201861日 東京フィルハーモニー 第118回東京オペラシティー定期演奏会  

 

東京オペラシティーコンサートホール

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ボロディン: 歌劇『イーゴリ公』より韃靼人の踊り“

ショスタコーヴィチ: ヴァイオリン協奏曲第1

ショスタコーヴィチ: 交響曲第5番 

 

 指 揮                  アンドレ・バッティストーニ

ヴァイオリン                     : パヴェル・ベルマン

 

10代のころ、取り憑かれたように聴いたムラビンスキーのモノラル録音(LP時代に一体、何種類の音源を持っていたのだろうか)で聴くロシア重戦車を思わせる“超”スローテンポ。そして、しばらく後にリリースされたバーンスタインの1979年東京ライブ盤の、ムラビンスキーとは真逆のアプローチ。ショスタコーヴィッチの第5交響曲において、両者を演奏解釈の二通りのありようとしてベンチマークとして刷り込みしてしまい、その後に聴く演奏がどちらに振れたものであるか、といった聴き方をしてしまう。

 

ところがこの日の演奏はそのコーダにおいて、どう捉えようか困ってしまうような解釈を見せたことに戸惑ってしまった。スローテンポでコーダを開始した後、ホルンがソリで吹き鳴らすところ(299小節)で突然ギアを数段上げたかのようなスピードアップ。その後、フォルテシシモの箇所に向かって徐々にテンポを落としたかと思うと、再びテンポを速め、340小節あたりでまた一気にギヤダウンして、最後はムラビンスキーばりの超スローテンポで曲を締めくくった。

 

うーん、どうだろう。リスクを恐れず小さくまとまらないことこそ若者の特権であり、バッティストーニはまさにそれを体現して成功を掴みつつある若手指揮者と思う。思いっきりオーケストラをドライブさせた“韃靼人の踊り”も、ヴァイオリン協奏曲でのオーケストラの扱いも立派なものだった。それでも最後の最後での“コネクリまわした”感が残念でならない。

 

ちなみに、このブログを書くにあたり、自宅書棚にあった“ショスタコーヴィチの証言”(ソロモン・ヴォルコフ著・水野忠夫訳)を引っ張りだして再読してみた。昭和5510月発行の初版本なので、ちょうど私が二十歳のときに買ったようだ。あまりにも有名な真贋論争により、後に大変なインパクトをもたらした本だけど、実際のところ全400頁にも及ぶこの本のなかで、第5交響曲についての記述は『ムラビンスキーが私の音楽をまるで理解していないと知って愕然とした』の一節から始まる有名なくだり(本の265頁)で出てくる程度。時折、この交響曲の解説で“ショスタコーヴィチの証言”以降….などと、作品解釈の分岐点として扱われるのはどうにも違和感がある。

 

おっと、ホールのことを書くの忘れてた。東京オペラシティーコンサートホール“タケミツ メモリアル”。私のなかで、東京でベストなホールです。シューボックスの上にピラミッドのような高い天井による独特な空間が作り出す豊かな音響はもちろんのこと、初台駅から会場までのアプローチ、ホワイエの雰囲気まで含めた、総合評価では東京で随一でしょう。

 

東京フィル_東京オペラシティー_20180601

東京フィル_東京オペラシティー_証言_20180601