2019516日 日本センチュリー交響楽団 第235回定期

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階定期会員席

 

指揮          :高関 健

ヴァイオリン    :竹添 恭子

 

藤倉 大               :シークレット・フォレスト

バーバー               :ヴァイオリン協奏曲

  ― アンコール J.S.バッハ : 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番 

                                  ガボット

ドヴォルジャーク       :交響曲第6番 ニ長調

 

この一月ほどは、いつにも増しての〝東へ西へ”状態で、毎朝目覚める度に〝え~っと、俺は今どこにいるんだっけ?”とベッドのなかで天井を見つめながら居所確認をするのが日課のようになっている。特にこの1週間は東奔西走だったので、ワークライフバランスのためにもこの日の演奏会を心待ちにしていた。精神バランスを維持するには音楽の生演奏を聴くのが一番。ああっ、それなのに…。

 

〝ゲンダイオンガク”なるジャンルは基本的に馴染めない。それでも先月の大阪フィル定期で聴いた藤倉大の作品が予想に反して面白かったし、題名からヒーリング音楽的なイメージを勝手に抱いていた。ところが開始早々から耳に聞こえてきたのは生理的にまったく受け付けない不快極まりない音の塊り。日本センチュリーの奏者には、誠に申し訳のないことだけど、私には20分もの時間は精神的苦痛でしかなかった。許されることなら無礼を承知で席を立って逃げ出したかった。さすがにファゴットソロの傍から、席を立って外に出るわけにはいかない。やはり、どうにも現代音楽は生理的に受けつけない。(〝音楽”とは呼びたくない)

 

精神的なリハビリテーションの時間を持つことなく聴いた次のヴァイオリン・コンチェルトも、心理的に両耳に蓋を被せたままだったのでなんの印象もなし。こちらもまたソリストとオーケストラ奏者に申し訳の無い限り。兎に角、ひたすら途中休憩を待ちわびていた。後半のドヴォルジャークのシンフォニーについても、感想はパス。1曲目の精神的ストレスはかなりのもので休憩時間20分は足りなかったみたい。今思うと、意を決して〝聞かない選択”をしてホールを出ればよかったかもしれない。

 

 
日本センチュリー‗定期‗パネル‗20190516


日本センチュリー‗定期‗20190516