2018614日 日本センチュリー交響楽団 第226定期

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階定期会員席

 

指揮          飯森 規親

 

ワーグナー:    舞台神聖祝典劇『パルジファル』より“聖金曜日の音楽”

ブルックナー:  交響曲第7番 ハース版

 

弦はオリジナルメンバーによる12+10+8+8+6Vn対抗配置で、金管楽器の後ろにコントラバスを一列にならべた布陣。ホルン4本を木管群の左(舞台下手)に、そしてワーグナーチューバー4本を右(舞台上手)にと、ちっと見慣れない配置。7番は、8番、9番と異なりワーグナーチューバーが5-8番奏者の持ち替え指定ではないので、なるほどこの手もあったのかと思う。第2楽章での葬送の部分など大変効果的だし、終楽章でのフルサウンドでの音のまとまり具合など、センターに据えたベースの音響的な下支えも含めてすばらしいものだった。

 

もっとも演奏自体は、というと“う~ん…”ってとこかな。今年1月定期の第4番での10型からもう1プルト増やして12型にしていても、この編成でのブルックナー後期作品は無理がある。強奏部と弱奏部が交互に出てくる第4楽章や、のどかな中間部とスケルツッオが対比する第3楽章は、まだどうにかなる。(それでも1月定期と同様、小さなゴム風船を破裂寸前まで膨らませているような、限度いっぱいな印象は同じ)。でも、2つの主題を展開させながら頂点を目指して音楽を積み上げていく第2楽章では、せいぜい67合目あたりまでしか登りきらない不完全燃焼さがどうしても拭えない。

 

この楽章の魅力は、ひたすら高みに向かって上り詰めていく、陶酔的で息詰まるようなオーケストレーション、頂点 (個人的には、やはりシンバルのひと鳴りが欲しい) を迎えた後に鳴り響く厳粛な葬送(ワーグナーチューバ)と胸が張り裂けんばかりの叫び(ホルン)、そして長調による浄化されたエンディングと続く、長い旅路のようなものであり、この曲を聴くことは、そこにわが身をどっぷりと浸すこと。残念ながらこの日の演奏では、一切の陶酔もなしに醒めたまま音楽を聴いている自分がいた。

 

演奏の終了後、フライングとまでは言わないけど、まだ指揮者が胸の位置に手を置いているにもかかわらず早々に拍手が起こってしまった。その後の拍手も、決して“熱狂”とはいえないものだった。私と同じような戸惑いを感じた方が少なからずいらっしゃったのだろうか。

 

日本センチュリ_第225回定期_20180531