201895日 読売日本交響楽団 第21回大阪定期演奏会 

 

フェスティバルホール

2階 1列目 定期会員席

 

ベルリオーズ: 序曲『ローマの謝肉祭』

チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲 二長調

ドビュッシー: 交響詩『海』

ラベル: ボレロ 【未聴】

 

 指 揮        ジョセフ・バスティアン

ヴァイオリン  : 神尾 真由子

 

先日の台風21号で被害にあわれた皆様に心からお見舞い申し上げます。私は幸いなことに、恐らく“大阪市内で最も自然災害の影響を受けない”公共交通機関、四つ橋線利用なので通勤に支障がなく、台風通過の際もただ一人オフィスで勤務していました。先日の地震のときと同様、帰宅難民など無縁でしたが、オフィスのあるビルの最上階は猛烈な風を受けて揺れに揺れ続けて、30分余り船酔状態でした。

 

それでも思わぬところに台風の余波が・・・!本社幹部を6日早朝(この演奏会の翌朝)に関空でピックアップの予定だったのが、空港閉鎖の緊急対応で成田行きに変更となったおかげで、翌朝7時半までに成田空港に行かなければならなくなってしまった。さすがにフェスティバルホール終演からでは、どう手段を講じても翌朝7時半までに成田空港に到着することは不可能。幸いなるかな、プログラムの後半演目が“海”と“ボレロ”なので、“海”を聴いた後に席を立って、どうにか東京行き最終のぞみ(923分発)に飛び乗った。もしプログラムが前回定期の“復活”のような一曲ものだったら、アウトだったあ~!。

 

さて、この日の演奏についてどのような感興を得たか、をブログに残すに先立って、記しておかなければならないことが

 

私は絶対音感を持っていません。また“このブログを始めるに当たって”に記したとおり音楽の専門教育を受けてもいません。ということで、以下に書くことについては、素人の一音楽ファンのブログ記事としてご容赦(最も、このブログの記事すべて、ですけど)のほどを….

 

と、長い前置きをしてしまったけど、実は前半のヴァイオリン・コンチェルトは、とても“不快”だった。ソロ・バイオリンの音程が余りにハズレすぎている(と私には感じた)。ピンボケ写真を凝視しつづけたような、もしくは眼鏡を外して裸眼(近視、老眼、加えて加齢による軽度の斜視)で街を彷徨っているような不快な感覚に襲われてしまった。長い第1楽章の途中、席を立ってホール外に出ようか、と半分真剣に思ったくらい。前述の台風通過時の船酔気分のほうが、ビル1階という逃げ場があるのでマシだったかも。これでは、さすがに盛んな拍手を受けてステージに呼び出されてもアンコールは“無し”でしょう。ただし第1楽章の後、拍手が起こったくらいだし、終演後は盛んにブラボーが飛んでいたので、あくまでも私個人が“そう感じた”ということ。

 

なお、オープニング曲ベルリオーズも後半のドビュッシーも、読響の各パートの実力通りの演奏。特に“海”での色彩とニュアンスに富んだ各楽器のソロ、精緻なアンサンブル、そして特に終楽章終結部での深すぎず、厚くなりすぎない深い呼吸のブラスが加わってからの、終曲までの音楽のなんと素晴らしいこと。数年前に同じフェスティバルホール(ただし席は異なるけど)で聴いた大阪フィルの演奏とは数段の違い。ラベルの“ボレロ”を聴かずに、後ろ髪を惹かれるように、ホールを後にした。

 
読響_大阪定期_20180905