あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日記

2017年05月

2017429日 関西フィルハーモニー管弦楽団 第282回定期演奏会

 

大阪ザ・シンフォニーホール

3階バルコニーLLC6

 

ベートーベン: ミサ・ソレムニス ニ長調

 

指揮                             飯森 泰次郎

ソプラノ:             澤畑 恵美

メゾ・ソプラノ:     池田 香織

テノール:           畑 義文

バス・バリトン:   片桐 直樹

関西フィルハーモニー合唱団

 

演奏会日記のアップをかなりサボっていました。414日の広響から429日の関フィル定期まで、7つの演奏会を一気にアップします。

 

この曲を最後まで聴きとおしたのは、生まれてこのかたこのコンサートが始めて。ベートーベン晩年の作品を知ることのできた良い機会ではあった。演奏会パンフレットに分かりやすい曲目解説があり、それを膝に置きながら聴いていた。曲に対する一番の感想は“なんだかすっきりとしないエンディングだったなあ”ということ。ウィキペディアには“最後に合唱団が「ドナ」を堂々と歌い、器楽が全曲を力強く結ぶ”とある一方、パンフレットの曲目解説では、“戦乱の喧騒を超えて平和を求める声がソリストたちと合唱の掛け合いで歌われて、全曲は静かに収束する”とある。いったいどっちなんだろう。いずれにせよこの日の演奏は、なんだかどっちらでもなく終わってしまったようで、私だけでなくほぼ満員の聴衆もちょっと戸惑ったような間のあと、拍手を始めたようだった。

 

ここ最近、京響(一千人の交響曲)、大阪フィル(カルミナ・ブラーナ)、そして関西フィルとのミサ・ソレムニスと、関西のオーケストラ専属のコーラスを聴いたけど、やはり関西フィル合唱団はかなり厳しい。大阪で大阪フィル、関西フィル、さらに日本センチュリーも専属の合唱団を有していては、戦力の分散は否めない。せめてコーラスくらい、まとまっちゃえばいいのに、と思うのだけど。

 

ところで困った御仁について・・・私の真向かい(3階バルコニーRRA席)で、曲開始から終曲まで(つまり70分ほど、休みなく)両手を胸から上にあげ続け、神父みたいに祈るようなしぐさをしたり、天を仰いでみたり、さらには手のひらをひらひらさせたり(私の席からみると阿波踊りみたい)と、一度も降ろすことなく動かしつづけていた。最も1階フロアに座っていれば視界からかなり離れた高所なので、あまり人様の迷惑にならないにしても、お隣りにお座りの女性の方、きっと鬱陶しくてたまらなかったでしょう。

 

そしてもうひとりの御仁はまったくの “困ったさん”。所用で開演直前にホールにたどり着きバルコニー席への扉を開けると、私の席に見知らぬ男性がちゃっかり座っている。前後2列からなるシンフォニーホールの3階バルコニーは、前列はホール備え付けの木製椅子でステージの見切りも比較的少ないけど、後列はパイプ席で前列が邪魔してほとんどステージが見えない。関西フィルも含めて良心的な団体は前列と後列で席のランクを分けて販売している。私の姿を察したその御仁、すっと立ち上げって、後列に移っていった。ちなみにその方、終演後の拍手もそこそこに会場を出て行かれた。

 
関西フィル_第282回定期_20170429

2017426日 大阪フィルハーモニー第507回定期演奏会 2日目

 

フェスティバルホール

21列目

 

ベートーベン: 交響曲第7番 イ長調

オルフ:世俗カンタータ『カルミナ・ブラーナ』

 

指揮:   大植 英次

ソプラノ: 森 麻季

テノール: 藤木 大地

バリトン: 与那城 敬

大阪フィルハーモニー合唱団

大阪すみよし少年少女合唱団

 

演奏会日記のアップをかなりサボっていました。414日の広響から429日の関フィル定期まで、7つの演奏会を一気にアップします。

 

24曲、オーケストラと合唱による『運命の女神を讃える音楽』が歓喜の頂点に達した瞬間、ティンパニの一撃と共に曲冒頭『おお、運命の女神よ』のニ短調が再帰するところは、“さあ、くるぞ”と身構えていても、脳天を突かれたような衝撃をうける。いったい古今東西の音楽において、長調による音楽が次第に高揚していった果てに、一転最強奏による短調が鳴り渡る、こんな音楽があるのだろうか。(ハイドン天地創造で短調のカオスから突然、長和音が鳴り響く“光あれ”の劇的な音楽展開とは真逆)。しかも天国的快楽から悲劇のどん底に突き落とされるのではなく、なんだか原始的で人間の本能に訴えかけるような響きとリズムに時空をこえてわが身を瞬間移動させられたような錯覚すら覚える。特にこの日(2日目)の演奏は、終演と同時に体の芯が火照ったような不思議な感覚にとらわれた。こんな体験のできる作品は、これ以外に思いつかない。

 

どうやら大植英次は昨日のカルミナ・ブラーナの演奏で“ここまで踏み込める”といった確信のようなものを懐いたのだろうか。さすがに全曲70分あまりの大曲なので具体的にどこそことは覚えきれないけど、明らかに昨日よりかなりの箇所でテンポの変化をかけていた。それは単に部分的な躍動感をもたらすのではなく、全体の進行に緩急とスリリングな興奮をもたらす知的なものだった。合唱もピッチが昨日に比べてさらに安定していたこともあり、2日続けて聴いても、まったく退屈することなく楽しめた。

 

なお前半のベートーベンは、昨日は取り憑かれたかのような演奏姿を見せていたオーケストラが、今日は一転して指揮者に距離を置いたように感じたのはなぜだろう。少なくとも終楽章での大植英次は、的確に各パートにキューを出していた(ように見えた)昨日と異なり、とにかく音楽の進行にあわせて右に左に腕を振り回したり突き出したりしているだけで、まるで踊っているようにしか見えない(オーケストラは指揮を無視して突っ走っているようだ)。

 
大阪フィル_第507回定期

2017425日 大阪フィルハーモニー第507回定期演奏会 1日目

 

フェスティバルホール

定期会員席

 

ベートーベン: 交響曲第7番 イ長調

オルフ:世俗カンタータ『カルミナ・ブラーナ』

 

指揮:   大植 英次

ソプラノ: 森 麻季

テノール: 藤木 大地

バリトン: 与那城 敬

大阪フィルハーモニー合唱団

大阪すみよし少年少女合唱団

 

演奏会日記のアップをかなりサボっていました。414日の広響から429日の関フィル定期まで、7つの演奏会を一気にアップします。

 

カルミナ・ブラーナを聴くのは2009年の大阪フィル第432回定期以来。そのときも同じ大植英次の指揮たったけど、会場は当時の本拠地シンフォニーホール。とにかくこの曲は、字幕を見ながらの生演奏を体験しないと面白さがまったく分からない。今回の日本語訳はかなり中庸なもので、“おいおい、児童合唱にそんな歌詞うたわせとんのかい!" と関西人のツッコミを承知で、もっと直接的にエロスを表現した訳詩のほうが、より曲の魅力に迫るように思えるのだけど。5年前の定期での字幕がどのようなものだったか覚えてないけど、なんとなく“なかなかキワドイなあ”と思った記憶があるので、もう少し官能的な表現をしていたのかもしれない。

 

大阪フィルハーモニー合唱団は、数年前に新たに迎えた指導者によって一段と実力をつけたようだ。とりわけ男性陣が安定している。3人の独奏者のなかでもバリトンが曲ごとの表情と歌詞を見事に歌い分けて申し分無し。日本一のディーバ、森麻季も、1月のアンサンブル金沢のニューイヤーコンサートからあまり間をおかずに再び歌声を聞けたのもうれしい。おじさん趣味からいうと、彼女の舞台衣装のドレスは2日目よりも今日のほうがより素敵たっだ。

 

前半のベートーベンは、ぐいぐいとリズムを押し捲った演奏で、おそらくカルミナ・ブラーナの前に演奏するからこそ成り立つような解釈で、それはそれとして面白い。ただ毎度のこと高橋Topがいないと、ホルンパートが弱体化するのは残念。

 

 大阪フィル_第507回定期_20170425

2017421日 日本センチュリー交響楽団 第216定期 1日目

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階 定期会員席

 

エロール      :歌劇「ザンパ」序曲

ショパン      ;ピアノ協奏曲第1番 ホ短調

    アンコール   ショパン:ワルツ第7番 嬰ハ単調

モーツアルト  :レ・プティ・リアン K299b

モーツアルト  :交響曲第31番 ニ長調「パリ」 K297

 

指揮:

ピアノ: 江崎 昌子

 

演奏会日記のアップをかなりサボっていました。414日の広響から429日の関フィル定期まで、7つの演奏会を一気にアップします。

 

飯森範親が指揮をした日本センチュリーの122管編成での演奏は間違いなく一級品。帰り際、出口で見送りされていた団員の方に、思わず『良い演奏会でした!』とお声をかけました。これだけの演奏を聴かせていながら客席が半分も埋まっていないのはどうしたもんでしょう。関西フィルが一日定期とはいえ、ほぼシンフォニーホールを満席にしていることを思えば、マネジメントの失敗を問われてもしかたがないところ。

 

今年4月から日本センチュリーのシンフォニー定期の定期会員になったのは、昨年までのようにフェスティバルホールでの大阪フィルの定期と日程ダブりが無いこと(事務局どうしで調整したのだろうか?)、大阪フィルと同様、12月定期が“第九”でないこと。そしてなにより昨年までの立ち位置を取り違いしたとしか思えない大曲路線から離れ、やっとでこのオーケストラ本来の個性を楽しめるラインナップになったから(名残としてブルックナー4番(来年3月)があるけど)。

 

なによりシーズン最初のこの4月定期の曲目が定期会員申込の決め手だった。ちょっと残念なのは協奏曲のピアニストが小山美稚恵でないこと。昨年までアーティスト・イン・レジデンスとしてプログラムに紹介されていたのに、どうやら今年はその記載がない。小山美稚恵が弾かないなら、ショパンのコンチェルトなど挟まないでもう1曲モーツアルトのシンフォニーか同時代作曲家の佳作を置けば最高のプログラムなのだけど。 大阪の地方オケっぽくて、それはそれで個性であった大げさで癖のある弓使いの奏者や、体をクネクネ揺すってひく奏者といった個性的だったヴァイオリンセクションも見た目に普通になって、プロフェショナル然とした良い団体になったように思える。これからの定期が毎回楽しみだ。

 
日本センチュリー_定期216_20170421

2017416日 京都市交響楽団 大阪特別演奏会

 

ザ・シンフォニーホール

1P

 

ベートーベン :交響曲第5番 ハ短調

ハチャトゥリアン :組曲「仮面舞踏会」

ワルツ・夜想曲・マズルカ・ロマンス・ギャロップ

ストラヴィンスキー :バレエ組曲「火の鳥」 1919年版

 

   アンコール  ビゼー:アルルの女から「アダージョト」

 

指揮 :広上 淳一

 

演奏会日記のアップをかなりサボっていました。414日の広響から429日の関フィル定期まで、7つの演奏会を一気にアップします。

 

京響って、ほんとに上手いなあ。大阪にいると、今日のような演奏会などなかなかに聴けたものではない。特に火の鳥など、これだけ完璧な演奏を聴かせてくれるオーケストラなど、海外オケの来日公演でもそうそう体験できないのではないか? 

 

ハチャトゥリアンもストラヴィンスキーもオーケストラレーションを楽しめる曲でこのオケの実力を示すにはもってこいの曲だけど、もっと重厚なプログラミングでの京響を聴きたかった、と思うのは贅沢すぎるか。

京都市交響楽団_大阪_20170416

2017415日 トヨタ・マスター・プレーヤーズ・ウィーン・プレミアム・コンサート

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1K22

 

トヨタ・マスター・プレーヤーズ、ウィーン

Vc      :ロベルト・ノージュ

 

ベートーベン    :「コリオラン」序曲 ハ短調

ハイドン        :チェロ協奏曲 第2番 ニ長調

モーツァルト    :交響曲第35番「ハフナー」K385

シューベルト    :交響曲第6番 へ長調 D.589

  アンコール   ヨハン・シュトラウスⅡ:『美しく青きドナウ』

 

演奏会日記のアップをかなりサボっていました。414日の広響から429日の関フィル定期まで、7つの演奏会を一気にアップします。

 

昨年と同様、4月半ばの土日にトヨタ・マスター・プレーヤーズ・ウィーンと京都市交響楽団の演奏会があるので、仕事の都合もかねてそのまま大阪に滞在。今年は、前日に下野竜也音楽監督就任披露と銘打たれた広響の演奏会があったので、シンフォニーホールに3日続けて出かけることになった。

 

ウィーンフィルを中心にベルリンやウィーンの主要オーケストラのメンバーで構成されたこの団体、とにかくあきれるほどに上手い。5+4+3+3+2の弦でどうしてあんなにもダイナミズムに満ちた表現ができるのだろう。最初のコリオラン序曲の冒頭など、目を閉じて聴いていると、とてもわずか12名の演奏には思えないほどの厚みと迫力で圧倒された。そして毎年のこの団体の大阪公演で感心するのは管楽器奏者の絶妙な音量バランス。欧州のトップクラスの管楽器はけっして飛び出さない。終始、完璧な音程と芯のしっかりした音で12名の弦と見事にハーモニーしている。とにかくどの曲も聴いている間ずっと“夢見心地”。『美しく青きドナウ』で2md.Vn奏者がウィンナワルツのリズムを刻みながら見せる楽しげな表情は “さぁ、いかがです?素敵な音楽でしょ?”と問いかけているかのよう。

トヨタマスタープレーヤーズ_20170415

2017414日 広島管弦楽団 下野竜也音楽監督就任披露演奏会

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階 P31

 

ブルックナー    :交響曲第8番 ハ短調 ハース版

 

指揮      :下野 竜也

 

演奏会日記のアップをかなりサボっていました。414日の広響から429日の関フィル定期まで、7つの演奏会を一気にアップします。

 

終演後、今年2月に聴講した『世界における我が国オーケストラのポジション』冒頭、海外パネリストによるそれぞれの本拠地で聴いたN響、広響、九響、大阪フィル、アンサンブル金沢の講評を思い出した。あるパネリスト(メモを捨ててしまったので、誰の発言だっか不明)が、“今回聴いた五つの演奏会のなかで、ひとつだけオーケスト演奏にはまったく不向きなホールがあり・・云々”と語り始めたので、てっきりNHKホールのことだろうと思って話を聞いていると、実は広島交響楽団の本拠地のことだった。氏の発言の文脈は覚えていないが、少なくとも広響が定期の会場としている広島文化学園HBGホールを酷評していたことは鮮烈に覚えている。

 

何故こんなことから書き始めるかというと、せっかくの音楽監督就任披露という特別な場でありながら、日ごろそんな“オーケストラを聴くには不向きな”場所で演奏している広響が豊潤な響きを誇るザ・シンフォニーホールに順応させることもなく、力み気味に演奏してしまったことが残念でならないから。今年2月の広響の福山定期公演(会場は永田音響設計の手による音響に優れたリーデンローズ)演奏会日記で“間接音中心の豊潤な弦に対して木管の直接音が少々大きく聞えすぎるきらいはあったけど。。。”と記したけど、この日の演奏を聴いてその理由が腑に落ちた。

 

福山の演奏会も、そしてこの日の就任披露演奏会も、とにかく日ごろ乏しい響きの定期会場と同じように全パートが弾きこみ(吹きこみ)すぎて、少なからず音楽性と響きのバランスを崩してしまっている。この演奏会の2日後に本拠地定期として同曲を演奏することもあり、ホールにあわせて調整をするようなリスクはとらなかったのだろうか、それともそのような機能性は持ち合わせていないということか。週末金曜日のこの演奏会のあと、翌日にトヨタ・マスターズ・ウィーン、そして次の日曜日の京都市交響楽団と、連日ほぼ同じ席位置で一級品の演奏を聴いているので、なおさら分が悪い。終演後、下野竜也が“広島にも聴きに来てください”と客先にむかって声をかけたけど、残念ながら広島の定期会場はその気になれば自宅から1時間で行ける距離なのに、“わざわざ出かけていって音楽を聴く”ところではない。

 

下野竜也の指揮は、先月の読響との第7番と大きくことなり、正統的なアプローチながら、所どころでちょっとした変化をかけていた。昨年2月のバレンボイム・ベルリン国立歌劇場管弦楽団との同曲の演奏会ブログ(場所はサントリーホール)でも記したとおり、この曲に関しては作為的なテンポ変化(コーダのアッチェレランドなど、言語道断だと思う)やアゴーギクを徹底的に排した演奏こそが理想なだけに、たとえば終楽章のコーダ、全楽章の主題が同時に演奏される直前の6小節間をちょっとだけスピードを上げておいて、その後大きくテンポを落としてから最終小節に向かってカタルシスを求めるアプローチなど、いくつか疑問符の付く解釈も散見された。ちなみにこの箇所、ホルン・ワーグナーチューバの8本がばらついたのも残念。如何せん奏者8名のうち6名がエキストラだからいたし方なしか。

 
広島交響楽団_20170414_下野

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