あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日記

2018年07月

2018727日 大阪フィルハーモニー第520回定期演奏会 2日目

 

フェスティバルホール

2R 52

 

指揮            : 大植 英次

ピアノ          : イェウン・チェ

女声合唱        : 大阪フィルハーモニー合唱団

 

ヴィヴァルディ  :ヴァイオリン協奏曲集『和声と創造への試み』作品81-4“四季”

ホルスト        :組曲『惑星』作品32

 

『惑星』全曲の実演初体験。2012年に井上道義が大阪フィルとザ・シンフォニーホールで、ヨハン・シュトラウスの“天体の音楽”を前プロにおいてマチネーシンフォニーVol.7で演奏した際は、残念ながら聞き逃している。--平日午後2時からのコンサートなので、普通に仕事しているサラリーマンには無理ですね。それにしても、平日午後に『惑星』全曲演奏するなんて、今になって思うとかなりぶっ飛んでる。

 

“ぶっ飛んでる”といえば、演奏の開始にあたって奏者が全員起立した際に、最後列右端の打楽器奏者がマレットを手に持っていたので “??” と思って注視していると、“火星” 冒頭、タムタムを弦のコルレーニョと共に例の5拍子のリズムでたたき続けたのには、びっくりしてしまった。不気味な響きを求めるにしても、まさかタムタムも一緒にリズムを刻ませるとは!--手持ちのスコアではタムタムでなくゴング、ましてリズム刻みも無いけど、大植英次の指定?-- 特にステージ全体を近距離で俯瞰できる2日目は、そんなこんなの発見の連続で、楽しくてしょうがなかった。

 

ホルスト生誕の地チェルトナムには、以前の勤務先の英国子会社があったことで、幾度か訪問したことがある。私のなかではホルストの作曲家としてのイメージがチェルトナム、そして近郊コッツウォルズ地方の豊かな自然とシンクロしていていた。『惑星』が作曲された当時とても前衛的であり、さらにその作品の魅力が今に至っても全く色あせていないことは承知のことにしても、こうして『惑星』実演に接するとオーケストレーションの妙や、さまざまな仕掛けがとても刺激的で、“素朴な旋律が魅力の佳作を残した英国田舎の作曲家”との(どうやら誤った)認識は完全に書き換えられてしまった。

 

昨日は多少の雑さが散見された “火星” 、そして “土星” “天王星” も、今日はまったく気にならなかった。恐らく2日目に際して修正されてきたのだろうけど、なにより初日の定期会員席が1階席中央ボックス席の直ぐ後ろで、ステージからの直接音が中心に聞こえてくるのに対し、今日は2階右側バルコニー席でホール・トーンも十分で、アラが目立たない、といったこともあったのかもしれない。大植英次は、いつもの通り定期初日での“ここまでなら・・・どう?” と手探りだった表現が、2日目になると指揮台の上で踊ってみたり、指揮棒を振り回したりのパフォーマンスとともに、演奏も粘ったり煽ったりの “大植節” 全開でオーケストラを振り回すことしきり。結果、“木星” などは初日以上にツボにはまった快演。

                

チェンバロの弾き振りの“四季”もソリストを無理やり従わせた感のあるアンサンブルで、率直なところ “春” や “秋” は、いささかその“大植節”が鼻につかないでもない一方で、“夏” と “冬” はアンサンブルのキレもよく、またその対比としての夏の “気だるさ” など、酷暑に聴くにはピッタリだったかもしれない。(昨日のブログでも記した通り)。

 
大阪フィル_520回定期

2018726日 大阪フィルハーモニー第520回定期演奏会 1日目

 

フェスティバルホール

1階定期会員席

 

指揮            : 大植 英次

ピアノ          : イェウン・チェ

女声合唱        : 大阪フィルハーモニー合唱団

 

ヴィヴァルディ  :ヴァイオリン協奏曲集『和声と創造への試み』作品81-4“四季”

ホルスト        :組曲『惑星』作品32

 

明日2日目も聴きに行くので、簡単に・・・

『惑星』はまだ曲ごとに仕上がりに差があり、明日の演奏で特に“火星”、“土星”、“天王星”をどこまでまとめ上げてくるか楽しみ。それよりも“前座”として捕らえていたヴィヴァルディ『四季』が良い。“夏”の音楽が、酷暑のなかで聴くとその気だるさの描写が実に共感できる。

 
大阪フィル_520回定期


2018724日 ザ・シンフォニーホール・ビッグバンド Vol.11

 

大阪ザ・シンフォニーホール

2階EE

 

Music Director       :菊池寿人

Special Gust         :古澤 巌

 

プログラム

Oh So Docks Swing

Memories of You

マンテカ

テネシーワルツ

映画『007』よりジェームズ・ボンド・メモリー

Sweet GeorgiaBrown

Olas

Margarita

My Funny Valentine

Paganiniana

 

――アンコール

 ミスターロンリー “ジェット・ストリームのテーマ”           

Livertango On Fire ピアソラ作

 

ザ・シンフォニーホール・ビッグバンド・コンサートも今回でVol.11。前回聴いたVol.6が丁度1年前の7月で、奇しくもゲストプレーヤーは同じ古澤巌。その後、1年ほどに間にあった4回(Vol.7からVol.10)は、ことごとく都合つかずで、実に残念なことをした。

 

とにかく最高の暑気払い。アレンジはどれもハイセンス。プレーヤーは全員とにかくムチャクチャ上手いのに、ビッグ・バンドとして実に見事にまとまっている。もし自分が菊池寿人だったら、“こんなクソ暑いなかよく来たね~っ”とばかりにブリブリにハイトーン利かせて“ほら、おれ凄いっしょ!”と自己満かましてしまいそう。特に今夜は実験的なアレンジの曲が無く疲れなかったのも良かった。勿論、じっくり聴いていると、どの曲も相当に凝ったアレンジばかりだけど。

 

今日(このコンサート翌日)は、早朝7時伊丹発のANAで東京に出張。どうやら関東地方は若干暑さが和らいだようで、日中も倒れるほどの灼熱さは感じられなかったし、陽が沈んでからはだいぶすごし易い。明日は早朝のANA便で酷暑の大阪に戻った後、大阪フィル定期のホルスト“惑星”を聴いて、改めて暑気払い。

 
シンフォニーホール_ビッグバンドVol11

2018720日 大阪フィルハーモニー ベートーベン交響曲全曲演奏会 第3

 

フェスティバルホール

3階席1列目

 

ベートーベン

交響曲第6番 へ長調 作品68 『田園』

交響曲第5番 ハ長調 作品67 『運命』

 

指揮            : 尾高 忠明

 

尾高忠明の音楽監督就任とともに始まったベートーベン交響曲全曲演奏会の第3夜。性格の全く異なる作品番号が連続した二つのシンフォニーを、初演時のように連続して聴くことの出来る、ありそうでなかなかない貴重な機会。

 

演奏は、第1番、第2番が演奏された5月の第1夜で抱いた印象と共通したもの。両曲とも弦16型で、かつての大フィルを懐古するかのような演奏。一昔まえに潮流となった、猫も杓子も…といった感が無きにしも非ずのピリオド奏法などには背を向けた、重厚長大な演奏こそ、重心の低い大阪フィルに相応しい。フェスティバルホール音響最良席である3階最前列で聴く“大フィルサウンド”を大いに楽しんだ。

 

休憩後の第5番シンフォニーの第1楽章のあまりに厳しい音楽の迫力に圧倒され、思わず涙してしまった。“わっ、これは凄い演奏になる”と思ったのだけど…第2楽章の異質で無神経なトランペットにより“名演”への期待は一気に萎んでしまった。う~ん…。でも終楽章のアッチェレランドで、最後は興奮の坩堝。

 

日本センチュリーの定期と被ってしまった11月の第4夜(第7番、第8番)は見送りの予定。轟々としたベースに支えられた大フィルサウンドを聴きそびれてしまうのは惜しいな。

 
大阪フィル_ベートーベン_第3回_20180720

201875日 日本センチュリー交響楽団 第227定期

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階定期会員席

 

指揮          クリストフ・ケーニッヒ

チェロ          ジャン・ワン

 

チャイコフスキー        ;幻想的序曲『ロメオとジュリエット』

ショスタコーヴィチ      :チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 作品107

      ――アンコール  中国古謡 二泉映月 

シューマン              :交響曲第3番 変ホ長調 作品97“ライン”

 

終演後の拍手に応えて指揮者クリストフ・ケーニッヒのスピーチあり。拍手を手で制したので“おっアンコール?”と少々卑しくも思ってしまった《笑》。“こうしてオーケストラを指揮するのは初めてですが、実はかつてボーイソプラノとして東京、大阪を幾度も訪れたことがあります。そのときに日本語の歌を歌ったのを覚えています。”といって、ワンフレーズ歌った。聞き取れなかったけど、なんの歌だったのだろう?

 
日本センチュリ_第227回定期_20180705


オーケストラはいつもどおり上手い。全体のサウンドはこのオーケストラの特長である重心がやや高めの音色ながら、特に後半曲“ライン”での深みを帯びた響きのホルン(前半のコンチェルトのソロもまた見事)やトロンボーンが盤石で、聴いていて安定感がある。その“ライン”は、全体の印象として、とにかくリズムの強調よりも流れを意識した、例えて言うとロードバイク用のヘルメットのような形状をイメージさせる流線型の音楽。実際、頭の中で演奏を聴きながらこんな形状をした立体CAD画像がいろいろと色を変化させながら3軸で回転していた。(我ながら、演奏を聴きながらある立体形状をイメージするなんて面白いなぁ)。
ライン3_20180707

シューマンは作曲の際、ドイツを流れるライン川のどのあたりをイメージしたのだろうか。この日の演奏の演奏は、中流のローレライでもケルン大聖堂横を流れる滔々たる大河でもなく、川幅狭く透明度の高い水が静かに流れるスイスとの国境沿いの流れをイメージさせた。

 

ライン川_20170707

ライン川唯一の滝であるSchaffhausen 近郊のライン滝 今年4月に撮影
ライン側2_20180707



いままで幾度か実演を聴いたことのあるジャン・ワンは、決して奥深すぎず、深刻すぎない音色と表現をするソリストだったと、なんとなくだけど記憶している。・・・当時から、こうしてブログに演奏記録を書き留めておけば、そのときの印象をもっと鮮明に振り返ることができたかも…。この日の演奏も、そんな獏とした奏者に対して抱いていたイメージ通りのもの、そしてそれはこのチェロ協奏曲にみごとに符合していたのではないだろうか。特に第3楽章後半の長いカデンツァから終楽章にかけての、いろんな感情が複雑に絡みあったような、そしてそれを少し醒めた目で俯瞰しているような冷酷さすら感じさせるソロ演奏だったと思う。ジャン・ワンはどんなバッハを弾くのだろうか?

 

なおチャイコフスキーは、オーケストラ・ピースに限ると個人的な好きと嫌いがはっきりしていて、『ロメオとジュリエット』は“胡散臭さ”プンプンで特に苦手な作品の一つ。とにかく聴いていて疲れる。

 

連日の豪雨のために高速山陽道も山陽新幹線もストップしてしまい、この週末は大阪市内に軟禁状態。8日日曜日の福山シンフォニーオーケストラの定期演奏会を福山リーデンローズに聴きに出かけるつもりだったけど、断念。ラフマニノフの交響曲第2番がメインなので、楽しみにしていたのに…。

 

 

このページのトップヘ