あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日記

2017年03月

2017326日 京都市交響楽団 第610回定期演奏会 マーラー『一千人の交響曲』 第2日目

 

京都コンサートホール

1階225

 

マーラー: 交響曲第8番 変ホ長調『一千人の交響曲』

 

指揮  :      広上 淳一

 

独唱          高橋 絵里      ソプラノ1 罪深き女

                田崎 尚美      ソプラノ2 懺悔する女

                石橋 栄美     栄光の聖母

                清水 華澄      アルト1 サマリアの女

                富岡 明子      アルト2 エジプトのマリア

                福井 敬        テノール マリア崇敬の博士

                小森 輝彦      バリトン 法悦の教父

                ジョン・ハオ    バス 瞑想する教父

 

合唱    :京響コーラス

児童合唱:京都市少年合唱団

 

期待以上の “超” のつく名演。40年近く偏愛する(201674日新日本フィル第560回定期の演奏会で記したとおり)この型破りの大曲を理想的な演奏で体験できたことに感謝したい。京響コーラスを中心に編成された混声合唱も、そして京都市少年合唱団も実にみごと。終演後のレセプションで広上マエストロから聞くところによると、合唱は一年以上も前から準備をされたのだそうだ。特に第2部での隅々まで血の通ったオーケストラの演奏クオリティーについて言えば、昨年7月にサントリーホールで聴いたハーディング指揮新日本フィルの演奏よりはるかに優れている。

 

広上淳一の指揮は、祝祭的な第1部に対して、一転第2部ではテンポを大きく変化させながら、各ソリストに与えられた登場人物ごとの性格描写を深堀して、パッションや情念を解き放つかのようなロマンティシズムに満ちたものだった。普段よりもずっと大きな手振りと息づかいで、ときに高くジャンプしながら(革靴のソールが幾度も目に飛び込む)ステージ上に大きく展開した100人を超えるオーケストラ、自身を取り囲んだ7人の独唱、200名超の2部に分かれた混声合唱団、そして児童合唱団の隅々まで明確な指示を出していく。きっとリハーサルで求めた指示通りに演奏がすすんだのだろう。幾度となく右手の親指を立てて “GOOD!” っとサインを送る。そんな芸術創造の過程を目の当たりにした、刺激的でエキサイティングな時間でもあった。

 

それにしても12列目のほぼ中央の席で聴く“一千人の交響曲”の迫力はすさまじい。冒頭パイプオルガン重低音の音圧を真正面から浴びるように全身で感じる(パイプの真ん前に位置した第2コーラス最後列はきっと五臓六腑が震えていたに違いない)。私の席からは指揮者を挟んで真正面に位置した高橋絵里のハイCが脳髄に響く。先日の “びわこリング:ラインの黄金” 第2日目でフロー役を務めたテノールの福井敬とファーフナー役のジョン・ハオの歌唱を再び真近で聴く事ができたことがうれしい。若干の不満とすれば、石橋栄美の “栄光の聖母” が 神聖さに乏しく “歌ってしまっていた” こと、神秘の合唱をもっと微細に開始してもらいたかったくらいだろうか。

 

残念で仕方がないのは、月曜日に広島の自宅を出るときにポケットスコアを鞄に入れてこなかったこと。耳慣れない仕掛け2ヵ所を確認できないまま、月曜日からの会議に向けて東京に新幹線で移動した。(たぶん第1部での)合唱が一瞬沈黙した(ように感じた)ゲネラルパウゼ?そして(たしか第2部だったか)第2コーラスのアルトパートのみが音を引き伸ばした箇所。BSフジの収録は何時オンエアされるのだろう?

 

ホール入り口で “お茶会” が開催されていた。松江で生まれ育った私にとって、奇跡の “一千人” とともに至福の “いっぷく” を味わうことのできた素敵な週末だった。

 
京響_一千人_20170326

京響_お茶会

京響_お茶会2

2017325日 小林研一郎 大阪フィルハーモニー ザ・シンフォニーホール特選コンサートVol.23 

 

ザ・シンフォニーホール

一階K列補助席

 

ラフマニノフ: ピアノ協奏曲第2番 ハ短調

  ――アンコール ラフマニノフ: 前奏曲『鐘』嬰ハ短調 

チャイコフスキー: 交響曲第4

 ――アンコール ダニーボーイ 

 

指揮:  小林 研一郎

ピアノ : 及川 浩治

 

“小林研一郎 炎のタクト!~ラフマニノフとチャイコフスキー~” と題されたコンサート。休日土曜日のマチネで、しかもコバケンが “超”のつくポピュラー曲を振るとあって補助席だけでなく、立ち見まで入った完全完売状態。私の席は1K列の上手側補助席で固定席K39番の左側。通路にボルトで臨時に固定された席で、すわり心地は少々劣るものの、前が中央通路に向かってオープンで足は気兼ねなくの伸ばせるしステージに向かって視界をさえぎるものは一切なく、補助席とはいえ申し分ない席。

 

小林研一郎と及川浩治という熱演派の競演によるラフマニノフ第2コンチェルトでは、全曲で38分ほどかけた比較的ゆっくりめな曲の運びのなかで、鍵盤を叩きつけるようなダイナミズムとロマンティシズムに満ち満ちた及川浩治のピアノ演奏に驚嘆。この曲は演奏会で聴く機会が多いわりに、なぜかあまり心動かされる演奏に出会えないでいたど今日の演奏はいままでで最高のもの。小林研一郎の指揮するオーケストラもすばらしかった。第2楽章始まってすぐ、弦楽合奏に重なってファゴットのピアニッシモの下降音が今日ほど絶妙に浮かび上がって聴こえたことははい。完全に夢みごごちの瞬間だった。

 

小林研一郎は、いつもながら音楽の骨格作りが実に優れている。メロディアスな部分は徹底的に歌わせる一方で、盛り上がりの部分ではオーケストラを解き放ったように鳴らし、聴いている我々は、そのいつもの“コバケン節”の魔力に魅了される。ラフマニノフのコンチェルトにしても、チャイコフスキーのシンフォニーにしても、終盤に向かって一気にギアを上げていき、最後は高揚感に満たされて大喝采を送ってしまう。小林研一郎って、魔術的魅力に満ちた指揮者だ。常々思うけど、大阪フィルの重心が低く重厚なオーケストラの響きは、間違いなく関西のオーケストラでは群を抜いている。おそらく在京のプロオケに比べても、その個性は十分魅力的なものだと思う。井上道義が“大阪はラテンだ”と盛んに発信していたメッセージはやはり違うでしょう。

 

 大阪フィル_20170325_コバケン

2017319日 ≪アマチュア≫府中シティオーケストラ 春まちコンサート2017 

 

府中市文化センター大ホール

 

R・ワーグナー: 歌劇『ローエングリーン』より“エルザの大聖堂への入場”

O・レスピーギ:交響詩『ローマの祭り』

O・レスピーギ:リュートのための古代舞曲とアリア第3組曲

O・レスピーギ:交響詩『ローマの松』

  -アンコールー  J・シュトラウス:ポルカ『雷鳴と電光』

 

          : 槙本 啓志

 

このブログにお立ち寄りいただき、この日記をお読みいただいている皆様の大部分は“府中シティーオーケストラ”は、東京府中市のアマチュア・オケ?とお思いのことと思います。いえいえ、違うんですねえ。広島県東部のわずか人口4万人ほどの府中市にある市民オケです。広島県府中市と“府中シティーオーケストラ”については、昨年228日の春まちコンサート2016の演奏会日記で詳しく書いたので、是非そちらもご一読を。。。右上のタグクラウド ”府中シティーオーケストラ” をクリックください。

 

さて今年の春まちコンサート2017、大成功でしたね。はっきりいって選曲は無謀とも思えるほど、かなりチャレンジング。最後の“ローマの松”はまだしも“ローマの祭り”は、正直なところこの市民オーケストラの実力をかなり超えた選曲だったはず。“リュートのための古代舞曲とアリア”も第1番、第2番ではなく、あえて弦楽のみの第3番を選択したところに事務局と指揮者の意気込みがひしひしと感じられる。実際“ガンバレ”と心の中で声援しながら聴いていました。

 

とにかく全員、喰らいつくかのような熱演で “ローマの祭り” 第2曲などでは、曲の盛り上がりに連れてヴァイオリンのボーイングが全員バラバラになって、同じプルトでも左右でアップとダウンが入り乱れての “お祭り状態” になりながらも最後まで突っ切った。ホルンも音を当てるのがかなり難しいパッセージを吹き通したし、8人のパーカッション、ピアノ、オルガン、マンドリンまでそろえたフル編成の難曲を全員見事に演奏しきった。すごいぞ、すごい。槙本さん、やりましたね。掛け値なしに感動しました。最後はバンダを客席後方ではなく、あえてステージの左右袖において遠慮なく吹き鳴らさせた“アッピア街道の松”でメデタシメデタシの大団円。ブラボー叫びましたよ。(本当はローマの祭りでブラボーと叫びたかったのだけど、自制してしまった。)

 

これからも皆様のご活躍をかげながら応援しております。

府中シティ_harumachi2017


2017
318日 大阪フィルハーモニー第506回定期演奏会 2日目

 

フェスティバルホール

2階 R3

 

尾高尚忠: チェロ協奏曲作品20

  ―― アンコール: バッハ 無伴奏チェロ組曲第3番からブーレ

リヒャルト・シュトラウス:交響曲『英雄の生涯』

 

指揮:尾高 忠明

チェロ: 宮田 大

 

定期会員の第1日目は東京出張と重なり、大阪フィル事務局にお願いして、第2日目に振り替えていただいた。

 

『英雄の生涯』は、ここ最近の大阪フィルの定期での充実ぶりをそのまま継続させた、すばらしい演奏だった。昨年3月の大阪フィル第496回定期2 日目の日記で“尾高忠明は大阪フィルと最も相性の良い国内指揮者の一人ではないだろうか”と記したが、その思いをいっそう強くした演奏だった。(昨年3月はまだ“尾高さん”と“さん”付けしているが、演奏者・指揮者への敬称取りやめについては20161014日の関西フィル第278回定期のブログで記したとおり。)来期からミュージックアドバイザーに、そして翌年度から音楽監督就任は大阪フィルにとって最良の選択だったと信じたい。

 

尾高忠明の指揮は、たとえば大植英次や井上道義が振ったときの火花を散らすような緊張感とは異なり、一見すると職人的な淡々とした指揮ぶりでありながら実は表現は確固としており、引き出される音楽は自然体でありながら強烈なパッションを内面に秘めている。冒頭の英雄のテーマや、鬱陶しく無秩序な批評家を模した木管のパッセージを迷い無く演奏しているのを聴いていると、明らかに大阪フィルのメンバー全員がこの指揮者に高い信頼を寄せていることがはっきりと感じられる。

 

前半のチェロ協奏曲は戦時中の1944年に作曲された佳作。作曲者2度目のウィーン留学から帰国した数年後の作曲でありながら、当時最先端であったウェーベルンなどの無調音楽にはまったく背を向けた古典的クラシック語法の則った作品。指揮者の父親の作品であることが今回の選曲の理由だったのだろう。いずれにしても、特段、歴史に残り聴き続けられるべき作品とは思えない。

 大阪フィル_第506回定期

2017312日 ウルバンスキ指揮 NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団 ミューザ川崎シンフォニーホール

 

ミューザ川崎シンフォニーホール

42列目

 

指揮: クシュトフ・ウルバンスキ

ピアノ: アリス=沙良・オット

 

ベートーベン: 序曲『レオノーレ』第3番 ハ長調

ベートーベン: ピアノ協奏曲第3番 ハ短調

  ―アンコール グリーグ:『ペールギュント』から“山の魔王の宮殿にて”

 

R・ストシュトラウス: 交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』

  ―アンコール ワーグナー:歌劇『ローエングリーン』より第3幕への前奏曲

 

若き天才ウルバンスキと、ミーハーおじさんにはたまらない魅力のアリス=沙良・オット、そしてなかなか行く機会のない“ミューザ川崎”とあって、とにかく楽しみにしていたコンサート。ちなみに2日後に大阪フェスティバルホールでもまったく同じプログラムを演奏するけど、“パイプオルガンの無いホールでツァラトゥストラなの?”との思いが先にたち、その日は大阪にいるものの、こちらはまったく食指が伸びない。ところが、お隣のお風邪を召した御仁のマスク越しの大きな鼻づまりの呼吸音が耳について、まったく音楽に集中できない。巨大編成のR・シュトラウスではオーケストラの音にかき消されて気にならないだろうと思っていたものの、こちらも大部分は大音量に向かうことなく精緻なオーケストレーションで、しかも消え入るようなエンディングの曲のため、前半2曲以上に鼻づまりの呼吸音が気になってしょうがない。お隣の方には大変失礼なから、新幹線“551豚まんテロ”(新大阪を起点に年間100日近く利用していると、本当によく遭遇する)並みのご迷惑様だった。

 

ところで1982年生まれのウルバンスキは関東では東京交響楽団の首席客演指揮者としてすでに名の知れた存在のはずだけど、日ごろ(といってもウィークデイだけだけど)大阪にいる私にとっても隔年で大阪フィル定期の指揮台に立ち、その度に驚嘆させられた忘れられない存在。ここ数年で名だたる欧州のメジャーオーケストラへのデビューを果たし、昨年NDRエルプフィル(旧名:ハンブルグ北ドイツ放送響)の首席客演指揮者にもなった以上、もうおそらく大阪フィルには迎えることのできない存在になったのではないか。

 

まだ30歳だったこの天才指揮者が大阪フィル201312月定期で振った“春の祭典”が忘れられない。エレガントなまでに一切無駄のない指揮姿とみごとなオーケストラコントロール、そしてそのタクトによって、決して機能的とはいえない大阪フィルから力みの無い整然とした演奏をひきだした。(当時は2日間定期の開催日が木・金だったので可能な限り両日聴いていた)。その前年の2月定期での大植英次の策士ぶり全開のタクト(たしか定期1日目は危うく演奏が崩壊しそうになった記憶がある)とのあまりの対照的な音楽作りとともに(誤解なく。大植英次も大好きな指揮者です。)、若くして世に羽ばたくタレントはかようなものか、と痛烈に思った記憶がある。

 

めったに買わないコンサートプログラムを購入して、サインをいただく。大阪フィルではもうウルバンスキを聴けないだろう、などと前述しながら実はアリス=沙良・オットのサインがほしかった。

 
NDRエルプ_20170312

ウルバンスキ_20170312

アリス=沙良・オット_20170312

2017311日 新日本フィルハーモニー交響楽団 上岡敏之指揮 マーラー交響曲第6

すみだトリフォニーホール

2階最後列

 

マーラー:交響曲第6

  ――アンコール  マーラー: 交響曲第5番 第4楽章『アダージェット』
 

指揮     :上岡 敏之
 

すみだトリフォニーホール開館20周年記念

すみだ平和祈念コンサート2017《すみだ X ベルリン》
 

6年前の大震災の日、ハーディング指揮新日本フィルによるマーラー第5番が、わずか105名の観客に向けて演奏されたことを、後の記事等で知っている。たまたま東京出張に合わせて、そのハーディングの Music Partner of NJP としての最終公演となった昨年7月のマーラー“一千人の交響曲”をサントリーホールで聴くことができた。そして今日、またもや週末東京出張にあわせて、現音楽監督である上岡敏之による“すみだ平和祈念コンサート2017マーラー交響曲第6を聴く機会が得られた。
 

残念なことに都内中央区で仕事のケリがついたときはすでに開演時刻6時を30分近く経過してしまい、急ぎ総武線快速に飛び乗って錦糸町のホールにたどりついた時は、なんと開演時刻から50分も経っていた。入場口で “終楽章だけでも聴かせてもらえないでしょうか”とお願いしたら、ありがたいことに第3楽章(スケルツォ)の終わり際、大きく盛り上がったところでそっと2階席最終列に座らせてくれた。おかげさまで第4楽章をしっかりと聴くことができた(もし5分後の快速に乗っていたら、もし "スケルツォ" "アンダンテ" の順で演奏されていたら、終楽章すらも聴くことができなかった)。演奏のあと上岡敏之はいつもの通り各パートを起立させて拍手で称えたあと、曲名をアナウンスすることなく大震災当日にハーディング指揮で演奏された交響曲第5番の“アダージェット”を演奏した。新日本フィルハーモニーとトリフォニーホールにとって、最もふさわしいアンコール曲だったに違いない。
 

演奏についての印象等は記さないでおきたい。そもそも6番は終楽章しか聴いていないのだし、アンコール曲は特別な鎮魂曲だったのだから。

新日本フィル_20170311

201739日 読売日本交響楽団 第16回大阪定期演奏会 

 

フェスティバルホール

2階 1列目 定期会員席

 

モーツアルト: ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調K216

   ―― アンコール イザイ: 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第2番 4楽章

ブルックナー: 交響曲第7番 (ハース版)

 

 指 揮          下野竜也

ヴァイオリン       : アレクサントラ・スム

 

下野竜也の深い深呼吸といつもの通りの大きなタクトで開始されたブルックナーはとにかくゆっくりで、冒頭第1主題はチェリビダッケ・ミュンヘンフィルのサントリーライブを思い出させるほど。最近はiPadでブロムシュテット・ドレスデン国立歌劇場管の演奏を繰り返し聴いていることもあり “この先どうなるか” と覚悟を決めて聴き始めたものの、第2主題に入ってからは幾分速さを増していった。その後も実に自然な呼吸で息の長いフレーズをうたわせ、オケを鳴らし、最後までまったく音楽を弛緩させることのない見事な音楽作りだった。手元の時計で演奏開始756分、終演910分だったので全曲で74分ほど。

 

ただし今夜の読響は、これまで年3回の大阪定期演奏会の度に感嘆させられてきた“日本トップクラスのプロオケ”としてはベストとは言いがたい演奏ではなかったか。弦はいつもながら立派なアンサンブルだけど、全体ではどうにも各セクションが有機体としてまとまっておらず、聴いていてもブルックナーの世界に引き込まれていかない。第1、第2楽章でのフルートソロは弦と溶け合うことなく浮いた感じだし、4本のワーグナーチューバは細部まで神経が行き届いておらずアンサンブルが雑だった。

 

例年、東京での公演の後、そのまま大阪に移動して大阪定期として臨んでいたはずだけど、今回は今日(9日)このフェスティバルホールでの大阪定期のあと、明日(10日)鳥取市、明後日(11日)福岡市と地方巡業扱いとなっていることもあり、少々気を抜いた興業だったのだろうか?それにしても、シンバルとトライアングル担当の奏者2名は、第2楽章のひと敲きだけのために大阪、鳥取、福岡のツアーに参加している(それとも鳥取、福岡では彼らパーカッションが参加するアンコール曲が演奏されるのだろうか)。オーケストラは、経済原則では成り立たない存在であることの象徴だ。

 

大阪フィル退団後、初めて大阪定期でコンマス席に長原幸太が座った。出世して地元に里帰りしてきたようで大阪フィルの一ファンとして、ちょっとうれしい。

読響_大阪定期_20170308

201735日 琵琶湖ホール プロデュースオペラ ワーグナー『ラインの黄金』第2日目 

 

滋賀県立芸術劇場 琵琶湖ホール

1階 1H 18

 

指 揮           :沼尻 竜典

演 出           ミヒャエル・ハンペ

 

ヴェータン      :青山 貴

フリッカ        :谷口 睦美

ローゲ          :清水 徹太郎

アルベリヒ      :志村 文彦

ミーメ          :高橋 淳

エルダ          :池田 香織

ドンナー        :黒田 博

フロー          :福井 敬

ファゾルト      :片桐 直樹

ファーフナー    :ジョン・ハオ

ヴォークリンデ  :小川 里美

ヴェルグンデ    :森 季子

フロスヒルデ    :中島 郁子

 

オーケストラ、歌、演技、プロジェクションマッピングとのシンクロなど、あらゆる点で昨日よりずっと出来がよい。初日に比べ劣っていたのは、ほんの些細なことだけどエルダ登場のシーン・・舞台の景色が宇宙空間(?)に一瞬にして変わる最もイマジネーションにとんだ演出箇所・・・で、今日は地面が数秒早く開き始めたことくらい。

 

京響の演奏は実にすばらしく、ラインの乙女が登場するまでの序奏で早くも涙が出てしまった。安全運転に終始した昨日と打って変わって、完全に吹っ切れたように開始早々から最後まで“楽劇”を聴かせてくれた。ハープ3台、ティンパニ2セットなど、ところ狭しと配置された狭いピットにどうにか納まった12型弦は高弦からベースまでよく鳴っていたし、昨日は遠慮がちだった金管もかなり音量をあげて吹き鳴らしていた。たとえば第4場でアルベリヒが指輪を突き刺すのに合わせて小人役が悲鳴をあげてニーベルハイムに逃げ去るシーンで、初日は子供たちの悲鳴が耳に大きく届いたのに、今日は金管の強奏が悲鳴をかき消すほど。やはり“楽劇”はこうでなくちゃ。

1日目は女性歌手に力負けした感の男性は、今日は声量でも演技でもまったく互角。なにより全員のレベルが一定だったことは、登場人物が多いこの楽劇にとってはかなり重要な要素。昨日は棒立ち気味だったフローも今日はしっかり演技していたし、アルベリヒも音程は少々目を瞑ってでも役になりきった歌唱と演技だった今日のほうがずっと良い。

 

演出は限られた予算で最大の効果を得ることに成功していたと思う。前述したとおりエルダ登場の場で、音楽の変化に合わせて舞台最前面の透明スクリーンに宇宙空間(?)が映る幻想的なシーンはとてもとても素敵だった。エルダがヴェータンを諭す重要な場面なのだから、あらかじめフローは他の歌手と同じように舞台奥に立たせて置いて、背景に姿を沈ませればなお良かったのに。

 

ほとんど台本に沿った分かりやすい演出だった。ただ、エルダが去ったあと剣が地面に突き刺さっている、という演出は何を意味しているのだろう?エルダが剣をヴェータンに授けたのだろうか?(実は初日の演奏を聴いたときから、今にいたるまでずっとその演出意図を考えている。私も一端のワグネリアンのようだ)。これから“びわ湖リング”を見続けていくと演出の中に解が示されるのだろうか?いまからもう来年3月のワルキューレが楽しみでたまらない。

 
琵琶湖ホール_ラインの黄金

201734日 びわ湖ホール プロデュースオペラ ワーグナー『ラインの黄金』第1日目 

 

滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール

1階 1H 18

 

指 揮           :沼尻 竜典

演 出           ミヒャエル・ハンペ

 

ヴェータン      :ロッド・ギルフリー

フリッカ        :小山 由美

ローゲ          :西村 悟

アルベリヒ      :カルステン・メーヴェス

ミーメ          :与儀 功

エルダ          :竹本 節子

ドンナー        :ヴィタリ・ユシュマノフ

フロー          :村上 敏明

ファゾルト      :デニス・ビシュニャ

ファーフナー    :斉木 健詞

ヴォークリンデ  :小川 里美

ヴェルグンデ    :小野 和歌子

フロスヒルデ    :梅津 貴子

 

明日も同じ席(H 18番)で鑑賞するので、演奏や演出の感想等は明日の日記でまとめて・・・と記しながらも、オケについて一言だけ。ピットに入った京響はかなり控えめな安全運転でいささか物足りなかった。第3場から最終場になってある程度までギアを上げてきたけど、それでもまだまだ京響本来のパワーではない。明日にはどの程度までギアアップしてくるだろうか?

 

終演後、日本ワーグナー協会の懇親会に参加して楽しい時間を過ごすことができた。ベルリン・ドイツ・オペラによるトンネル・リングの公演会場で入会申し込みして以来、すでに30年も経過したことになる。たしか入会当初900番前後だった会員番号もだんだんと繰り上がり今は300番ほどにまでなったけど、つまりは協会発足当初からのワグネリアンが私の前に300人以上もいらっしゃるということ。今日の懇親会にも40人ほどが参加され、その多くが東京からいらっしゃったはず。皆さんのお話を聞くにつけ、つくづく思う。『やっぱ筋金入りの“ワグネリアン”はすごいわ』

琵琶湖ホール_ラインの黄金

201733日 日本センチュリー交響楽団 第34回いずみ定期 

 

いずみホール

1階 定期会員席

 

ハイドン: 交響曲第16番 変ロ長調

モーツアルト:ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調

   ――アンコール 

J.S.バッハ:無伴奏パルティータ第2BWV1003からサラバンド

 

ハイドン: 交響曲第37番 ハ長調

ハイドン: 交響曲第100番 ト長調『軍隊』

 

 指 揮          : 飯森規親

ヴァイオリン    漆原朝子

 

交響曲第100番は一昨日のリハーサルで聴いたときよりも、各パートがさらに生き生きとしおりニュアンスに富んでいて驚いた。勿論、オーケストラハウスの練習会場(先日、日本オーケストラ連盟主催のシンポジウム聴講で訪れた大阪フィルの練習会場よりは小ぶりにせよ、高い天井高と反響を考慮した壁面デザインが施された立派なものだった)との違いがあるにせよ、明らかに演奏のクオリティーが高まっている。飯森規親が求めていた各所の指示を思い出しながら聴いていた。そういえばリハーサル時に打楽器奏者の一人が終楽章コーダで音量をオケ全体にあわせて一度落とすべきか?と尋ねていたけど(ちなみにそのときの指揮者の指示は“そのまま音量を落とさずにいてください”だった。)本番を見て納得。オスマントルコのメルテルで使われる“鈴のついた杖”奏者だったんだ。

 

37番もすばらしかった。曲自体の魅力もあるけど、とにかく明るく精度抜群の弦と緻密な音量バランスと柔らかな音色の管の響きがすばらしい。個人的には演奏された4曲でも会心だった。なお漆原朝子のヴァイオリンソロは、音色も演奏自体も私の嗜好するタイプではなかった。

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201731日 日本センチュリー交響楽団 リハーサル見学会 

 

大阪府豊中市センチュリー・オーケストラハウス

 

この4月からシンフォニー定期会員にもなったことで、会員特典により二日後のいずみ定期のリハーサルを1時間見学させていただいた。見学会参加者の大多数(といっても40名ほど)は白髪のリタイアメント・エイジの方々で、平日水曜日の午後1時からなので当たり前といえば当たり前。東京出張から朝一番の新幹線で大阪に移動し、午後から休暇を取ってまでして参加する“クラオタ”は私くらいなものか。

 

2431楽章の順で行うと説明された後、事務局の“ではマエストロどうぞ”との声で始まったハイドン第100番交響曲は最初の24楽章だけで50分以上かけた念入りなもので、素人でもその都度に変化していく様が本当に面白い。2時の休憩までの残り10分ほどで第3楽章をさっと仕上げたところで見学会終了。よくあるゲネプロ見学ではなく演奏会2日前の真剣勝負を、わずか数メートルの距離で見学できるなんて実に貴重な経験をさせていただいた。しかも私なんて4月新シーズンからの会員なのに。我々見学者を気持ちよく迎えてくださった関係者の方々、そして見学終了後に  “第1楽章を聴いてもらえなくてごめんなさい。” とわざわざ後ろを振り向き、声をかけてくれたマエストロ飯森氏に感謝。当日の演奏を楽しみにしております。

 

緑地公園から御堂筋線で難波に移動し、カフェでしばらく“ノマド”をしたあと、なんばパークスシネマで6時半からのメット・ライブ・ビューイングでグノーの“ロメオとジュリエット”を観賞した。

メット_グノー_ロメオ


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