2018
97日 J.S.バッハ ミサ曲ロ短調 トン・コープマン アムステルダム・バロック管弦楽団&合唱団

 

ザ・シンフォニーホール

1D25番 

Sanctusからは1N列中央(知人と席交換)

 

J.S.バッハ    フーガト短調 BWV578《小フーガ》

              ミサ曲 ロ短調 BWV232

 

指揮、オルガン              : トン・コープマン

ソプラノ             : マルタ・ボス

カウンターテナー     : マルテン・エンゲルチェズ

テノール             : ティルマン・リヒディ

バス                 : クラウス・メルメンス

 

アムステルダム・バロック管弦楽団

アムステルダム・バロック合唱団

 

いま、自宅でこの日のコンサートの余韻を末永く残すために、そして作品理解の復習のために、丁度3年前の夏にNHK Eテレで放送された鈴木雅明・BCJのロ短調ミサ曲の録画を再生視聴中です。放送内のインタビューでの鈴木雅明による“この作品を演奏する価値について”のコメントは次の通り。

 

『勿論、この曲(ミサ曲ロ短調)はキリスト教のために書かれた音楽ではあるけれど、しかしバッハは、それを私たち現代という社会において、宗教だとか文化だとか政治だとか、そういったものを超えたところにある普遍的価値を直感して作曲した』

 

例年にもまして水害、台風、地震といった自然災害に見舞われている今年だからこそ、ロ短調ミサ曲を聴くことで感じるものがある。(今朝も降り続く雨で自宅近くの河川が氾濫しそうだ、との警戒警報が発令された)。週末の出張先で東京勤務の社員に“今、日本で東京が一番安全かも”と思わず言ってしまったけど、どうか日本全体が安息に、と願う次第です。

 

ザ・シンフォニーホールの豊かな響きに満たされた中で聴くアムステルダム・バロック管弦楽団&合唱団の演奏は、クラシック音楽を聴く上での至高の時間と表現しても過言ではない。今、“ながら”視聴中の鈴木雅明・BCJ(演奏会場はサントリーホール)での、例えばHosanna(ホザンナ)で聴かれるバロック・ティンパニの打ち込みや、バロックトランペットの鋭角的な音といったものは、この日の演奏では全体を通じてかなり抑制されていたように思う。オーケストラ、独唱と合唱が最高次元で融和した、心に深く染み渡る最高のロ短調ミサ曲だった。

 

ホール常設のパイプオルガンでトン・コープマンによるフーガト短調《小フーガ》の演奏の後、オーケストラそして合唱団の入場のあとSymbolum Nicenumニケーア信条)までが連続して演奏された。コンサート開始から1時間半ほどをすでに経過したところで15分の休憩あり。てっきり最後まで休憩なしで進むものと思って聴いていたので、私も含め、恐らく京阪神在住のコアなクラシック愛好家で埋まったホール全体が、“おっと、ここで小休止なんだ”と思ったに違いない。休憩のあとのSanctus(サンクトゥス)からは、合唱団が終曲の8声二重合唱に対応して配置換えを行い、そして出番のないソプラノとバリトンは舞台に上がってこず。

 

終演は920分。ところで小フーガの演奏、演奏会としてはなんか、とってつけた様にも思える。勿論聴けてうれしいけど。


トン・コープマン_ミサ曲ロ短調_20180907