あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日記

2017年09月

2017929日 レイ・チェル 無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータ全曲演奏会 ザ・シンフォニーホール

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1L31

 

J.S.バッハ

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ          第1番     ト短調 BWV.1001

無伴奏ヴァイオリン パルティータ    第1      ロ短調 BWV.1002

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ          第2      イ短調 BWV.1003

  休憩

無伴奏ヴァイオリン・パルティータ    第3      ホ長調 BWV.1006

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ         第3番      ハ長調 BWV.1005

無伴奏ヴァイオリン・パルティータ    第2      ニ短調 BWV.1004

 

すばらしい演奏会だった。20分の途中休憩を挟んで、全6曲を通じてまったく途切れない集中力。素人の私には、更なる向上をいったいどこに求めるのか?とすら思う“非の打ち所のない”完璧なテクニックと音楽性。これが29歳の演奏なのだから恐れ入る。今後、さらにキャリアを積んで、いわゆる“大家”として歩む先はどのようなものなのだろう。

 

ヴァイオリニストがリサイタルで全曲演奏に臨むときは、通常BWV番号順とすることが多いようだけど、今回の並び、つまり途中休憩のあと長調のパルティータとソナタ、そして長大なシャコンヌを持つニ短調のパルティータをエンディングに置いたのもリサイタル大成功の大きな要因と思える。昔、クラシックギターで挑戦した(勿論、弾きこなせなかった)パルティータ第3番前奏曲が、厳格性と重圧感に満たされた前半3曲とはまったく異なる、とても明るい音色で弾き始められた途端、ホール全体の空気が一変した。そして第32曲を聴き通してきたあと、聴くものに立ちはだかるようなシャコンヌの作品としての偉大さと巨大を改めて実感。

 

 
レイチェン_無伴奏ヴァイオリンリサイタル_20170929


2017928日 ザ・シンフォニーホール・ストリング・クインテット Vol.2

 

大阪ザ・シンフォニーホール

11列目

 

マルティヌー   : 3つのマドリガル H.313

メンデルソーン  : 弦楽のための交響曲 第1番 ハ長調

M・ハイドン    : ディベルティメントMH27 ハ長調

ブリテン       : シンプル・シンフォニー 作品4

  -- アンコール  ボッケリーニ:弦楽5重奏曲 ホ長調“メヌエット”

 

クインテットメンバー

1stVn  田野倉 雅秋  大阪フィル首席コンマス

2ndVn  岡本 伸一郎  大阪交響楽団アソシエイトコンマス

Va     木下 雄介     大阪フィル首席奏者

Vc     北口 大輔     日本センチュリー首席奏者

Cb     村田 和幸   日本センチュリー首席奏者

 

メンバー5名の内、1stVn田野倉とVa木下にとって、一昨日、昨日と所属する大阪フィルの定期で未完成とグレートシンフォニーをそれぞれコンマス、トップ奏者として弾ききった後にもかかわらずの演奏会。とはいっても、なるほど、これならこなせるか、といったプログラミング。マルティヌーはその両名のデュオ曲なので、定期の合間を縫って合わせられるし、ミヒャイル・ハイドンのディベルティメントは今週演奏会のない他2オケ所属3名によるトリオ演奏(Vn+Vc+Cb)なので、あわせる機会は余裕を持て得られたはず。つまり5名全員で演奏するメンデルスゾーンとブリテンを当日昼間にあわせてしまえばよい。ホール付きのクインテットとして本番と同じステージを使用できたとすれば、在阪プロオケの主席奏者5名なので、こまかな調整も含めて完璧にこなせたことだろう。

 

前回のVol.1の会場先行販売で購入したステージ最前列中央席は、この団体の演奏会に限って言えば選択ミス。できる限り聴衆の近くで、との思いはありがたいが、ステージ際まで寄ってきて演奏するので、メンデルスゾーンとブリテンの5重奏は真正面のVcCbの音がVn2丁の音より2倍近く大きく聞える。とくにメンデルスゾーンは曲の大部分をVcCbがオクターブで弾くので、なおさらだった。会場での先行販売された来年3月のVol.3のチケットを購入してしまった。ちょっとだけ反省が効いてC列。改めて思えば、いつもオーケストラを聴くときのL、M列下手あたりにしておけばよかったかもしれない。

 

それにしても、ザ・シンフォニーホールの音は“すばらしい”の一言。私の中では、“日本一”だ。

 
ザ・シンフォニーホール_クインテット_20170928


2017927日 大阪フィルハーモニー第511回定期演奏会 2日目

 

フェスティバルホール

2153

 

シューベルト: 交響曲第7番 ロ短調『未完成』

シューベルト: 交響曲第8番 ハ長調『グレート』

 

指揮: ユベール・スダーン

 

低弦を厚く効かせた重心の低い大阪フィルの見事な合奏力を堪能。昨日、未完成交響曲第1楽章で感じたほんの僅かながら力任せなところは完全に消えていた。個人的には、2日目のほうがより深い息づかいと陰影に富んだ掘りの深い演奏だったと思うのだけど、演奏の後の拍手は初日のほうがより大きく、長くつづいた。 

 

グレート交響曲も昨日と同様に上々の仕上がりで、大いに満足。スダーンの示すテンポに全員が前のめりになって食らいつくかのようで、その張り詰めた緊張感が強く伝わってきた初日に比べ、今日の演奏は落ち着きのある演奏だったような気がする。第3楽章のトリオから主部に戻る経過句の扱いも指揮に的確に応答していたし、スダーンも終楽章の後半あたりでグイグイと駆り立てた程度でコンマスも昨日ほどに腰を浮かせたり、のけぞったりはしていない。

 

たしか日本センチュリーの前回定期のときに書いたけど(いずみホール第36回定期です)、大阪フィルの弦奏者全員が演奏後に振り上げた弓を微動だにさせない、その統一したパフォーマンスは本当に見ていて気持ちよいし、ある意味オーケストラ生演奏の醍醐味だ。グレートの第1楽章や終楽章など、両日とも“お見事”のひとこと。対して先週の関西フィルはブラームスの交響曲1番のエンディングで、指揮者がまだタクトを掲げているのに(訂正:手をおろしていないのに、ですね。ノンタクトでの指揮でした)、全員がバラバラと“ さてっと、おしまい” とばかりに弓を下ろしてしまうのは後味が悪く、また演奏そのものまでケチをつけてしまったようで個人的にまったく好きになれない。

 

 大阪フィル_第511回定期演奏会_20170926

2017926日 大阪フィルハーモニー第511回定期演奏会 1日目

 

フェスティバルホール

1階定期会員席

 

シューベルト: 交響曲第7番 ロ短調『未完成』

シューベルト: 交響曲第8番 ハ長調『グレート』

 

指揮: ユベール・スダーン

 

2曲とも弦16型。未完成交響曲は腕時計で27分(16分+11分)もかけた、楽想を丁寧に表現することに徹底した演奏。ここまでゆっくりしたテンポだと、特に第1楽章でほんの少々、まとまりに欠けるところを感じないでもなかったけど、全体的にはなかなかの好演。第2楽章中間部でのメローな音色で夢見るようなメロディーを聴かせた木管楽器のソロがすばらしい。

 

一転してグレート交響曲は、爽快極まりない快演。演奏時間は同じく腕時計で48分(13分+14分+10分+11分)の快速で、特に終楽章11分(もちろん繰り返し無し)はこれまで見聞きした演奏のなかでも最高速ではないか。立ち上がらんばかりのアクションで弾くコンマス田野倉率いる1660名の弦の一糸乱れぬ演奏は見ていて迫力満点で、節度を保ったなかで壮麗さと輝かしさを持った金管もすばらしい。特に終楽章コーダ直前でハ音をトゥッティで4回弾くところでの音圧は、これぞフルオーケストラを聴く醍醐味。初日でここまでの完成度を見せてくれたとなると明日も楽しみだ。

 
大阪フィル_第511回定期演奏会_20170926

2017920日 関西フィルハーモニー管弦楽団 第286回定期演奏会

 

大阪ザ・シンフォニーホール

オルガン席Z

 

ブラームス: ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 イ短調 作品102

ブラームス: 交響曲第1番 ハ短調 作品68

 

指揮: ロッセン・ゲルゴフ

ヴァイオリン: 岩谷 裕之  関西フィルコンサートマスター

チェロ:パヴェル・ゴムツィアコフ

 

大阪クラシック、そして個人的にはレミゼに浮かれた一週間が去り、台風一過とともにいよいよ大阪にも秋の到来。この日のプログラムは、そんな時期にぴったりのブラームス2曲。VnVcの二重協奏曲、好きなんですよね。とくに無骨さを残しつつも壮麗さと適度な難渋さを同時に感じさえてくれる両端楽章での管弦楽部分が大好き。

 

急遽デュメイの代わりを務めたロッセン・ゲルゴフの後半シンフォニーでのインテンポで押し切った演奏スタイルは、彼の解釈の意図するところなのか、それとも無理せずそつなく代役を務めたということだったのだろうか。残念ながら弦はいつもながら艶に乏しく硬いし、管セクションもニュアンス豊かとはいえない。

 

演奏前の事務局による『デュメイ氏は、来日直前にブリュッセルでの思いがけない事故(トラブル?…良く聞き取れなかった)のため、急遽来日を取りやめ・・・』とのアナウンスあり。関西フィルのHPを覗いてみると、どうやら“肋骨の負傷”なのだそうだ。音楽愛好家のひとりとして、早いご回復と関西フィル指揮台への再登場ができますことをお祈りしております。もっとも残念ながら、今後予定されている11月のいずみホールはシンフォニーホールの大阪フィルと、そして第288回定期はカンブルラン・読響のメシアンとバッティングしており、どちらも聴きに出かけることはできないのだけど。

 

 
関西フィル_第286回定期_20170920


2017915日 日本センチュリー交響楽団 第219定期 1日目

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階 定期会員席

 

ラフマニノフ: ピアノ協奏曲第3番 ニ短調

  ――アンコール  スカルラッティ: ピアノソナタ ヘ短調 アンダンテ

カンチェリ: ステュクス ~ヴィオラ、混声合唱と管弦楽のための

 

指揮              飯森 範親

ピアノ             ジョージ・ヴァチナーゼ

ヴィオラ            丸山 奏  日本センチュリー首席

合唱                    バッハアカデミー合唱団

 

いつもながら日本センチュリーのソリスト選定は国内のポピュラー・ネームや、コンクール入賞の看板で集客につなげるといった手にでず、あくまでも実力重視。今回もカンチェリと同じジョージア(旧グルジア)つながりにしても、ジョージ・ヴァチナーゼは、日本ツアーの一環での演奏ではなく、この定期のためにわざわざ招聘したのだろうか。

 

そのジョージ・ヴァチナーゼはカデンツァで、ピアノ躯体をおもいっきり共鳴させる(打鍵の強さに加えて、ほとんど踏みっぱなしに見えるペタリングによるものかな)一方で、やわらかいタッチの弱音もあり豪胆かつロマンティシズムに満ちたピアノだった。ラフマニノフはこれくらいの演奏が聴き栄えする。でも1楽章はオーケストラとの絡みがかなりチグハグで、飯森範親もかなり苦労していたように見えた。明らかにソリストと指揮者とのコミュニケーション不足。曲後半で、どうにか修正できてからは、エンディングにかけていつもの通り熱狂的な盛り上がり。

 

日ごろ定期演奏会では、ステージ上でのプレトークはまったくの無用として徹底的に避ける(そうはいってもプレトークの声がスピーカーでホール外に流されるので、トイレにいても聞えるのが困りもの)のだけど、後半に演奏されたカンチェリのステュクスについては、飯森範親が休憩時間を使っての曲の説明をしたのは歓迎のひとこと。この曲に限っては、事前の解説をきくことは有意義で、曲を聴き進む際に大変に参考になった。

 

そのステュクスは、飯森範親が合唱とオーケストラを巧みにコントロールして、緊張感が一度も途絶えない。ソロ・ヴィオラも丁寧な、でも血の通った息詰まるほどの演奏。合唱を加えての徹底的なリハーサルが感じられた。それにしても、フライング拍手はいただけない。せっかくの名演が台無し。曲に、そして演奏に感動したなら、あのタイミングで手をたたけるはずがない。

 
日本センチュリー_いずみ定期第36回_20170811


2017914日 レ・ミゼラブル フェスティバルホール 91418時公演

 

大阪フェスティバル・ホール

359

 

10日公演と異なった配役は、ジャン・バルジャン(ヤン・ジュンモ⇒福井昌一)、コゼット(小南満佐子⇒生田絵梨花)、マダム・テナルディエ(鈴木ほのか⇒森公美子)、アンジョルラス(上原理生⇒相葉祐樹)。 一方で、両日同じ配役は、ジャベール(吉原光夫)、ファンテーヌ(二宮愛)、エポニーヌ(昆夏美)、マリウス(田村良太)、テナルディエ(KENTARO)、そして子役3名(ガブローシュに島田裕仁君)。声質や容姿を含む舞台映え等は見る側の好みもあるにせよ、声量や歌唱テクニック、さらには細かい演技に個々の差を感じないでもない。具体的に述べだすと、それぞれのファンの方々からお叱りを受けそうなので一切伏せておくとして、あえて二つ。今日の公演において、声を張り上げながら歌うところで、最後を“がなりたてるように” 歌いきる場面が幾度かあったのは残念(好みではない、ということ)、またマリウス、コゼット、エポニーヌ3重唱は10日のほうが優れていた。

 

巨大なフェスティバル・ホールの3階席からは遠くにステージを見下ろすので、10日公演の1階中央真正面のようには楽しめないのは当然として、その一方でピットの中が見えて、これはこれで面白い。指揮者正面に木管楽器3名(それぞれ主にFlObClを担当)、指揮者左右にシンセサイザー(キーボード)が一名ずつ、さらに下手に弦4名(2 Vn+1Vc+1Bs)、上手に金管奏者4名(1Tp+ 1Tb + 2Hr)、そしてさらに上手にパーカッション1名の計14名。 Fl奏者はBass FlPiccolo に頻繁に持ち替えるし、Cl奏者もコゼットが Castle on a Cloud を歌うときリコーダーを吹かなければならないなど、特に木管は持ち替えで大忙し。ブラスは、実際はシンセサイザーがサウンド的にはかなりのところを担っているので、4名の奏者は生音を加えて厚みを持たせている、とうことだろうか。おもしろいのは本来ならTpの本数を増やしそうなものなにHr2本あること。アンジョルラスが学生を鼓舞する重要なシーンでHrのグリッサンド(生音)がどうしても必要だからだろうと思う。休憩中にピット内を覗くと、Bass TpTb奏者の前においてあった)やらBass Clやらもおかれてた。エレキベースなどおかない、クラシック・フルオーケストラを前提にオリジナルがスコアリングされている故のピット編成、ということだろうか。

 

この作品、いたるところで韻を踏んだテキスト(オリジナル歌詞)に見事にメロディーが乗せられていて、所どころ日本語訳にしたことで音楽の魅力を削いでしまっている。慣れてしまえばであるけど、叙情的な歌のいくつかでは無理を感じるし、違和感が拭えないシーンもいくつか。たとえばジャン・バルジャンが “Who Am I” と自問するシーン。オリジナルの台詞が“If I speak, I am condemned. If I stay silent, I am damned. ”と語尾で韻を踏んでいるのに対し、日本語訳は、しゃべれば牢獄(ロウゴク)、隠せば地獄(ジゴク)と言葉を当ててしまっている。ここなどは、押韻にこだわらずに自然な日本語にしたほうがいいと思う。もうひとつあげるとすれば、The Final Battle で、軍隊将校が声を張り上げて “You have no chance. No chance at all.Why throw your lives away? ”と学生に呼びかける台詞(舞台ではバリケードの向こうから聞こえる)と、それに対してアンジョルラスが “Let others rise. To take our place until the earth is free!”  と仲間に最後の決意を促すところ。ここは、音符に乗せて語られる言葉が明らかに英語向き、というかテキストにあわせて音符が当てられており、日本語訳はどうにも無理がある(舞台映えしない)。ついでにもうひとつ。学生がコーラスする“Drink with me” とそれに続くジャン・バルジャンの “Bring Him Home”  は、絶対にオリジナル歌詞に限る。一方、最後のシーンでのファンテーヌとエポニーヌの歌は日本語訳の方がいい。

 

わずか2回観だけでも、実に細かいところまで入念に演出されていることがわかる。 グランテールとガブローシュの関係性に注目しても “Do you hear the people sing?” で、グランテールがひとり外れて下手でワインボトルを振り回して、ふらつきながらガブローシュに絡んだり、“Drink with me”  で、バリケードの端(上手)で酔いつぶれたグランテールにガブローシュが寄り添ったり、さらにはバリケードの上で弾に撃たれたガブローシュの遺体をアンジョルラスから受け取って呆然とするなどなど。“Master of the House” でマダム・テナルディエが歌っているとき、宿屋の2階で一組の男女が“こと”を始めたのには笑ってしまった。

 

レ・ミゼラブルを観て、オペラとミュージカルの違いについての理解を新たにした。オペラは究極の総合芸術であるのに対して、ミュージカルは最高のエンターテイメントだ、ということ。ミュージカルが誕生した当初と違い、現代のミュージカルは演出上のすべてのアクションが秒単位で構成されており、演奏も歌も演技もその通りに進めることを求められている。毎回ジャン・バルジャンに対するジャベール役が代わっても問題ないし、テナルディエの相手役が誰になろうと安宿のドンチャン騒ぎは毎回おなじパフォーマンスで進行する。指揮者もしかり。推測するに1階席最後列に設置された巨大なコントロール室からテンポや一時休止、ルバートの長さまですべて指示を受けて、タクトを振っていたのではないか。世界中どの会場でレ・ミゼラブルを観ても、上演開始から終演までの時間がぴったり一致するのかもしれない。昨今のワーグナー上演で “カタリーナの新演出は最低だがティーレマンの音楽はすばらしかった” などといった評は、ミュージカルでは絶対にありえない。キャメロン・マッキントッシュ恐るべし。

 

なんだか、思いついたままたくさん書いたけど最後に.... last but not least…..

やっぱり最後のコーラスで泣きました。ああレミゼはいい。大好き。

 
レミゼ_20170914_1

レミゼ_20170914_2

2017914日 大阪クラシック2017 第48公演 大阪市中央公会堂 中集会室

 

大阪市中央公会堂 中集会室 

 

ピアノ: 大植 英次
     保屋野 美和
     尾崎 夕飛
     甲斐 史郎

 

ベルリオーズ: 幻想交響曲 作品14

 

鬼才大植英次の面目躍如。大阪市中央公会堂3階の中集会室に着くと、入口にホワイトボードで会場内の見取り図が置かれている。係りの方の『大植が是非してみたい、との意向を受けての特別配置です。』との説明あり。四方に蓋を開けたグランドピアノが置かれ、各ピアノの距離はおよそ20メーターか。私が座った場所は、このホワイトボードに "お客様席" と書かれているあたり。

 
大阪クラシック2017_第48回_0


ちなみに大阪市中央公会堂中集会室は、その言葉からイメージされるものとは大きく異なり、言葉を失うほど大変すばらしいもの(大阪市のHPから拝借)。
大阪クラシック2017_第48回_大阪中央公会堂_中集会室

1階に閲覧フリーの資料室があったので、模型展示をパチリ(写真撮影禁止のサインがなかったのでOKでしょう)。
IMG_1964

 

大植英次本人のプレトークによれば、作品初演の後に、ベルリオーズ(ピアノが弾けなかった)のもとに集まったリスト、クララとシューマン本人、それともう一人(不明)により、私的に演奏された。今日は(間違いなく)それ以来であり、事実上の世界初であるとのこと。

 

演奏は、とにかく面白かった。特に5楽章のスリリングなこと。“怒りの日”のテーマとチューブラーベルが鳴る箇所で、四方からピアノの音が会場に響きわたるところなど、面白くて堪らない。2楽章のみトランペットを補助的に加えたり、その“怒りの日”の箇所で、会場の照明を落とし、大植英次の上に吊るされた “OSAKA CLASSIC 大阪クラシック” の旗にスポットライトを当てる、といったしゃれた演出あり。朝からの人間ドック検診日であったものの、午後からの医者面談をキャンセルするという奇策を弄しての観賞、大正解。

 
大阪クラシック2017_第48回_2

 
大阪クラシック2017_第48回_3


2017
913日 大阪クラシック2017 第47公演 ザ・フェニックスホール

 

ザ・フェニックスホール 

1C列15番

 

チェロ: 田野倉 雅秋  大阪フィル コンサートマスター

ピアノ: 菊池 裕介

 

ベートーベン: ヴァイオリン・ソナタ第9番 作品47『クロイツェル』

  アンコール: クライスラー: ロンディーノ

 

今年の大阪クラシック全公演中でも白眉ではないか。それにしてもクロイツェル・ソナタを聴いたのは始めてのような気がする。たしかにヴァイオリン・ソナタの最高峰にして、ヴァイオリニストとピアニストが対応に渡り合える十分なテクニックと高い音楽性も持ち合わさなければ演奏できない曲だ。聴くほうも、ヴァイオリン・ソナタとしてソロを意識してしまうと、曲の持つ深みから抜け出てしまいかねない、大変集中力の求められる作品であることを痛感した。

 
大阪クラシック2017_第47公演 


2017
913日 大阪クラシック2017 第46公演

 

大同生命大阪本社ビル

1階ロビー 立見

 

ハープ: 平野 花子  大阪フィル

ピアノ: 松永 加也子

 

J.L. デュセック: ハープとピアノのための2重奏曲 作品36

一柳 慧: 夏の花

C. サルツェード: ソナタ

 

演奏された3曲(各10分ほど)のうち一柳慧の“夏の花”とサルツェードの“ソナタ”は、所謂、前衛音楽の部類に入る現代曲。あえてポピュラーな曲を避けた、とっつき難いプログラムを持ってきた演奏者、そしてそれを静かに聴き入るフロアいっぱいの人々(勿論、私も)。“大阪クラシック”が大阪にしっかり根付いていることを実感させられる。

 

大阪クラシック2017_第46公演




2017912日 大阪クラシック2017 第34公演 ZeppNamba

Zepp Namba 

1F7

パーカッション

井口雅子、久保田善則、中村拓美、堀内吉昌  大阪フィル

 

エーベル      : トムトム・フーリー

E.コペツキ    : ヘビのうた

吉岡孝悦      : オルゴール

J. ケージ     : サード・コンストラクション

  ――アンコール  曲名不明

大阪クラシック2017_第34公演_1

今年の“大阪クラシック”で最も楽しみにしていた公演。なんてったって会場がZepp Nambaだもの。喫煙エリアやアルコールを売るカウンター(さすがに今日はソフトドリンクのペットボトルのみ。でも300円は高い!)のあるロビーからフロア通ずるドアの注意マークなど、初めて見て笑ってしまった。


大阪クラシック2017_第34公演_3


演奏も、パーカッションアンサンブルなら、たとえ一瞬楽譜が消えてしまっても、どうにかアンサンブルが継続できることを証明した笑えるハプニングあり。




大阪クラシック2017_第34公演_2

2017911日 大阪クラシック2017 第24公演 ザ・フェニックスホール

 

ザ・フェニックスホール 

1C8

 

チェロ: 近藤 浩志  大阪フィルチェロ首席奏者

ピアノ: 河合 珠江

 

オール・グリーグ・プログラム

『ペール・ギュント』より“ソルヴェイグの歌”

チェロ・ソナタ イ短調

  ――アンコール  4つのデンマーク語の歌『心のメロディ』第3曲“君を愛す”

 

ザ・フェニックスホールは弦楽器のソロを聴くには最高に贅沢な空間。大阪フィル首席奏者近藤浩志さんによるオール・グリーグ・プログラムを楽しんだ。ホール自慢の可動式反響板もアンコール曲の終わりに合わせたかのようにタイミングよく上がり、ガラス越しに見える夜景もまた、いつもながら見事。

 
大阪クラシック2017 第24公演


ブログ三年目を迎えて

どうにも年を追うごとに物覚えが悪くなる一方。週末にMHKドラマ“ひよっこ”を一週間分イッキ観しながら『あの女優さん、誰だっけ。え~っと、ほらリーガル・ハイの弁護士(堺正人の名前が出てこない)と結婚した・・・』てな会話が日常茶飯。先日も、とある人生の師と再会した折にメット・ライブビューイングの話題になり、今シーズンは何作品を観たかを話し始めたのはいいけれど、グノーのオペラ“ロメオとジュリエット”のタイトル名が出てこない。“えーっと、フレンチオペラで……そう、グノーの…” と言ったところでフリーズしてしまった。同名異曲がポピュラーだったことを足がかりにあれやこれや思案したあげく、グノーの "ドン・ファン" と頓珍漢なことを言ってしまう始末。

ところが、自らの備忘録として始めたこのブログのおかげで、2年ほど経過した今でも不思議なほどにそのときの演奏を記憶している。勿論、観賞日誌としては薄っぺらい内容で恥じ入る限りだけど、それはそれとして割り切ってしまえば、自身の音楽体験を記録に残すことはなかなかに楽しいことではあるし、また拙文・駄文にも関わらず少なからずの方々がブログを訪れてくださっていることは大変に励みにもなっています。

ということで、ありがたくもご訪問くださった方々へ、このブログに関して私なりの決め事をお伝えしておきます。

  • 実演に接した演奏会は、プロ・アマ、ジャンルを問わず、ブログ対象とすること。

実際に接した演奏会の記録に限定して、たとえばCDDVDBlu-ray等メディアの感想や、音楽に関係した諸事・意見は極力記さない。勿論、大阪のプロ・オーケストラ事情について多々思うところもあるけど、そうしたことは触れないことにしています。

  • 演奏者ならびに曲目の紹介・説明は記さない。

このIT社会、どんなに珍しい作品であってもその気になれば電網を通じて誰でもかなりの情報を入手できる。わざわざ無理にかき集めてブログに書いてもしょうがない。

  • ホールのどのあたりで聴いたか、席位置についても可能な範囲で記録する。

一昨日(9月10日)の日経新聞日曜版 Nikkei The Styleでの永田音響設計、豊田泰久氏の特集記事で “クラシックコンサートとは『ホールが鳴らす音』を聴くものである” との1文がある。また、氏の『(ホールに)ベストの席はありません、すばらしい席はあります。どんなレパートリーが、誰によって演奏されるか。さらには耳を傾ける人の好みが反映されて、その時々に最上の席が生まれる。』との言葉が紹介されている。まったくの同感です。故に、わたしにとってどの席でその演奏を聴いたのかを記録しておくことは、大変意味のあることなのです。
 

閑話休題:そのNikkei The Styleの記事で、ある年の元旦にゲルギエフがヤンソンスと食事中に、ミューズ川崎と札幌キタラのどちらの音がいいか議論になって、豊田泰久氏にサンクトペテルブルグからわざわざ国際電話をかけてきたエピソードが紹介されていたけど、数年前の朝日新聞 Be on Saturday で永田音響設計と豊田泰久氏が特集され、件のエピソードも紹介されていた。さすがの日経新聞も文化面では朝日新聞の後追いかな。

ということで、当ブログにお立ち寄りいただきました皆様、今後とも、あーと屋の“ほぼ大阪クラシック演奏会気まま日誌”をよろしくお願い申し上げます。

 

あーと屋
 

ブログ3年目


 

2017910日 レ・ミゼラブル フェスティバルホール 91017時公演

 

大阪フェスティバル・ホール

11726

 

レ・ミゼラブルの生舞台は、これまでわずか2回。1989年に帝劇で日本語版(鹿賀丈史と滝田栄のどちらがジャン・バルジャンだったか覚えていないけど、マリウスを野口五郎、テナルディエ夫婦を齋藤晴彦・松金よね子が演じていたことは鮮明に記憶している)、そしてその10年後にアメリカSC州グリーンビルでの地方巡業公演。つまり実演回数では熱狂的なレミゼ・ファンには遠く及ばないけれど、この数年に限って言えばかなり“入れ込んで”いる。特にメディア化されている25周年記念公演の映像は通算30回以上は観ていて、それこそオリジナル歌詞とメロディーに関しては、完全に聞き覚えてしまった。もし、週末の下りのぞみ自由席でこの映像をiPadで観てる人を見かけたら、それはきっと私です。

 

新演出になって2度目の今年の大阪公演への入れ込み様は相当なもの。事前に入会費を払って梅田芸術劇場のネット会員になり、会員優先の先行抽選申込開始時刻ドンピシャに申込をかけて、どうにか第4希望日の、でも1階席ボックス後ろの中央2席(妻と私)確保することが出来た。(大阪フィルの定期会員席の2列後ろだ!)。ちなみにどうにも我慢できず1418時公演の3階最安席もチケット・ピアで買ってしまっている。木曜日だけど意地でも仕事を切り上げてフェスに駆けつける心構えと覚悟は出来ています。ということで、25周年記念公演限定マニアとしてのオタク的目線での鑑賞録は14日公演に取っておくとして、まずは人生3度目の待望のレミゼについての感想は、というと・・・はい、泣いてしまいました。

 

開演前にピットを覗いて“う~ん、この程度のオケ編成なの?”とか、開始早々から“やっぱ日本語訳は無理があるわぁ”とか、“そこ、もっとルバートかけてよぉ!”などと、些か斜に構えて観始めたものの、やはりというべきか“RED and BLACK”から“ONE DAY MORE”にかけての息をつかせぬ疾走感と圧倒的なパワーに完全に涙腺を緩めてしまった。こうなるともう御託抜きですね。30分の休憩を挟んでの後半は、登場人物すべてが愛おしいまでに思えてしまい、やはりというべきかFinale Do you hear the people sing?のメロディーをカンパニーが静かに歌いだすところで、またも涙腺が崩壊してしまった。ああぁ、レミゼはいい。最高のミュージカルです。木曜日にまた彼らに会いに行きます。

 
レミゼラブル_2017年9月10日_17時公演


レミゼラブル_2017年9月10日_17時公演_メンバー表

201799 日 外山啓介 デビュー10周年記念ピアノ・リサイタル ザ・シンフォニーホール

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1Q9

 

オール・ショパン・プログラム

ワルツ第1番『華麗なる大円舞曲』変ホ長調

バラード第1番 ト短調

ノクターン第20番『遺作』 嬰ハ短調

幻想即興曲 嬰ハ短調

ポロネーズ第7番『幻想』 変イ長調

  **休憩

舟歌 嬰ヘ長調

ピアノソナタ第3番 ロ短調

 

   ―アンコール  ショパン: ワルツ第7番 嬰ハ短調

                     シューマン: (リスト編)献呈

 

さて、いよいよコンサート(そしてレミゼ)連荘ウィークに突入。今日のオール・ショパンと明日のレ・ミゼラブルは広島から妻を呼んでのお出かけ。有名曲を並べたプログラムは集客力十分で、ピアニストの手の動きを間近に見ることができる人気の左側バルコニー席は当然として、ピアノを聴くには不向きのオルガン席までほぼ埋まっている。そして私も妻への気遣いと称して、いつもの右ブロックでなく手の動きが見える左ブロックQ9番(そして妻は10番)席を選択。

 

何気に聴き続けていたけど、ふと気づけばとても良く練られたプログラムだこと。華麗なワルツで始まり、嬰へ短調の沈鬱を経て『幻想』と題された2曲が続き、そして休憩を挟んでソナタ3番に至る構成となっており、ソナタの前に同じく晩年の舟歌を置くという妙。しかも最初のワルツからほぼ作曲(出版)年代順に並べられている。演奏は同調性が並ぶノクターンと幻想曲を連続して演奏した以外は、曲の終わりごとに拍手を受けて袖に戻り、改めてステージに出てきてピアノに向かった。

 

外山啓介は、これまで多分どこかのオーケストラ演奏会でのコンチェルトを聴いたような気がするけど、どうにも覚えていない。当たり前に上手いし、個性的な節回しなどをすることのないショパンの演奏は聴いていて大変心地よい。週末午後の素敵な時間でした。

 

外山啓介_デビューリサイタル_20170909




2017年9月1日 ザ・シンフォニーホール・ストリング・カルテット Vol.1

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1J34

 

バーバー      : 弦楽四重奏曲第1番 第2楽章『アダージョ』

マンシーニ    : ムーンリバー

S・ジョプリン : ラグタイム

ガーシュイン・メロディー

ドヴォルザーク       : 弦楽四重奏曲第12番 へ長調『アメリカ』

   アンコール  チャイコフスキー :アンダンテ・カンタービレ

 

カルテットメンバー

Vn     松浦 奈々   日本センチュリー コンマス

Vn     森下 幸路   大阪交響楽団首席ソロ・コンマス

Va     飯田 隆      日本センチュリー

Vc     北口 大輔     日本センチュリー首席奏者

 

この演奏会も新ホールオーナーによる新機軸のひとつ。メンバーは4名中3名が日本センチュリーのメンバーのため、休憩後のドヴォルザークで松浦奈々が1stを務めると、聴く前から“どうぞ気心のあった仲間で達者な演奏を聴かせてください”といった雰囲気で収まってしまう。その意味では、森下幸路が1stを務めた前半が面白い演奏になりそうなものだったのだけど….

 

前半メインのガーシュインをバックに行われた関西在住の画家によるアートパフォーマンスがいただけない。日本センチュリーのホルン奏者である三村総徹氏がこの日のために趣向を凝らしてアレンジしていたというのに、彼は曲調の変化や、各声部が寄り添ったり重なりあったりといった弦楽4重奏の持つ面白みや醍醐味など見事なまでに無視して、ただメロディーにあわせたような、とりとめのない線をマジックで描いていただけ。

 

それでも最初のうちは、この “画家” がどういったインスピレーションを演奏から得ているのかを探ろうと真剣に眺めていたけど、そのうち “何の共感もインスピレーションも無い” ことに気づいてからは、ひたすらじっと目を閉じて聴いていた。目障りなパフォーマンスを延々と見せつけられるのは迷惑極まりない。氏が “画家” としてどれほどの評価と知名度を得ているかなど皆目存ぜぬし興味もないけど、すくなくともコラボレーション企画としては、完全にミスキャスト。

 

次回は “ロシア” がテーマとのこと。せっかくのホール付き弦楽四重奏なのだから、余計なことはせずに “音楽” を聴かせてくださいね。都合がつけば是非聴きにいきますから。

ザ・シンフォニーホール・ストリング・カルテット_20170901

 

2017830日 東京混声合唱団第22回いずみホール定期

 

いずみホール

1 R列(たしか)の17番 

 

指揮:         山田 和樹

ピアノ:       荻原 麻未

オルガン:     土橋 薫

バレエ:       針山 愛美

 

女性作曲家の競宴

木下 牧子:   混声合唱曲集『地平線の彼方へ』         谷川俊太郎作詞

上田 真樹:    月の夜“バレエと合唱のために”         草野新平作詞

          ――アンコールとして  赤とんぼ

 

上田 真樹:   遠くへ                                 谷川俊太郎作詞

木下 牧子:    混声合唱とパイプオルガンのための“光はここに”  立原道造作詞

 

日本最高レベルといわれる東京混声合唱団を音楽監督山田和樹の指揮、そして荻原麻未のピアノ伴奏で聴くことができるという垂涎の演奏会。当然のように会場は2階バルコニーも含めて満席。

 

東京混声合唱団の合唱で日本人作曲家の作品にじっと耳を傾ける、なんと贅沢な時間だろう。ほんの2ヶ月前にカタカナ発音で歌われた英語歌詞の宗教曲を聴いて大いにストレスを感じ、さらには先日、学生コーラスのようなアマチュアのテ・デウムを聞いた後では、なおさらだ。日本語の持つ語感と抑揚、そして旋律が一つひとつの言葉の意味と表徴に沿う優れた合唱作品を聴いていると、“ああ、日本語はなんて素敵な言語なんだろう” と素直に思う。そしてなにより東京混声合唱団の上手いこと! みごとにコントロールされた弱音、そしてホールいっぱいに響き渡るフォルテシモ。長いア・カペラ曲でもまったく音程のぶれない安定感。とてもとても充実した演奏会だった。来年の大阪定期は、いずみホールの改修予定と重なり例年の8月末(9月初)ではなく、時期をずらしておこなうとのこと(マエストロ談)。う~ん、絶対に聞き逃せない。

 

“バレエと合唱にために” と副題された月の夜について

パンフレットに作曲者による次のような紹介文が載っている。

本来、言葉を持たないバレエと、言葉ありきの合唱音楽の組み合わせ。合唱がバレエの単なる解説になっては面白くない。バレエが合唱に花を添えるだけの付属物になっても面白くない。(改行)それならば。(改行)いっそのこと、意味のわからない言葉で書いてみようか。聴いている人にことばそのものの意味がわからなくてもよいのではないか。だってバレエだもの。(以下省略) 
== 以上、パンフレットから転記 ==

 

さて実演に接して、やはりバレエと合唱音楽とは最終的にはシナジーを得られない、というのが率直な感想。ノクターンと題された第2曲、合唱はひたすら “るるるるる・・・・” と所謂、無言歌を歌っているので、たしかに影絵のようなダンサーの動きを注視することになり、そのパフォーマンスにイマジネーションを掻き立てられる。(私の席は中央17列で観賞には最適の場所だった)。それでも第4曲、作者曰く “カエル語のアリア” なる部分は、私の耳は本能的に合唱がうたう意味不明の歌詞をなんとか聞き取ろうとしてしまう一方で、視線はバレリーナのパフォーマンスを追い、その動作の意図を探ろうと思考してしまう。幽玄なコーラスを傾聴すればするほど、目の前のバレエが目障りになってしょうがない。大変恐縮ながら、途中から目をつぶって(視覚を絶って)音楽のみに集中していた。まして、最終曲で聴衆に“かえるの歌”を歌わせるというアイディアは、聴覚と視覚の無意識の葛藤を強制的に麻痺させてしまう禁じ手ではないのか。

 
東京混声合唱団_第22回いずみ定期_20170830


ホール出口で、団員の方が配っていた”東混TOUKON since 1956"のチロルチョコ
東京混声合唱団_第22回いずみ定期_60周年記念チョコ_20170830

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