あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日記

2021年02月

2021123日  飯守泰次郎 関西フィルハーモニー ワーグナー特別演奏会 大阪国際フェスティバルホール2020

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1K20

 

指揮                    :飯守泰次郎

メゾソプラノ           :池田香織

バリトン               :ミヒャエル・クプファー=ラデツキー

関西フィルハーモニー

 

歌劇『タンホイザー』から

  序曲

  歌の殿堂のアリア

  夕星の歌

楽劇『トリスタンとイゾルデ』から

  前奏曲と愛の死

楽劇『ワルキューレ』から

  ワルキューレの騎行

  ヴォータンの別れと魔の炎の音楽

楽劇『神々の黄昏』から

  ジークフリートの葬送行進曲

  ブリュンヒルデの自己犠牲

 

勿論、昨年5月予定の指輪ハイライトではない。ペトラ・ラングのブリュンヒルデを再び聴きたかった(2017年新国『黄昏』での存在感は素晴らしかった)ミカエル・ヴェイニウスのヘルデンテノールとしての実力の程を確かめたかった。そして、フェスティバルホールの巨大ステージにならんだワーグナー指定通りの巨大編成のオーケストによるワーグナーの響きに浸りたかった … などなど、あれやこれや言い出したらほんとキリがない。

 

今この時期に、しかも東京でなく大阪で本格的なワーグナーが聴けることに感謝しなければならない。デュトワが振った一昨年の大阪フェスティバルでサロメを歌ったリカルダ・メルベート(ペトラ・ラングに変わってブッキング)は来れなかったけど、ミヒャエル・クプファー=ラデツキーが来てくれた。もし彼も来られなくなっていたら、日本人のみの公演となって一気にテンション落ちていた。

 

今日、日本でワーグナー作品を最も熟知している飯守泰次郎の指揮が素晴らしい。やはりコンサートピースとして聴くときはあれくらいのゆったりテンポでワーグナー音楽を堪能したい。関西フィルもよくついていった。日ごろから聴いているオケだけに、良くぞ…と言いたい(なんて、怒られるかな)。メゾソプラノの池田香織にエリザベートのアリア?と思わないでもないけど、まあそんなことどうでも良い。

 

それにしても、5時間に及ぶオペラの前奏曲と終曲部分のみを連続して演奏しても、音楽的破綻がまったくなく一つの作品として聴けるなんて、ワーグナーの偉大さを、改めて実感。

 

本来なら日本中のワーグナーファンが駆けつけていたはず。空席が目立ったのは誠に残念だったけど、チケットを買いながら来阪をあきらめたワグネリアンの気持ちものせて、会場全員、精一杯の拍手を送りましたよ。ブラボーと叫べないのがじつにもどかしい。

 

 
20210123_わーぐな



今年の公演のチラシ。

ソプラノ:リカルダ・メルベート
20210123_飯守泰次郎_関西フィル


こちらは、中止された昨年5月公演のチラシ
ソプラノ:ペトラ・ラング
テノール:ミカエル・ヴェイニウス
20200530_関西フィル_指輪

2021121日 日本センチュリー交響楽団 第252回定期

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階定期会員席

 

指揮                    :飯森 範親
ヴァイオリン      :イザベル・ファウスト

 

リゲティ               :ルーマニア協奏曲

バルトーク             :ヴァイオリン協奏曲第2番 

  ――ソリストアンコール  N.マティス:パッサージオ・ロット

J.シュトラウスⅡ       :ワルツ・ポルカ集

『ハンガリー万歳』

『観光列車』

『オーストラリアからの挨拶』

『皇帝円舞曲』

『シャンペン・ポルカ』

『狩』

『雷鳴と電光』

『ドナウのほとりから』

『美しく青きドナウ』

    〜アンコール

『ラデツキー行進曲』

 

第一曲、リゲティから完璧に仕上げてきて ‟さすが日本センチュリー”と唸らせる演奏だったけど、なにより白眉はイザベル・ファウストのヴァイオリン。このソリストを聴くのは、2年前のハーディング・パリ管の来日で、ベートーベンのヴァイオリン協奏曲(サントリーホール)ベルクのヴァイオリン・コンチェルト(ザ・シンフォニーホール)以来2年ぶり。

 

その時のブログを読み返してみると、こんなことを書いている…『イザベル・ファウストの独奏は、どちらかと言うと温かみよりも少々醒めたような音色で、神経質なまでに意識をいきわたらせた終始張り詰めた演奏』…あれ、これベルクじゃなくてベートーベンでの感想なんだけど、今回とだいぶ違うぞ・・・。けっして醒めた音色じゃないし、神経質な音作りなどではまったくない。(記事には書いてないけど)とても線の細い音だったと記憶しているけど、いやいや違うぞ…芯のしっかりした厚みと熱量を感じさせる音だった。う~ん、印象って、まったく変わるもんですね。

 

それにしても難曲に違いない曲を、まったく‟難曲”に感じさせないテクニックは凄い。第2楽章途中の高低2声の掛け合いの箇所、見事に上声から独立した低声音型が舞台後方のオルガン席下の壁に反射しホール空間を伝わって聞こえてくる。2声が完全に独立して耳の届くものだから、てっきりだれかオケのVn奏者が低声部を弾いてるもんだと、ステージの奏者探しをしてしまった(それだけホール音響が優れているということでもある)。

 

2年前の来日と同じ、ちょっと個性的なドレス(?)でステージに登場した時から、もうオーラが出まくり。(たまたま今、手に取っているレコ芸20195月号巻頭に掲載されている当時の来日公演の写真も同じドレスを着ているので間違いなさそう)。イザベラ・ファウストと言えば、このドレス姿といったすり込みができちゃった。

 

ところで後半は・・・・定期ですよ、どうしたいの…って言いたい。なんでワルツやポルカを…とまでは言わないけど、指揮者が衣装着替えたり、小道具持ったり、本場のニューイヤーコンサートをまねしてアンコールで客に手拍子を求めたり…って ≪以下。無言≫

 

20210121_日本センチュリー

20210121_日本センチュリー定期


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