不明

 

指揮            :里井 宏次

合唱            :ザ・タロー・シンガーズ

チェロ          :荒井 結子

 

またも演奏会記録の書き溜めをしてしまった。大阪フィル509回定期、読響第17回大阪定期、ザ・タローシンガーズ第22回定期、ドレスデン・フィル芸術劇場演奏会、関西二期会のサロンオペラ“カルメン”、シンフォニーホール・ビックバンドVol.6について、順次アップします。昨日聴いた、バーンスタイン“ミサ”は、後日あらためて時間を置いて記します(あまりに衝撃が大きすぎた)。

 

18名のメンバーによるア・カペラ・コーラス、ザ・タロー・シンガーズを聴くのは昨年1月に同じ“いずみホール”で、ア・カペラ合唱版『冬の旅』全曲の公演以来。そのときは大いに感動したのもので、この日の演奏会もたいへん楽しみにしていた。やはりこの団体、かなり上手い。特に各パート4名、16声のミゼレーレが見事。人声という完璧に均一な音色による見事なハーモニーは、えも言えぬ優美さで聴きほれてしまった。“混声合唱とチェロのための”と副題された悲しみの聖母は、自席(B20番)目の前で演奏されたチェロ独奏の迫真の演奏に耳と目を奪われてしまった。コーラスがまったく記憶にない。

 

ところで最終曲“大いなる神の栄光に”は英語歌詞にも関わらず、全員が徹底的なカタカナ発音のため、てっきりラテン語歌詞を歌っているものだと思って聴いていた。途中、パンフレットに目をやり英語歌詞に気づいてからは、どうにも聞いていて“聞き取ろうとしても聞き取れない、すわりの悪さ、ストレスを感じてしまう。う~ん、考えさせられる。イタリア語やラテン語歌詞を日本人が歌うのを聞いても、そもそもまったく知らない言語なのだから違和感を覚えようがないのであって、一方で今回英語の歌詞だった(と気づいた)ことで、かなりのストレスを感じてしまったことになる。たとえば、読響と一緒に第九を歌う新国立歌劇場合唱団のドイツ語は、国内のトッププロ合唱団らしく完璧なのだろうか。これまた、ドイツ語を話せないので、分かりようがない。

 
タローシンガーズ_アンコール_20170630


201764日 山田和樹・日本フィルハーモニー マーラーツィクルス第8回 一千人の交響曲 2日目

 

オーチャード・ホール

1

 

武満 徹 : 星・鳥(スター・アイル)

マーラー : 交響曲第8番「一千人の交響曲」

 

指揮 : 山田 和樹

 

ソプラノ1 罪深き女             : 林 正子

ソプラノ2 懺悔する女           : 田崎 尚美

ソプラノ 栄光の聖母            : 小林 沙羅

アルト1 サマリアの女          : 清水 華澄

アルト2 エジプトのマリア       : 高橋 華子

テノール マリア崇敬の博士      : 西村 悟

バリトン 法悦の教父            : 小森 輝彦

バス 瞑想する教父              : 妻屋 秀和

 

1コーラス    武蔵野合唱団

第2コーラス    栗友会合唱団

自動合唱        東京少年少女合唱隊

 

初日のブログでホールを酷評したきりで演奏についてまったく触れなかったのは、その日の演奏のあまりの “つまらなさ” をどう捉えてよいか困ってしまったから。残念ながら2日目を聴いてその “つまらなさ” を追体験してしまった。耳に聞こえてくる400人超による音の迫力に圧倒されながらも、3月の広上淳一、京都市交響楽団の演奏が如何に名演だったかを思い知らされてしまった。具体的にどうだったか…う〜ん、困った。決して凡演などではないけど、日フィルの決して精度の高いとは言えない演奏もあり、なんらインスピレーションも得られない、ただただ普通の演奏だったということか。

 

山田和樹の指揮はいまから5年ほど前に大阪フィルのシンフォニーホール定期で聴いている。前半にシュテファン・ドールをソリストに迎えた珍しいグリエールのホルン協奏曲と初演されたばかりの日本人作曲家の作品、そしてブザンソンコンクールの課題曲でもあった“幻想交響曲”をプログラムにしたもので、いつもの通り初日を1階の定期会員席で、そして2日目は彼の若々しくも自信に満ちた指揮ぶりを真正面のオルガン席W列から目の当たりした。ブザンソン優勝直後に大阪フィルがオファーしたのだろうか、もしかするとギャラは山田和樹よりもシュテファン・ドールの方が高かったのかも?(さすがにそれはないか・・・)。幻想交響曲での見事なオーケストラ掌握に感嘆するとともに若干33歳にして早くも感じされる“風格”に恐れ入った記憶がある。私が身をおくビジネスの世界でもファスト・トラックは当たり前のことであるけど、まさに山田和樹は指揮者の世界においてオン・ア・ファスト・トラックであることは間違いない。その後の昇竜の勢いを思えば、もう大阪フィルの定期には迎えることの出来ない存在になってしまった。曲のエンディング、3階バルコニーのバンダに向かって両手を振り上げる姿は、録画でみる若かりし頃の小澤 征爾にそっくりではないか。

 

“一千人の交響曲”は昨年のサントリーホールでのハーディング・新日フィル(第560回定期)演奏会が、学生時代に聴いた上野文化会館での日本フィル創立25周年記念演奏会から35年ぶりの実演だったけど、それからなんと一年足らずで都合4回も生演奏を聴くことができた。東京に居を移さない限りもう実演を聴く機会が無いだろう。

 

 日本フィル_山田和樹2_20170604


2017
63日 山田和樹・日本フィルハーモニー マーラーツィクルス第8回 一千人の交響曲 初日

 

オーチャード・ホール

1階 2727

 

武満 徹 : 星・鳥(スター・アイル)

マーラー : 交響曲第8番「一千人の交響曲」

 

指揮 : 山田 和樹

 

ソプラノ1 罪深き女             : 林 正子

ソプラノ2 懺悔する女           : 田崎 尚美

ソプラノ 栄光の聖母            : 小林 沙羅

アルト1 サマリアの女          : 清水 華澄

アルト2 エジプトのマリア       : 高橋 華子

テノール マリア崇敬の博士      : 西村 悟

バリトン 法悦の教父            : 小森 輝彦

バス 瞑想する教父              : 妻屋 秀和

 

1コーラス    武蔵野合唱団

第2コーラス    栗友会合唱団

自動合唱        東京少年少女合唱隊

 

オーチャード・ホールは、1990年に新婚の妻をつれてニューイヤーコンサートに出かけて以来。そのときの曲目は新世界交響曲とスターウォーズ組曲だったことは覚えているけどオーケストラはどこだったのだろう。実に27年ぶりのホールだけど、ネットで盛んに書きたてられているとおり本当に音響が最悪。

 

舞台奥に壁のように立ち並んだ合唱ばかりが耳にダイレクトに届く一方で、ステージ前面に大きく展開したオーケストラの音が聴こえてこない。弦の音はどこに消えてるんだろう。大きな空間で音が減衰してしまってもバランスよく聞こえるNHKホールのほうがまだずっとましだ。神秘の合唱を歌い終えた後のオーケストラのみのエンディングがとても小さく聴こえる。残響なんて、精々0.5秒くらいだろうか。三階の左右バルコニー先端に配したバンダも、当然ながら指揮を見ながらステージ方向に向かって吹くので、音が空間に消えていき、山田和樹が大きな身振りでバンダに向かって指揮パフォーマンスをしても空しくさえ見えてしまう。

 

月曜日からの会議にあわせて週末土曜日から東京入りし、今日、明日と続けて聴くのだけど、今年正月にチケット購入時、よりによって両日ともほぼ同じ席を選択してしまった。日頃、フェスティバルホール、ザ・シンフォニーホール、いずみホールとクラシック演奏に非常に適した優れたホールで演奏を聴けるありがたみをつくづく感じる。

 

演奏は2日目を聴いたあとに日記にします。

日本フィル_山田和樹_マーラー8番初日

2017429日 関西フィルハーモニー管弦楽団 第282回定期演奏会

 

大阪ザ・シンフォニーホール

3階バルコニーLLC6

 

ベートーベン: ミサ・ソレムニス ニ長調

 

指揮                             飯森 泰次郎

ソプラノ:             澤畑 恵美

メゾ・ソプラノ:     池田 香織

テノール:           畑 義文

バス・バリトン:   片桐 直樹

関西フィルハーモニー合唱団

 

演奏会日記のアップをかなりサボっていました。414日の広響から429日の関フィル定期まで、7つの演奏会を一気にアップします。

 

この曲を最後まで聴きとおしたのは、生まれてこのかたこのコンサートが始めて。ベートーベン晩年の作品を知ることのできた良い機会ではあった。演奏会パンフレットに分かりやすい曲目解説があり、それを膝に置きながら聴いていた。曲に対する一番の感想は“なんだかすっきりとしないエンディングだったなあ”ということ。ウィキペディアには“最後に合唱団が「ドナ」を堂々と歌い、器楽が全曲を力強く結ぶ”とある一方、パンフレットの曲目解説では、“戦乱の喧騒を超えて平和を求める声がソリストたちと合唱の掛け合いで歌われて、全曲は静かに収束する”とある。いったいどっちなんだろう。いずれにせよこの日の演奏は、なんだかどっちらでもなく終わってしまったようで、私だけでなくほぼ満員の聴衆もちょっと戸惑ったような間のあと、拍手を始めたようだった。

 

ここ最近、京響(一千人の交響曲)、大阪フィル(カルミナ・ブラーナ)、そして関西フィルとのミサ・ソレムニスと、関西のオーケストラ専属のコーラスを聴いたけど、やはり関西フィル合唱団はかなり厳しい。大阪で大阪フィル、関西フィル、さらに日本センチュリーも専属の合唱団を有していては、戦力の分散は否めない。せめてコーラスくらい、まとまっちゃえばいいのに、と思うのだけど。

 

ところで困った御仁について・・・私の真向かい(3階バルコニーRRA席)で、曲開始から終曲まで(つまり70分ほど、休みなく)両手を胸から上にあげ続け、神父みたいに祈るようなしぐさをしたり、天を仰いでみたり、さらには手のひらをひらひらさせたり(私の席からみると阿波踊りみたい)と、一度も降ろすことなく動かしつづけていた。最も1階フロアに座っていれば視界からかなり離れた高所なので、あまり人様の迷惑にならないにしても、お隣りにお座りの女性の方、きっと鬱陶しくてたまらなかったでしょう。

 

そしてもうひとりの御仁はまったくの “困ったさん”。所用で開演直前にホールにたどり着きバルコニー席への扉を開けると、私の席に見知らぬ男性がちゃっかり座っている。前後2列からなるシンフォニーホールの3階バルコニーは、前列はホール備え付けの木製椅子でステージの見切りも比較的少ないけど、後列はパイプ席で前列が邪魔してほとんどステージが見えない。関西フィルも含めて良心的な団体は前列と後列で席のランクを分けて販売している。私の姿を察したその御仁、すっと立ち上げって、後列に移っていった。ちなみにその方、終演後の拍手もそこそこに会場を出て行かれた。

 
関西フィル_第282回定期_20170429

2017426日 大阪フィルハーモニー第507回定期演奏会 2日目

 

フェスティバルホール

21列目

 

ベートーベン: 交響曲第7番 イ長調

オルフ:世俗カンタータ『カルミナ・ブラーナ』

 

指揮:   大植 英次

ソプラノ: 森 麻季

テノール: 藤木 大地

バリトン: 与那城 敬

大阪フィルハーモニー合唱団

大阪すみよし少年少女合唱団

 

演奏会日記のアップをかなりサボっていました。414日の広響から429日の関フィル定期まで、7つの演奏会を一気にアップします。

 

24曲、オーケストラと合唱による『運命の女神を讃える音楽』が歓喜の頂点に達した瞬間、ティンパニの一撃と共に曲冒頭『おお、運命の女神よ』のニ短調が再帰するところは、“さあ、くるぞ”と身構えていても、脳天を突かれたような衝撃をうける。いったい古今東西の音楽において、長調による音楽が次第に高揚していった果てに、一転最強奏による短調が鳴り渡る、こんな音楽があるのだろうか。(ハイドン天地創造で短調のカオスから突然、長和音が鳴り響く“光あれ”の劇的な音楽展開とは真逆)。しかも天国的快楽から悲劇のどん底に突き落とされるのではなく、なんだか原始的で人間の本能に訴えかけるような響きとリズムに時空をこえてわが身を瞬間移動させられたような錯覚すら覚える。特にこの日(2日目)の演奏は、終演と同時に体の芯が火照ったような不思議な感覚にとらわれた。こんな体験のできる作品は、これ以外に思いつかない。

 

どうやら大植英次は昨日のカルミナ・ブラーナの演奏で“ここまで踏み込める”といった確信のようなものを懐いたのだろうか。さすがに全曲70分あまりの大曲なので具体的にどこそことは覚えきれないけど、明らかに昨日よりかなりの箇所でテンポの変化をかけていた。それは単に部分的な躍動感をもたらすのではなく、全体の進行に緩急とスリリングな興奮をもたらす知的なものだった。合唱もピッチが昨日に比べてさらに安定していたこともあり、2日続けて聴いても、まったく退屈することなく楽しめた。

 

なお前半のベートーベンは、昨日は取り憑かれたかのような演奏姿を見せていたオーケストラが、今日は一転して指揮者に距離を置いたように感じたのはなぜだろう。少なくとも終楽章での大植英次は、的確に各パートにキューを出していた(ように見えた)昨日と異なり、とにかく音楽の進行にあわせて右に左に腕を振り回したり突き出したりしているだけで、まるで踊っているようにしか見えない(オーケストラは指揮を無視して突っ走っているようだ)。

 
大阪フィル_第507回定期

2017425日 大阪フィルハーモニー第507回定期演奏会 1日目

 

フェスティバルホール

定期会員席

 

ベートーベン: 交響曲第7番 イ長調

オルフ:世俗カンタータ『カルミナ・ブラーナ』

 

指揮:   大植 英次

ソプラノ: 森 麻季

テノール: 藤木 大地

バリトン: 与那城 敬

大阪フィルハーモニー合唱団

大阪すみよし少年少女合唱団

 

演奏会日記のアップをかなりサボっていました。414日の広響から429日の関フィル定期まで、7つの演奏会を一気にアップします。

 

カルミナ・ブラーナを聴くのは2009年の大阪フィル第432回定期以来。そのときも同じ大植英次の指揮たったけど、会場は当時の本拠地シンフォニーホール。とにかくこの曲は、字幕を見ながらの生演奏を体験しないと面白さがまったく分からない。今回の日本語訳はかなり中庸なもので、“おいおい、児童合唱にそんな歌詞うたわせとんのかい!" と関西人のツッコミを承知で、もっと直接的にエロスを表現した訳詩のほうが、より曲の魅力に迫るように思えるのだけど。5年前の定期での字幕がどのようなものだったか覚えてないけど、なんとなく“なかなかキワドイなあ”と思った記憶があるので、もう少し官能的な表現をしていたのかもしれない。

 

大阪フィルハーモニー合唱団は、数年前に新たに迎えた指導者によって一段と実力をつけたようだ。とりわけ男性陣が安定している。3人の独奏者のなかでもバリトンが曲ごとの表情と歌詞を見事に歌い分けて申し分無し。日本一のディーバ、森麻季も、1月のアンサンブル金沢のニューイヤーコンサートからあまり間をおかずに再び歌声を聞けたのもうれしい。おじさん趣味からいうと、彼女の舞台衣装のドレスは2日目よりも今日のほうがより素敵たっだ。

 

前半のベートーベンは、ぐいぐいとリズムを押し捲った演奏で、おそらくカルミナ・ブラーナの前に演奏するからこそ成り立つような解釈で、それはそれとして面白い。ただ毎度のこと高橋Topがいないと、ホルンパートが弱体化するのは残念。

 

 大阪フィル_第507回定期_20170425

2017326日 京都市交響楽団 第610回定期演奏会 マーラー『一千人の交響曲』 第2日目

 

京都コンサートホール

1階225

 

マーラー: 交響曲第8番 変ホ長調『一千人の交響曲』

 

指揮  :      広上 淳一

 

独唱          高橋 絵里      ソプラノ1 罪深き女

                田崎 尚美      ソプラノ2 懺悔する女

                石橋 栄美     栄光の聖母

                清水 華澄      アルト1 サマリアの女

                富岡 明子      アルト2 エジプトのマリア

                福井 敬        テノール マリア崇敬の博士

                小森 輝彦      バリトン 法悦の教父

                ジョン・ハオ    バス 瞑想する教父

 

合唱    :京響コーラス

児童合唱:京都市少年合唱団

 

期待以上の “超” のつく名演。40年近く偏愛する(201674日新日本フィル第560回定期の演奏会で記したとおり)この型破りの大曲を理想的な演奏で体験できたことに感謝したい。京響コーラスを中心に編成された混声合唱も、そして京都市少年合唱団も実にみごと。終演後のレセプションで広上マエストロから聞くところによると、合唱は一年以上も前から準備をされたのだそうだ。特に第2部での隅々まで血の通ったオーケストラの演奏クオリティーについて言えば、昨年7月にサントリーホールで聴いたハーディング指揮新日本フィルの演奏よりはるかに優れている。

 

広上淳一の指揮は、祝祭的な第1部に対して、一転第2部ではテンポを大きく変化させながら、各ソリストに与えられた登場人物ごとの性格描写を深堀して、パッションや情念を解き放つかのようなロマンティシズムに満ちたものだった。普段よりもずっと大きな手振りと息づかいで、ときに高くジャンプしながら(革靴のソールが幾度も目に飛び込む)ステージ上に大きく展開した100人を超えるオーケストラ、自身を取り囲んだ7人の独唱、200名超の2部に分かれた混声合唱団、そして児童合唱団の隅々まで明確な指示を出していく。きっとリハーサルで求めた指示通りに演奏がすすんだのだろう。幾度となく右手の親指を立てて “GOOD!” っとサインを送る。そんな芸術創造の過程を目の当たりにした、刺激的でエキサイティングな時間でもあった。

 

それにしても12列目のほぼ中央の席で聴く“一千人の交響曲”の迫力はすさまじい。冒頭パイプオルガン重低音の音圧を真正面から浴びるように全身で感じる(パイプの真ん前に位置した第2コーラス最後列はきっと五臓六腑が震えていたに違いない)。私の席からは指揮者を挟んで真正面に位置した高橋絵里のハイCが脳髄に響く。先日の “びわこリング:ラインの黄金” 第2日目でフロー役を務めたテノールの福井敬とファーフナー役のジョン・ハオの歌唱を再び真近で聴く事ができたことがうれしい。若干の不満とすれば、石橋栄美の “栄光の聖母” が 神聖さに乏しく “歌ってしまっていた” こと、神秘の合唱をもっと微細に開始してもらいたかったくらいだろうか。

 

残念で仕方がないのは、月曜日に広島の自宅を出るときにポケットスコアを鞄に入れてこなかったこと。耳慣れない仕掛け2ヵ所を確認できないまま、月曜日からの会議に向けて東京に新幹線で移動した。(たぶん第1部での)合唱が一瞬沈黙した(ように感じた)ゲネラルパウゼ?そして(たしか第2部だったか)第2コーラスのアルトパートのみが音を引き伸ばした箇所。BSフジの収録は何時オンエアされるのだろう?

 

ホール入り口で “お茶会” が開催されていた。松江で生まれ育った私にとって、奇跡の “一千人” とともに至福の “いっぷく” を味わうことのできた素敵な週末だった。

 
京響_一千人_20170326

京響_お茶会

京響_お茶会2


2016
1222日 読売日本交響楽団 第15回大阪定期演奏会 

 

フェスティバルホール

2階 1列目 定期会員席

 

ベートーベン:交響曲第9番“合唱付き”

 

 指 揮          マルクス・シュテンツ

ソプラノ              : アガ・ミコライ

メゾ・ソプラノ    : 清水 華澄

テノール              : デイヴィット・バット・フィリップ

バス                     : 妻屋 秀和

合唱                     : 新国立歌劇場合唱団

 

1122日のパリ管から1週間での4つの演奏会をこまめにアップしたことで、いささか“ブログ疲れ”をしてしまった。京都市響定期2日後の1129日に久方ぶりの東京文化会館で聴いたヤルヴィ・カンマーフィルハーモニーの演奏会から今年最後の演奏会となった1223日の関西フィル クリスマス・ファンタジーまでの5回の演奏会の記録を、よりによって大晦日の夕暮れになって記している。まずは演奏会の記録として曲目と演奏者を書きとめておきます。年越しになるけど、後ほど記憶をたよりに演奏で感じたことを追記していきます。

 
読響_大阪定期_20161222


2016
1106日 備後オペラ団体 “ムジカ・アヴァンティ” ドニゼッティ『愛の妙薬』

 

福山 福山芸術ホール リーデンローズ

1L87番(ピットから2列目)

 

ドニゼッティ: 歌劇『愛の妙薬』

 

指揮: 山上 純司

演出:  豊田 千晶

管弦楽:  府中シティオーケストラ

合唱:  アヴァンティ合唱団

 

アディーナ: 土井 範江

ネモリーノ:    松本 敏雄

ベルコーレ:   山岸 玲音

ドゥルカマーラ: 西田 昭広

ジャンエッタ: 福永 真弓

 

“ブラボー”の一言です。

 

これまで福山市は文化不毛の地と思っていました。芸術・文化に対する意識と熱意が行政から民間まで広く行きわたり根付いている隣県の倉敷市(イオンモール内のMOVIX倉敷でメットライブビューイングを見られる)に対して、同じ瀬戸内工業地域でありながら、大手製鉄所を中心として栄えた福山市には文化の成熟度を全く感じられない、というのが正直なところでした。でも、今日の公演を観て、猛省です。

 

よくぞここまでの舞台を作り上げたものです。恐らく相当に低予算での公演だったのでしょう。舞台装置(いやいや、そもそも装置などないか)は徹底的にお金をかけていない。左右の反響板のデザインをそのままに、ホームセンターで売っているラティスフェンスを左右と舞台奥に並べて、見事にステージを第一幕“村の広場”と第二幕“婚礼の場”にしてしまった。“なるほど、よくぞ考え付きましたねぇ!”と、知恵を絞った演出に唸ってしまいました。

 

アマチュアの合唱は演技も歌もなかなか見事なもの。恐らくステージパフォーマンスをしたことなどないだろうのに、実に“それらしく”演技をしていて、見ていて本当に楽しい舞台になっている。舞台慣れしたように大きな身振りの一部の女性メンバーがいる一方で、多少堅い表情と動作の男性メンバーがいたりで、逆に群集の自然な雰囲気を感じさせた。一人ひとりが考え抜かれたプロフェショナルな演技をする一流歌劇場を見たときの“芸”としての高度な見栄えとは全く違う、群集の“普通さ”が表現できていたのでしょう。

 

府中シティオーケストラの演奏もたいしたもの。開演1時間以上前に会場に行き当日券を買い求めたピットから2列目で聴いたオーケストラの音は、弦も管もピッチが安定していて、音が痩せることなくドニゼッティらしい音楽を楽しく聴かせてくれました。

 

いやあ、とにかく面白かった。合間で拍手したり、2幕のネモリーノのアリアでブラボーかけたりといたしました(普段のコンサートでブラボーかけることなど、まったくない)。やはりイタリアオペラを楽しむには“ノリ”が大事ですからね。

愛の妙薬_20161106

 


20161028日 日本センチュリー交響楽団 第212定期 1日目

 

大阪ザ・シンフォニーホール

2LLD

 

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番

―アンコール  スカルラッティ ピアノソナタヘ短調 L118

プロコフィエフ:アレクサンドル・ネフスキー 作品78

 

指揮:アラン・ビリバエフ

ピアノ:エフゲニー・スドビン

メゾ・ソプラノ: 小山由美

合唱:大阪センチュリー合唱団・大阪音楽大学合唱団

 

エフゲニー・スドビンをネットで検索すると、“21世紀の最も才能あるピアニストの一人”とか“巨匠への道を歩む運命の無名演奏家(意味不明ですね)”とかいろいろと評されているけど、本当のそうなのだろうか、と言うのが率直な印象。ピアノから近距離の3階バルコニーの自席からは、音がとにかくとても濁って聴こえる。どのような理由かは皆目わからないけど、常々“濁りの無いタッチで・・・”などといったピアノ演奏評を見て、音の濁りってなんぞや?と思っていたのだけど、今夜逆説的にその表現が腑に落ちた次第。演奏自体はミスタッチをものともしない前がかりなピアニストにオケが合わせるのに苦慮しっぱなしといった感じで、序奏部のピアノとオーケストラの掛け合いの箇所では“これからどうなることか”と思うほど危うかったけど、とにかく巧みなビリバエフの指揮で最後まで乗り切った感じ。

 

プロコフィエフのカンタータは、もちろん初耳だけど、大変聴きごたえのある面白い曲だった。音大の学生が2/3近くを占めた合唱もしっかりしていたけど、なによりビリバエフの指揮が上手い。いい指揮者ですね。首都圏のオーケストラにも呼ばれても良いのに、と思います。

 

それにしても客席のさみしいこと。ホール全体を俯瞰できる自席から数えたところ精々550人程度で1704人定員の1/3程度の入り。これがハイシーズン10月の定期演奏会というのでは、マネジメントとしては大いに問題ありということでしょう。たとえば昨年のフェスティバルホールでの4大オーケストラの響演で、“今、一番やりたい曲”としてプログラムにサンサーンスのオルガン交響曲をもってくる頓珍漢さ(中型オケがパイプオルガンの無い巨大ホールでやる曲ではないでしょう)を思っても、このオーケストラはなんだか自らの“あるべき姿”を誤って思い描いているように思えてならない。やはりこの団体は、高度なアンサンブルを目指した122菅に徹してこそ存在意義があると思うのだけど・・・。


日本センチュリー第212

2016年7月22日 大阪フィルハーモニー第500回定期演奏会 2日目


フェスティバルホール

2階 L○列7


バカロフ:ミサ・タンゴ

ベートーベン:交響曲第3番『英雄』


指揮:井上 道義

メゾ・ソプラノ:サンドラ・フェランデス

バリトン:ガスパール・コロン

バンドネオン:三浦一馬

合唱;大阪フィルハーモニー合唱団


――この数か月間ほど夏季休暇返上の“超”多忙で、コンサート後もオフィスや滞在先のホテルに戻って仕事をこなしているような状態では、演奏会日記を書いている間がなくなってしまった・・・という言い訳のもとに、大阪フィル500回定期(第2日目)、日本センチュリーいずみ32回定期、そして大阪フィル501回定期(第1日目、第2日目)について、忘備として書き留めておきます。 ――


定期会員になっている第1日目は、出張になったため会社の同僚にチケットを譲って、2日目のみ。

1曲目のミサ・タンゴは、あまり面白くもなく、またも感動なし。

ベートーベンは、曲冒頭の主和音から全身全霊を注ぎ込むかのような“渾身”の演奏。たしか、昨年4月の“第1回大阪4大オーケストラの饗宴”で同曲を演奏した際にも、演奏終了後に井上道義さんが真っ先にHr首席の高橋さんを讃えていたけれど、本日も最も称賛を得ていたのが高橋さんだった。確かに氏の加入がHrパートを、いや大阪フィルを救った感があります。

大阪フィ_500回定期


 


 


 


 


 







201674日 新日本フィルハーモニー マーラー交響曲第8番『一千人の交響曲』

560回定期演奏会サントリーホールシリーズ

 


サントリーホール

一階18

 


マーラー:交響曲第8番『一千人の交響曲』

 


指揮                            : ダニエル・ハーディング

ソプラノ1 罪深き女             : エミリー・マギー

ソプラノ2 懺悔する女           : ユリアーネ・バンゼ

ソプラノ 栄光の聖母            : 市原 愛

アルト1 サマリアの女          : 加納 悦子

アルト2 エジプトのマリア       : 中島 郁子

テノール マリア崇敬の博士      : サイモン・オニール

バリトン 法悦の教父            : ミヒャエル・ナジ

バス 瞑想する教父              : シェンヤン

栗友会合唱団

東京少年少女合唱隊

 


生演奏に接する機会などまずない地方在住でありながら、この“一千人の交響曲”を偏愛しています。贅沢にも神秘の合唱のみが2枚目LPB面にカッティングされた盤面の光沢の美しさに魅了されたショルティ・シカゴ響の英デッカ録音のロンドンレーベルのLPなど、それこそ擦り切れるまで繰り返し聴いたものです。学生時代に一度、上野文化会館で日フィルの演奏を聴いた記憶がありますが、今やネット検索恐るべしですね。ある方の“マーラー/交響曲第8番 国内演奏記録”なるサイトを通じて容易にその詳細を調べることができました。どうやら私が聴いたのは1981923日の日本フィルハーモニー交響楽団創立25周年記念特別演奏会だったようです。

 


さて、この日の演奏。もう冒頭オルガンからノックアウトです。ザ・シンフォニーホールのちゃっちいオルガンなど、比較にならない。“あぁ、今サントリーホールで一千人を聴いている!”と身震いしてしまいます。第1部の巨大な終和音の響きのすさまじいこと。例えば“復活”にしても“合唱”にしても、そしてこの“一千人”の第2部の最後にしても、合唱が歌い上げた後オーケストラ演奏のコーダが続くため、エンディングは意外とダイナミックレンジMaxにならないものですが、この曲第1部は強烈です。Pブロック通路部分まで埋めたざっと250人ほどの合唱、バンダを加えたフルオーケストラ、そしてオルガンが最大音量で終和音を轟かせ、それがまったく飽和することなく純音楽的にホール空間に響きわたり、そして数秒をかけて減衰していくさまは本当に奇跡的な体験です。

 


ハーディングの指揮は、全体にインテンポであっさりとしており、第1部では成功していたけど、第2部は特に前半において実に自然に旋律を歌わせていたものの、神秘性を背後に押しやってしまったような曲の運びで少々不完全燃焼気味。特に法悦の教父のソロの後、一度静かに音楽が落ち着いていくところ、少々煩すぎるピッコロソロの後は速めのテンポ運びで神秘の合唱を迎えてしまう。バンダが加わった後もあまりテンポを緩めることなくいささかあっけなく終わった。ちなみにバンダはPブロック下手上段に配置されていたけど、バンダが演奏開始しても一階席18列から聴いているとステージ正面のブラスの音量が増しただけで、視覚的にも音響的にも面白味半減ですね。やはり、バンダはホール後方から鳴らせてほしい。


親日フィル_一千人


201639日 聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団 J.S.バッハ「マタイ受難曲」

 


サントリーホール

115列 (ただし、第一部は2階最後尾で立ち見)

 


指揮    : ゴットホルト・シュヴァルツ

 


ソプラノ:シビッラ・ルーベンス

アルト  :マリー=クロード・シャピュイ

テノール:ベンジャミン・ブルンス、マルティン・ペッツォルト

バス    :クラウス・ヘーガー、フローリアン・ベッシュ

 


聖トーマス教会合唱団

ゲヴァントハウス管弦楽団

 


悲しいかな私は、いまやネットを通じて容易に接しうるこの曲に対する称賛の言葉を寸借することなく、3時間にも及ぶこの大曲の偉大さと価値を表現するにふさわしい豊富な語彙を有していない。ただ一言、私はこの日の「マタイ受難曲」に深く感動した。

 


「マタイ受難曲」は一昨年の大阪フィル第483回定期でヘルムート・ヴィンシャーマンさんの指揮で聴いて以来だけど、聖トーマス教会合唱団とゲヴァントハウス管弦楽団が演奏する「マタイ受難曲」は全く次元の異なるものでした。独唱者、特にイエスとエヴァンゲリストの2人の歌唱の見事なこと。まったく濁りの無いゲヴァントハウス管弦楽団の響きの典雅なこと。第47曲の“憐れみたまえ、わが神よ”と歌うアルトのアリアの深い悲しみに満々た歌唱と、わずかにヴィブラートを効かせたコンサートマスターのヴァイオリンのむせび泣くようなソロには心震わされました。

 


そしてなにより聖トーマス教会合唱団の時に力強く、時に清廉な歌声の素晴らしいこと。作曲者自身がトーマスカントルとして「マタイ受難曲」を初演した事実、数百年と積み上げられた伝統、厳しく訓練された歌声・・・なんと小学生くらいの年齢の子供たちが何人も暗譜で歌っていました。

 


演奏が3時間にも及ぶためか開演が通常より早い6時半であることは承知してけれど、東京オフィスを出るのがギリギリになったこと、加えて慣れない東京地下鉄の乗継を間違えてしまい、サントリーホールに飛び込んだ時にはすでにホワイエに導入合唱がスピーカーから流れていた。“前半のどこかのタイミングで入場できるように計らう”との係りの方の指示で2階席後方の扉の前で待機していると、しばらくして他の20人ほどの同じく遅れて会場入りした人たちとともにこっそりと入場を許され、2階最後部から立ち見で鑑賞することになりました。扉後ろで整列して入場を待つ際に、他の男性の手持ちのビニール袋を指示して“カサカサ音を立てるものを事前に仕舞い込むように”と念押しするなど、実に配慮の行き届いたフロアマネージメントでした。

 


ところでサントリーホールは本当に良いホールですね。図らずしも第一部を2階席最後尾で、そして第二部を1階席中央15列で聴いたのだけど、響きもバランスもほとんど変わりなく鑑賞することができました。(もちろん2階最後尾ではフルオーケストラの圧倒的な音圧は無理でしょうけど)

 ゲヴァントハウス_マタイ


2016131日 ザ・タロー・シンガーズ 20周年記念コンサートⅡ 「冬の旅」全曲 無伴奏混成合唱版

 


いずみホール

1D24

 


フランツ・シューベルト

歌曲集「冬の旅」全曲  

無伴奏混成合唱版 (編曲:千原 英喜)

 


――アンコール 

       歌曲集「白鳥の歌」から“セレナーデ”

        「冬の旅」第21曲“宿屋”

 


指揮            :里井 宏次

合唱            :ザ・タロー・シンガーズ

 


先日の大阪交響楽団定期でのチェンバロニストの呆れた “弾いたふりパフォーマンス”を思い出すたび不愉快になる日が続いていたのだけれど ―― 時たま、ほんの申し訳程度に音を出したあと、観客に気付かれないようにこっそりと両手を鍵盤から離し静かに膝の上においていた、あの姑息な振る舞いが目に焼き付いて離れない ――今日のザ・タロー・シンガーズのコンサートは、その不愉快な気分を完全に消し去ってくれました。

 


ソプラノ、アルト、テナー各5名、バス6名によるア・カペラでの演奏がどれだけ困難なことか素人には全く想像ができないけど、こんなに感動したのは実に久しぶり。「冬の旅」の抑制されたモノトーンな世界に、ドラマチックさや浄化された世界感まで見事に表現している。どの曲もすばらしかったけど、特に感動したのが第11曲と第21曲。第21曲は調性的にもこの曲集の心理的なクライマックスではないのか。大変ありがたいことにアンコールでこの曲をもう一度聞かせてくれた。

 


大変よく考えらえた編曲で、例えば第6曲の “雪よ、僕の思いを知っているだろう。言ってくれ、お前はどこに流れていくの” の節をアルトの一名が語りかけるようにしたり(曲を思い出せないけど、後半にも男性と女性2名が語り合うような場面も)、第14曲などでバス独唱が織り交ぜられたりと、まったく集中が切れることなく聴き通せた。完全無伴奏の合唱も第1曲目から数曲続いた音程の多少の不安定感もやがてなくなり、第16曲では曲頭から続いた無調的な音楽が最後に柔らかなドミナントの響で閉じられたところで、音楽の緊張から一瞬、解き放たれて大きくため息をついてしまったほど。

 


大阪にはこのような素晴らしいプロの合唱団がいらっしゃるのですね。

冬の旅
冬の旅1

20151211日 NHK交響楽団 1824回定期演奏会 1日目


NHKホール

2R 215


マーラー:交響曲3


指揮:シャルル・デュトワ

アルト: ビルギット・レンメルト

女声合唱:東京音楽大学

児童合唱:NHK東京児童合唱団


NHK交響楽団は平日にサントリーホールで行われるB定期が常に完売なので、東京出張に合わせて聴きに行けるほぼ唯一の機会は週末に行われるC定期初日しかないけど、このたびタイミングよくデュトワの指揮でマーラー第3番を聴くことができた。NHKホールは1986年のウィーン国立歌劇場来日公演の“トリスタンとイゾルデ”を聴きに訪れたことがあるだけで、実に30年ぶり2度目であり、オーケストラ公演は今回が初めて。


どこの席を選ぶかで悩みに悩んで2R 2列をネットで事前購入したけど、どうやら正解だったみたい。1列目が空席だったので、ステージ全体を俯瞰でき、音量もそれなりに届く。とはいえ、巷での共通認識のとおりオーケストラコンサートにはあまりにも不向きな会場。ホールトーンからはほど遠く、自宅寝室のオーディオ装置で聴く音像に似て聞こえる。日本で一番のオーケストラが演奏しているのだから、と思って聴き始めていても、どうにも伝わってくるものがない。本来、唯一無二の再現芸術であるべき音楽がデッドな空間に投げ出され消えてしまう感じ。いろいろと語られている事情は承知しているつもりでも、あまりに残念でもったいない。


ビルギット・レンメルトを聴いて、改めて大阪フィルの本年9月第491回定期の同曲で聴いたナタリー・シュトゥッツマンが偉大なコントラルトであるかに気付かされた。第4楽章歌い出しのところでの神々の終末を予言するエルダを聴くような身震いすら覚えたシュトゥッツマンの歌唱が耳に強く残っており、つい比較をしながら聴いていたのだけれど、これもこのデッドな空間でオーケストラの音を聞いてしまっているからなのでしょう。


演奏は、オーケストラも合唱も本当にうまい。首席の菊本さんがステージ上手裏に下がって吹いた第3楽章のポストホルンソロは完璧。曲最終のツインティンパニの見事にシンクロした連打など、最高のパフォーマンス。もしこの演奏をフェスティバルホールで聴けたら最高だっただろうに。。。。


 


 


 


 


 


 


 








2015918日 大阪フィルハーモニー交響楽団 第491回定期 2日目



フェスティバルホール

2階 中央ブロック 2列目



マーラー:交響曲第3



指揮:大植 英次

アルト;ナタリー・シュトゥッツマン

合唱:大阪フィルハーモニー合唱団/大阪すみよし少年少女合唱団





私はプロオーケストラが同じ曲目を連日演奏する場合、昼間にどの程度の練習をするものなのか全く知らないけど、少なくとも今日の演奏会に先立っては、かなり調整を行ったに違いない。昨日とは大きく異なり、素晴らしい演奏でした。今日のような体験があるからコンサート通いは止められない。終楽章の最後(福山事務局長のプレトーク曰く、終着駅に向かう最後の3分間)で客席のここかしこで涙で鼻をすする音が聞えていたし、御開きのあとのステージ上の握手と笑顔が奏者も納得の演奏だったことを示していた。



大植さんも指揮をしながら今日の演奏会の成功を確信したに違いない。昨日以上にテンポを揺らしながら終楽章で弦合奏を歌わせたが、それは第1楽章のような恣意的な緩急ではなく、感情の起伏に沿った自然なテンポの揺らしであって、またそれに大阪フィルの弦セクションがぴったりと合わせていく。昨日は9小節目あたりで合唱に“座れ”の合図を左手で出していたのに、たぶん感情の移入がまさったのか今日は合図が出ずに、少年合唱がもぞもぞとしだしたあと、たまらずばらばらと座りだした。もっとも100人近い合唱が全員一斉にドスンと座っていた昨夜に比べ、音が目立たず正解だったかも。



昨日と同様、ナタリー・シュトゥッツマンさんの歌には心を震わされる。特に楽章最後の一節 Doch alle Lust will Ewigkeit! の完璧にコントロールされた歌い出しは昨夜に引き続き身震いするほどだった。



クラリネットのベルアップが昨日より20度くらい高かったのでは?とか、演奏後、大植さんが茶目っ気で昨日フライングした奏者を真っ先に祝福したりなど、いろいろと記したいことがあるけど、止めておきます。


 


 大阪フィル第491回定期


 


 


 


 


 


 

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