あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日記

2020年01月

2020126日 関西シティー・フィルハーモニー交響楽団 第68回定期演奏会 

 

ザ・シンフォニーホール

1階J列目12

 

指揮: ギオルギ・バブアゼ

関西シティ・フィルハーモニー管弦楽団

 

ワーグナー             :歌劇『リエンツィ』序曲

エルガー               :エニグマ変奏曲

ブラームス             :交響曲第3

  ――   アンコール      ブラームス :セレナード第1番よりメヌエット

                               ブラームス :ハンガリー舞曲第21

 

一年前2月の、ラスボスめがけて全員が一心不乱に立ち向かっていくかのような“レニングラード交響曲”の熱演で大いに楽しませてくれた関西シティー・フィルハーモニー管弦楽団の今回の定期演目は、オケの実力がダイレクトに問われる作品ばかり。ブラームスをブラームらしく聴かせることは、なかなかに難しいもののようだ。

20200126_関西シティフィル

20200126_関西シティフィル_ 1


2020125日 大植英次指揮 大阪フィルハーモニー管弦楽団 ベートーベン7番と英雄の生涯

 

ザ・シンフォニーホール

1階O

 

指揮            : 大植 英次

 

ベートーベン           :交響曲第7

R・シュトラウス        :交響詩『英雄の生涯』

 

先週に続きこの週末も大阪滞在、そしてこの土曜日のコンサートは芸文のサロネン・フィルハーモニーかザ・シンフォニーホールの大植・大阪フィルの二択。平土間のスカスカな音響で“春の祭典”を聴くよりもと、大阪フィルの“英雄の生涯”を聴くことにした。その夜の件のクラシック音楽バーでお会いした常連A氏との酔っ払い談義によれば、“春の祭典”はバーバリズムとは一線を画しながら土臭い、かなりの好演だったとこのと。う~ん、私の選択は失敗だったみたい。

 

前週の本チャン定期、そして続いてのサントリーホールでの真剣勝負(火曜日)の後、水曜日に大阪に戻って木・金で合わせての本番というスケジュールを思えば、なんとなくこうなるような予感はしていた。指揮者のひとり相撲に突き合わされた感のあるオーケストラは、ベートーベンはしゃにむに突っ走るし、R・シュトラウスに至っては近年の定期でのクオリティーを思えば、かなり物足りない。唯一気を吐いていたのは“英雄の伴侶”での崔文洙のソロで、冒頭“英雄のテーマ”でのチェロ・コントラバスとホルンの不揃いで始まり、ニュアンスを欠いた“英雄の敵”での木管群や、第2稿を用いた終結部でのTpの学生レベルの音など、かつてチグハグとした演奏を繰り返していたころの大阪フィルが思い出されて、少し悲しくもなった。

 

2年前の“大阪フィル70周年 X ザ・シンフォニーホール35周年特別コンサート”と題して行われた重量級プログラムコンサートから、明らかに集客に陰りを見せた昨年よりもさらに客の入りは悪い。埋まっているのはポデュウム席のみで、平土間も、バルコニー席も半分程度しか売れてない。スペクタクルなら大植英次といった主催側の目論見も空回り、という感じだろうか。

 
20200125_大植英次_英雄の生涯_1

20200125_大植英次_英雄の生涯

2020119日 京都市交響楽団 第641回定期演奏会 2日目

 

京都コンサートホール

2P 627

 

指揮            : ジョン・アクセルロッド

フルート        : アンドレアス・ブラフ

 

ベートーヴェン  :『アテネの廃墟』序曲

バーンスタイン  :『ハリル』独奏FLと弦楽オーケストラ・打楽器のためのノクターン

  ― アンコール  ドビュッシー :シリンクス

ショスタコーヴィチ: 交響曲第7番 ハ長調『レニングラード』

 

昨日の3階バルコニー席からポデュウム(P席)に場所を移しての2日目。席はチケット購入時の狙い通りHr4本、Tr3本、Tb3本のブラス別動隊(バンダ)がちょうど頭上に位置していて、爆音に身を浸すには最高の席位置。

 

レニングラードの印象は初日とおなじ。アクセルロッドのアプローチは過度な音楽の緊張感を求めることを避けながら、オーケストラ全体のハーモニーと音色の統一に徹した演奏。頭上のバンダも見事にステージ上のオーケストラ本体と音楽的に同期していた。でも、それじゃブラスパートの半分を切り取ってパイプオルガン横に置いたようなもので『この作品が求めるブラス別動隊ではないんじゃないのかなぁ』などと思いながら、まとまりの良い終楽章を聴いていた。

 

昨日は3階席後方からエンディングの余韻をかき消すようなブラボーがかかっていたけど、この日は私のいるポデュウム席から、またもやフライングぎみの盛大なブラボーの声にびっくり。

 

 20200118_京響_ショスタコーヴィチ_1

2020118日 京都市交響楽団 第641回定期演奏会 1日目

 

京都コンサートホール

3LD12

 

指揮            : ジョン・アクセルロッド

フルート        : アンドレアス・ブラフ

 

ベートーヴェン  :『アテネの廃墟』序曲

バーンスタイン  :『ハリル』独奏FLと弦楽オーケストラ・打楽器のためのノクターン

  ― アンコール  ドビュッシー :シリンクス

ショスタコーヴィチ: 交響曲第7番 ハ長調『レニングラード』

 

ちょうど1年前の関西シティーフィルの好演が記憶に新しい中、この週末を大阪で過ごすことになったので、“レニングラード”の正常な精神状態ではいられなくなるような音楽の渦に浸りたい、そんなマゾ的な期待をもって京響定期を2日続けて聴くことにした。

 

その“レニングラード”の演奏は、よく言えば〝純器楽的アプローチ”というのだろうか、破壊的な展開をあえて避けたかのような、まったく疲労感を覚えない演奏。第3楽章の木管によるコラールの後、ヴァイオリンの喉を掻きむしるような痛切な祈りのメロディーは、自分にとって最も聴きどころなのだけど、アクセルロッドの指揮は楽譜指定通りのフォルティシモ止まり。ここは渾身の最強奏であってほしい。“レニングラード”といえば、これまでの実演体験やメディア音源を聴いてきた中で、井上道義が首席指揮者だった大阪フィルとの2016年11月定期での暖かみを徹底的に排した冷酷で壮絶な演奏に止めを打つ。やはりショスタコーヴィチなら井上道義(井上道義といえば、ショスタコーヴィチ)ということか。

 

前プロ2曲は、たぶんどこかで実演を聴いたはずなのに一向に思い出せない。ブログ記事内検索をかけてもヒットしないので、この5年ほどのうちではないようだ。5分ほどの序曲はベートーヴェン・イヤーということで取って付けたようだし、ゲンダイオンガクの“ハリル”はいつもブログ記事で書いている通り、なんだかワカラナイのでパス。

 
20200118_京響_ショスタコーヴィチ_1

2020117日 大阪フィルハーモニー第534回定期演奏会 2日目

 

フェスティバルホール

2L 14

 

指揮            : 尾高忠明

チェロ          : スティーヴン・イッサーリス

 

エルガー        :チェロ協奏曲 ホ短調

  ― アンコール  ティンツァーゼ :チョングリ

ブルックナー    : 交響曲第3番 ニ短調 『ワーグナー』(第3稿)

 

嫌な予感が見事に的中して、定期会員になっている前日(1日目)に会食がブッキングされてしまった。チケットを2日目に振り替えた結果、今期最後の(そして、ザ・シンフォニーホール最後の)日本センチュリー・ハイドンマラソンをパスすることに。今期4回のハイドンマラソンのうち11月演奏会しか聴けなかったのは、まったくもって残念。

 

エルガーのチェロ協奏曲といえば、決して幸福だったとは言えないだろう人生に重ねるように、命を削るかのようなデュ・プレの演奏が一番に思い浮かぶ一方で、イッサーリスといえば最初に聴いたノリントン・ヨーロッパ室内管と録音したハイドンの協奏曲の演奏が記憶に残っていて、エルガーの協奏曲とイッサーリスがどうにも頭の中でつながってこなかった。初めて実演を聴いたイッサリーシスは、深刻すぎたり重すぎたりしない、とても品のある音。― 後で調べてみたら、ガット弦を用いているらしい。なるほど、だからだったのね。

 

ブルックナー3番の前にイッサーリスとのエルガーのコンチェルトを置くという贅沢なブログラムなのも、週明けに東京定期としてサントリーホールでも演奏するからだろう。大阪フィルの演奏はコンチェルトの伴奏のときから〝おおっ、かなり仕上げてきてるなぁ”と唸ってしまったほどに見事なもの。後プロのブルックナーなど、まったく隙がない。いつの通り十分に分厚くて重心の低い弦、そしてかつてとは大違いの安定した管楽器群。なによりホルンセクションが盤石なのがいい。東京の耳の肥えたブルオタの皆さんは、どのように評価したのだろう。

 
20200116_大阪フィル定期

2020114日  人形浄瑠璃文楽 竹本錣太夫襲名披露公演 国立文楽劇場

 

国立文楽劇場

中9列16

 

七福神宝の入船

傾城反魂香       竹本津駒太夫改め6代目竹本錣太夫襲名披露狂言

曲輪文章         (文章は一文字で表記)

 

ブログ記事の書き出しで、いつものように演目をタイプ打ちし始めた早々から、あれやこれやと判らないこと・戸惑うことだらけ。それらを一つひとつ調べていたら、いつのまにか、この大阪が誇る古典芸能の奥深さにじわじわと魅了されてしまった。当日、ご本人にご挨拶をさせていだき、ご一緒の写真まで撮らせていただいた竹本津駒太夫改め6代目竹本錣太夫の〝錣(しころ)”の文字、音読みではテツで、兜の左右・後方に垂らして首筋を守る防具の意味であること(漢字検定一級の文字らしい)、曲輪文章の〝文章”は、実際は一文字で表記されるのだけど、それは無理やり3文字に納めたゲン担ぎであること、また歌舞伎の演目では廓文章と題されること(咲寿太夫氏のブログより)などなど、まったくもって興味が尽きない。

 

この日の観劇の目的であった6代目竹本錣太夫襲名披露の傾城反魂香 土佐将監閑居の段が始まって早々、なぜか舞台上手の定位置に座った太夫が竹本錣太夫ではないに当惑していると、プロローグ(序段?)が終わった途端に、くるっと忍者屋敷の隠し扉のように床が反転して、もう一人の三味線(竹澤宗助)とともに竹本錣太夫が現れた。びっくりするやら(ほんと、シートベルトを締めとかないとぶっ飛ぶんじゃないか、と心配になるくらいの勢いだった)、なるほどこういうことかと妙に納得したり。国立文楽劇場のホームページを見てみると、それは出語り床というのだそうだ。

 

2年前の “ブログ4年目を迎えて” にて、大阪で会社勤めのうちに是非観たいと書いていた人形浄瑠璃文楽をついに初体験。観る前からかなり期待していたけど、こんなにも面白く、また興味が尽きないものとは思わなかった。太夫の巧みな語りに、そして人間の感情が宿ったかのような必然かつ精緻な人形の動きに完全に魅了された。また、もう一度などと言わず何度でも観てみたい。

 
20200114_文楽_襲名披露


20200114_文楽_襲名披露_1

202019日  ウィーン・リング・アンサンブル いずみホール

 

いずみホール

1Q3

 

ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)

ダニエル・フロシャウアー(ヴァイオリン)

ハインリヒ・コル(ヴィオラ)

ロベルト・ナジ(チェロ)

ミヒャエル・ブラデラー(コントラバス)

カール=ハインツ・シュッツ(フルート)

ダニエル・オッテンザマー(クラリネット)

アレックス・ラドシュテッター(クラリネット)

ロナルド・ヤネシッツ(ホルン)

 

J.シュトラウス       :オペレッタ『ジプシー男爵』序曲

ヨーゼフ・シュトラウス  :ワルツ「うわごと」                  

J.シュトラウス       :ジプシー・ギャロップ

J.シュトラウス       :エジプト行進曲

C.M.ツィーラー         :「ウィーン娘」

ヨーゼフ・シュトラウス  :ジョッキー・ポルカ

ベートーヴェンメドレー (生誕250年記念)

J.シュトラウス       :ワルツ「酒・女・歌」

C.M.ツィーラー         :ぶどう畑のギャロップ

J.シュトラウス       :謝肉祭のための大カドリーユ

J.ライナー             :ワルツ「求婚者たち」

ヨーゼフ・シュトラウス  :スポーツ・ポルカ

 

 ―― アンコール ――

  ヨーゼフ・シュトラウス     :おしゃべりな可愛い口

J.シュトラウス           :ワルツ「美しき青きドナウ」

J.シュトラウス           :ラテツキー行進曲

 

一昨年からANAが羽田・ウィーンの直行便を飛ばしているので、以前ほどではなくなっただろうにせよ、恐らく3日早朝に羽田に到着した翌4日からツアーを開始するという、いつもながらのハードスケジュールの日本ツアー。

 

例年と違ってちょっとだけ違和感を覚えたのは、特に編曲ものやギャロップといったワルツ以外でライナー・キュッヒルのヴァイオリンが、特に4人の管楽器奏者との間で細かいニュアンスの不揃いと言うか、なんとなくしっくりいってないこと。もともと個性の強いライナー・キュッヒルが際立っているのがこの団体のいい意味での特徴だけど、ウィーンフィルのコンサートマスターを退いてから時間が経っていることが理由なのだろうか。

 

それでもやっぱり、この団体の演奏するウィンナ・ワルツは、ほんと素敵。ヴァイオリン2丁とヴィオラ、ダブルベースの4人で演奏されたJ.ライナーの“求婚者たち”が一番よかったな。

 

 20200109_ウィーンリングアンサンブル_1

20200109_ウィーンリングアンサンブル_2

202018日 京都大学交響楽団 第206期定期演奏会 ザ・シンフォニーホール

 

ザ・シンフォニーホール

1I8

 

指揮    :尾高忠明

京都大学交響楽団

 

芥川也寸志              :交響管弦楽のための音楽

ボロディン              :オペラ『イーゴリ公』より“だったん人の踊り”

チャイコフスキー       :交響曲第6番『悲愴』

 

いやはや、参りました。クラシック音楽を聴き始めて50年近くもなると、チャイコフスキーのシンフォニーは食傷気味状態などとっくに通り越してしまっていて、よほどのことでもないと演奏会に足を運びたいとは思わない。それでもたまに聴くプロ・オケの演奏は、大概に慣れ切ったルーティン演奏で、ますます辟易としてしまう。それが、学生オケの京大交響楽団の演奏にこんなにも心震わされるなんて! 悲愴交響曲で感動したのって、いつ以来?もしかしたら生まれて初めての体験かも。

 

演奏会開始早々は、自席のI8番からちょうどヴァイオリン後方プルトが正面に見えることで、失礼ながらも耳をそばだてて“実力診断”をするかのように演奏する姿を眺めてました(まったく失礼なクラオタオヤジですね)。ところが、悲愴の第1楽章展開部突入の直前、クラリネットソロ冒頭のリスク覚悟のpppで完全に魅了され、それからはただただ演奏に聴きいっておりました。全団員が徹頭徹尾、妥協無しで真剣に演奏をする姿は、その若さがなんとも羨ましく、また愛おしくもある、そんな心が熱くなる演奏会でした。

 
20200108_京大オケ

20200108_京大オケ_1

20191218日 関西弦楽4重奏団&豊崎泰嗣 ブラームス弦楽5重奏曲 全曲演奏会

 

日本センチュリー定期(129日)と読響大阪定期(1224日)は、やんごとなき事情でパス。特に読響は唯一の第九、かつ2019年締めくくりの演奏会とする予定だっただけにとても残念。新年を迎えて、やっとで12月に聴いた演奏会4つを備忘メモとしてアップ。

 

125_ヴェルディ『椿姫』(新国オペラパレス)

126_井上道義・読響のマーラー3番(東京芸術劇場)

127_ウィグルワース・東響の川崎73回定期(ミューザ川崎)

1218_関西弦楽4重奏(ザ・フェニックスホール)

 

 

ザ・フェニックスホール

1階C3

 

関西弦楽4重奏団

豊崎泰嗣 〈ヴィオラ〉

 

ハイドン        :弦楽4重奏曲 ニ短調『五度』

ブラームス      :弦楽5重奏曲 第1番 へ長調

ブラームス      :弦楽5重奏曲 第2番 ト長調

 

豊崎泰嗣をヴィオラ奏者として迎えての弦楽5重奏。全曲演奏といっても2作品のみなので、尺合わせでハイドンの短調作品を前プロに加えた演奏会。ハイドンがなぜか艶やかさを欠いていたように感じられたのは、次に演奏されるブラームスと何らかの関係があったのだろうか。そのブラームス、最初の第1番は第1楽章で各パートが少し溶け合わないように感じたものの、その後は安定した盤石の演奏。やはり、晩秋に聴くブラームスは良いものだ。

 
20191218_ブラームスSQ

2019127日 東京交響楽団 第73回川崎定期演奏会 ミューザ川崎シンフォニーホール

 

日本センチュリー定期(129日)と読響大阪定期(1224日)は、やんごとなき事情でパス。特に読響は唯一の第九、かつ2019年締めくくりの演奏会とする予定だっただけにとても残念。新年を迎えて、やっとで12月に聴いた演奏会4つを備忘メモとしてアップ。

 

125_ヴェルディ『椿姫』(新国オペラパレス)

126_井上道義・読響のマーラー3番(東京芸術劇場)

127_ウィグルワース・東響の川崎73回定期(ミューザ川崎)

1218_関西弦楽4重奏(ザ・フェニックスホール)

 

 

ミューザ川崎シンフォニーホール

2階2CA546

 

マーク・ウィグルスワース

マーティン・ジェームズ・バートレット

 

モーツァルト    : ピアノ協奏曲大24番 ハ短調 K491

 ―― アンコール J.S.バッハ : 無伴奏パルティータ第2番よりカプリッチョ

マーラー        :交響曲第1番『巨人』

 

この日の目的はミューザ川崎の音を楽しむこと。もったいないことにモーツァルトのコンチェルトは連日のハードワークで早々に寝落してしまい、全く記憶がない。後プロの巨人についてもEvernoteには、たいしたことをメモっていない。第1楽章、溶け合わずにいたオーケストラも2楽章からまとまってきたこと、3楽章冒頭をコントラバスのソロでなく8本のユニゾンで弾かせたこと、ホルン8本で終楽章は指定通りコーダで立ち上がったこと(トロンボーン無し)くらいかな。

 

マリス・ヤンソンスの訃報を受けての追悼のボード
20191208_東響_ミューザ川崎_1

20191208_東響_ミューザ川崎


2019126日 井上道義指揮 読売日本交響楽団 マーラー3番 東京芸術劇場

 

日本センチュリー定期(129日)と読響大阪定期(1224日)は、やんごとなき事情でパス。特に読響は唯一の第九、かつ2019年締めくくりの演奏会とする予定だっただけにとても残念。新年を迎えて、やっとで12月に聴いた演奏会4つを備忘メモとしてアップ。

 

125_ヴェルディ『椿姫』(新国オペラパレス)

126_井上道義・読響のマーラー3番(東京芸術劇場)

127_ウィグルワース・東響の川崎73回定期(ミューザ川崎)

1218_関西弦楽4重奏(ザ・フェニックスホール)

 

 

東京芸術劇場コンサートホール

2D12

 

マーラー        :交響曲第3

 

指揮            :井上道義

アルト          :池田香織

合唱            :首都圏音楽大学合同コーラス

児童合唱        TOKYO FM少年合唱団

 

井上道義は2014年から3年間の大阪フィル首席指揮者を務めていた当時、大阪はラテンだとした頓珍漢な定期ラインナップは首を大きく傾げたものの、鮮烈を極めたベートーベンの解釈は共感できるものだったし、一連のショスタコーヴィチは大阪フィルとの最も成功した演奏として強く記憶している。彼は確かに異才の指揮者。でも、このマーラー3番演奏はまったくいただけない。

 

演奏は突っ込みどころ満載。特に過剰にして無用な演出が演奏自体を台無しにしてしまったのは残念。演奏会後に食事を共にさせていただいた“じゃく様”がブログに詳細なレポートをなされているので、ここでは二つだけ。

 

3楽章の終盤で児童合唱団と独唱者を駆け足で入場させるなんて、最悪を超えて極悪の一言。日ごろエクセサイズを欠かさないアスリートじゃあるまいし、池田香織をあんな形でステージに上がらせたら、息を落ち着かせるのが精一杯で、歌の準備などできたもんじゃない。楽章タイトル“夜が私に語ること”だからかステージの照明を落とすなんてなんて小賢しい。理想的な演奏であればアルト・ソロが歌い始めると同時にホール内の空気が一瞬にして凛とした空気に変わる、そんな瞬間が得られるはず。

 

そしてもう一つ、演奏終了即座に指揮台上でターンして客席に向かって両手を広げて“どうだ”とばかりのクルリン・パッをしてしまうこと。さすがに胸に手をあてての半回転に留めていたものの、毎度の興ざめ。そういえば、N響定期を振った時も自制していたけど、大阪ではやりたい放題。さすがに東京では自制が働くみたい。

 


20191206_マーラー3番_読響


 

2019125日 新国立劇場 ヴェルディ『椿姫』

 

新国立劇場オペラパレス

1319

 

日本センチュリー定期(129日)と読響大阪定期(1224日)は、やんごとなき事情でパス。特に読響は唯一の第九、かつ2019年締めくくりの演奏会とする予定だっただけにとても残念。新年を迎えて、やっとで12月に聴いた演奏会4つを備忘メモとしてアップ。

 

125_ヴェルディ『椿姫』(新国オペラパレス)

126_井上道義・読響のマーラー3番(東京芸術劇場)

127_ウィグルワース・東響の川崎73回定期(ミューザ川崎)

1218_関西弦楽4重奏(ザ・フェニックスホール)

 

 

指揮:                イヴァン・レプシッチ

演出:                ヴァンサン・ブサール

オーケストラ:        東京フィルハーモニー交響楽団

 

ヴィオレッタ    :ミルト・パパタナシュ

アルフレード    :ドミニク・チェネス

ジェルモン      :須藤 慎吾

フローラ        :小林 由佳

 

席は平土間3列の中央少し下手より。開始早々の夜会の場面を見ながら、オペラパレスのほぼ同じ席位置で鑑賞した2年ほど前の“こうもり”の時のことを思い出した。舞台間近の席は目線が舞台と同じなため、奥行きが全く感じられず演出を楽しむには不向き。しかも字幕に目をやることは諦めないといけないなど、いささかストレスを感じながらのオペラ鑑賞となる。それでも最終場でのミルト・パパタナシュのヴィオレッタの死の場面では、臨場感抜群。ピアノからよく落ちないものだ、と結構ハラハラしながらも熱唱に聞き惚れた。やはりヴィオレッタ役は美人に限る。

 

ただ、やはりヴェルディには心が震えないなあ。

20191205_椿姫_新国


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20191205_椿姫_新国_1

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