あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日記

20191218日 関西弦楽4重奏団&豊崎泰嗣 ブラームス弦楽5重奏曲 全曲演奏会

 

日本センチュリー定期(129日)と読響大阪定期(1224日)は、やんごとなき事情でパス。特に読響は唯一の第九、かつ2019年締めくくりの演奏会とする予定だっただけにとても残念。新年を迎えて、やっとで12月に聴いた演奏会4つを備忘メモとしてアップ。

 

125_ヴェルディ『椿姫』(新国オペラパレス)

126_井上道義・読響のマーラー3番(東京芸術劇場)

127_ウィグルワース・東響の川崎73回定期(ミューザ川崎)

1218_関西弦楽4重奏(ザ・フェニックスホール)

 

 

ザ・フェニックスホール

1階C3

 

関西弦楽4重奏団

豊崎泰嗣 〈ヴィオラ〉

 

ハイドン        :弦楽4重奏曲 ニ短調『五度』

ブラームス      :弦楽5重奏曲 第1番 へ長調

ブラームス      :弦楽5重奏曲 第2番 ト長調

 

豊崎泰嗣をヴィオラ奏者として迎えての弦楽5重奏。全曲演奏といっても2作品のみなので、尺合わせでハイドンの短調作品を前プロに加えた演奏会。ハイドンがなぜか艶やかさを欠いていたように感じられたのは、次に演奏されるブラームスと何らかの関係があったのだろうか。そのブラームス、最初の第1番は第1楽章で各パートが少し溶け合わないように感じたものの、その後は安定した盤石の演奏。やはり、晩秋に聴くブラームスは良いものだ。

 
20191218_ブラームスSQ

2019127日 東京交響楽団 第73回川崎定期演奏会 ミューザ川崎シンフォニーホール

 

日本センチュリー定期(129日)と読響大阪定期(1224日)は、やんごとなき事情でパス。特に読響は唯一の第九、かつ2019年締めくくりの演奏会とする予定だっただけにとても残念。新年を迎えて、やっとで12月に聴いた演奏会4つを備忘メモとしてアップ。

 

125_ヴェルディ『椿姫』(新国オペラパレス)

126_井上道義・読響のマーラー3番(東京芸術劇場)

127_ウィグルワース・東響の川崎73回定期(ミューザ川崎)

1218_関西弦楽4重奏(ザ・フェニックスホール)

 

 

ミューザ川崎シンフォニーホール

2階2CA546

 

マーク・ウィグルスワース

マーティン・ジェームズ・バートレット

 

モーツァルト    : ピアノ協奏曲大24番 ハ短調 K491

 ―― アンコール J.S.バッハ : 無伴奏パルティータ第2番よりカプリッチョ

マーラー        :交響曲第1番『巨人』

 

この日の目的はミューザ川崎の音を楽しむこと。もったいないことにモーツァルトのコンチェルトは連日のハードワークで早々に寝落してしまい、全く記憶がない。後プロの巨人についてもEvernoteには、たいしたことをメモっていない。第1楽章、溶け合わずにいたオーケストラも2楽章からまとまってきたこと、3楽章冒頭をコントラバスのソロでなく8本のユニゾンで弾かせたこと、ホルン8本で終楽章は指定通りコーダで立ち上がったこと(トロンボーン無し)くらいかな。

 

マリス・ヤンソンスの訃報を受けての追悼のボード
20191208_東響_ミューザ川崎_1

20191208_東響_ミューザ川崎


2019126日 井上道義指揮 読売日本交響楽団 マーラー3番 東京芸術劇場

 

日本センチュリー定期(129日)と読響大阪定期(1224日)は、やんごとなき事情でパス。特に読響は唯一の第九、かつ2019年締めくくりの演奏会とする予定だっただけにとても残念。新年を迎えて、やっとで12月に聴いた演奏会4つを備忘メモとしてアップ。

 

125_ヴェルディ『椿姫』(新国オペラパレス)

126_井上道義・読響のマーラー3番(東京芸術劇場)

127_ウィグルワース・東響の川崎73回定期(ミューザ川崎)

1218_関西弦楽4重奏(ザ・フェニックスホール)

 

 

東京芸術劇場コンサートホール

2D12

 

マーラー        :交響曲第3

 

指揮            :井上道義

アルト          :池田香織

合唱            :首都圏音楽大学合同コーラス

児童合唱        TOKYO FM少年合唱団

 

井上道義は2014年から3年間の大阪フィル首席指揮者を務めていた当時、大阪はラテンだとした頓珍漢な定期ラインナップは首を大きく傾げたものの、鮮烈を極めたベートーベンの解釈は共感できるものだったし、一連のショスタコーヴィチは大阪フィルとの最も成功した演奏として強く記憶している。彼は確かに異才の指揮者。でも、このマーラー3番演奏はまったくいただけない。

 

演奏は突っ込みどころ満載。特に過剰にして無用な演出が演奏自体を台無しにしてしまったのは残念。演奏会後に食事を共にさせていただいた“じゃく様”がブログに詳細なレポートをなされているので、ここでは二つだけ。

 

3楽章の終盤で児童合唱団と独唱者を駆け足で入場させるなんて、最悪を超えて極悪の一言。日ごろエクセサイズを欠かさないアスリートじゃあるまいし、池田香織をあんな形でステージに上がらせたら、息を落ち着かせるのが精一杯で、歌の準備などできたもんじゃない。楽章タイトル“夜が私に語ること”だからかステージの照明を落とすなんてなんて小賢しい。理想的な演奏であればアルト・ソロが歌い始めると同時にホール内の空気が一瞬にして凛とした空気に変わる、そんな瞬間が得られるはず。

 

そしてもう一つ、演奏終了即座に指揮台上でターンして客席に向かって両手を広げて“どうだ”とばかりのクルリン・パッをしてしまうこと。さすがに胸に手をあてての半回転に留めていたものの、毎度の興ざめ。そういえば、N響定期を振った時も自制していたけど、大阪ではやりたい放題。さすがに東京では自制が働くみたい。

 


20191206_マーラー3番_読響


 

2019125日 新国立劇場 ヴェルディ『椿姫』

 

新国立劇場オペラパレス

1319

 

日本センチュリー定期(129日)と読響大阪定期(1224日)は、やんごとなき事情でパス。特に読響は唯一の第九、かつ2019年締めくくりの演奏会とする予定だっただけにとても残念。新年を迎えて、やっとで12月に聴いた演奏会4つを備忘メモとしてアップ。

 

125_ヴェルディ『椿姫』(新国オペラパレス)

126_井上道義・読響のマーラー3番(東京芸術劇場)

127_ウィグルワース・東響の川崎73回定期(ミューザ川崎)

1218_関西弦楽4重奏(ザ・フェニックスホール)

 

 

指揮:                イヴァン・レプシッチ

演出:                ヴァンサン・ブサール

オーケストラ:        東京フィルハーモニー交響楽団

 

ヴィオレッタ    :ミルト・パパタナシュ

アルフレード    :ドミニク・チェネス

ジェルモン      :須藤 慎吾

フローラ        :小林 由佳

 

席は平土間3列の中央少し下手より。開始早々の夜会の場面を見ながら、オペラパレスのほぼ同じ席位置で鑑賞した2年ほど前の“こうもり”の時のことを思い出した。舞台間近の席は目線が舞台と同じなため、奥行きが全く感じられず演出を楽しむには不向き。しかも字幕に目をやることは諦めないといけないなど、いささかストレスを感じながらのオペラ鑑賞となる。それでも最終場でのミルト・パパタナシュのヴィオレッタの死の場面では、臨場感抜群。ピアノからよく落ちないものだ、と結構ハラハラしながらも熱唱に聞き惚れた。やはりヴィオレッタ役は美人に限る。

 

ただ、やはりヴェルディには心が震えないなあ。

20191205_椿姫_新国


20191205_椿姫_新国_2

20191205_椿姫_新国_1

20191129日 関西フィルハーモニー管弦楽団 第306回定期演奏会

 

大阪ザ・シンフォニーホール

3LLE6

 

指揮            :オーギュスタン・デュメイ

ピアノ          :上田 晴子

 

R・シュトラウス         : ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 作品18

R・シュトラウス         : メタモルフォーゼン ~23の独奏楽器のための~

メンデルスゾーン       : 交響曲第3番 イ短調『スコットランド』

 

 

一曲目、R・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタは、1週間前にザ・フェニックスホールで聴いたオータム・スペシャルコンサートと同じく上田晴子によるピアノ演奏。やはり、デュメイのヴァイオリニストとしての凄さはシンフォニーホールのような大きな空間では半分も伝わらない。先週のザ・フェニックスホールの演奏を聴いていて本当に良かった。

 

指揮者としてのデュメイについて、これまで関西フィルを指揮したベートーヴェン、シューベルトといった古典作品では、どれも〝これを聴かせたい・・・”といった思いが感じられない、わざわざディメイでなくても、と思わせる退屈なものだった。それが、この日の〝スコットランド”は、ロマンティシズムを徹底して追及するアプローチが明確だったし、なにより音楽の新鮮さと生演奏を聴く楽しみを味合わせてくれた。シューマンやブラームスあたりをもっと聴いてみたい。

 

メタモルフォーゼンでは、直接音がはっきり耳に届く3階バルコニー前列では、関フィルの弦の実力が露になってしまった。これはデュメイの指揮力とは別次元のこと。

 

 
20191129_関西フィル

20191129_関西フィル_ 1

20191127日 大阪フィルハーモニー第533回定期演奏会 1日目

 

フェスティバルホール

定期会員席

 

指揮            : 準・メルクル

ピアノ          : 児玉 麻里、 児玉 桃

 

ドビュッシー    : 子供の領分

ドビュッシー    : 牧神の午後への前奏曲

武満徹          : 夢の引用

  ― アンコール  ラベル :マ・メール・ロワより

3曲『パコダの女王レドロネット』 連弾

シューマン      : 交響曲第3番 変ホ長調 作品97『ライン』

 

準・メルクルは、ほぼ隔年で大阪フィルの定期を振っているところを見ると、メンバーからも受けがいいのだろう。シャープな指揮ぶりで縦の線も良く揃うし、演奏しやすそう。この日の演奏で特に感心したのは木管セクションのバランスの良さで、ドビュッシー2曲、そして『ライン』2楽章での洗練された響きは、この指揮者の才を改めて感じさせた。ドビュッシー2曲は大いに楽しめた一方で、シューマンは中庸で毒っけが無く、あっさりとしすぎ。この曲は、もう少し粘ったロマンティックな演奏のほうが好みなのだけど。

 

ドビュッシーの交響詩『海』を大胆に引用した武満徹の〝夢の引用”は、聴き始めからしばらくは武満徹らしい(?)独特な響きの妙に魅せられたものの、そのうち飽きてしまった。やはりゲンダイオンガクは、わざわざに聴きたいとは思わないな。

次の日は早朝便で東京なので、今回の定期2日目は聴けず。

 

さてと、一週間ほどブログ書きをほっぽってしまった。私のこの秋のコンサートラッシュも大詰めで、今日の新国の椿姫、読響のマーラー3番、東響のマーラー1番と最後の三連荘。

20191127_大阪フィル定期_メルクル

20191122日 日本センチュリー交響楽団 いずみ定期第43

 

いずみホール

1階 定期会員席

 

ハイドン        : 交響曲第28番 ホ長調

ハイドン        : 交響曲第51番 イ長調

アルチェニアン  : トランペット協奏曲

  ―― アンコール  武満徹 :径

 

 

指揮               : 飯森 範親

トランペット      : ラインホルト・フリードリッヒ

 

5月の第41回がデュトアの大阪フィル定期2日目と、そして8月の第42回が阪神・広島戦(京セラ・ドーム)と重なったことで定期チケットを友人に譲っていたので、実に1年ぶりのハイドンマラソン。トランペットの神様が登場するこの日は、絶対に聴かなければならない。ラインホルト・フリードリッヒの見た目の貫禄は、2年前のルツェルン祝祭の京都公演の時以上で、その音は変わらずの神々しい。いとも軽々と自然に吹く姿にずっと見とれていた。

 

そんなトランペットの神様を迎えたコンサートだけに、第51番でホルンの超難度フレーズをトランペット(コルネット?)に吹かせたのは、全曲録音に挑んでいるだけに残念。前後のフレーズとの連続性が失われて、しかもその箇所だけ音色が明らかに変わってしまう。録音では後からどうにでも調整できるのだろうか。

 

会食の予定があり、最後の91番を聴かずに会場を後にした。

 
20191122_日本センチュリー_ハイドン



20191121日 オーギュスタン・デュメイ オータム・スペシャルコンサート

 

ザ・フェニックスホール

1階B列4

 

シューマン      3つのロマンス 作品94

ブラームス      :ヴァイオリンソナタ第2

ブラームス      :ピアノ5重奏曲 ヘ短調 作品34

 

オーギュスタン・デュメイ

上田 晴子            :ピアノ

ギオルギ・バブアゼ     :ヴァイオリン

中島 悦子             :ヴィオラ

チェロ                 :ルドヴィート・カンタ

 

オーギュスタン・デュメイ&関西フィルハーモニー オータム・スペシャルコンサート。デュメイ&関西フィルと題されたところがミソで、春や秋に手ごろなチケット価格でデュメイのソロや関西フィルのメンバーとの室内楽を聴かせるもの。この日は、ヴァイオリンとヴィオラが関西フィルの首席で、チェロと(当然ながら)ピアノは関西フィルとは無縁の奏者。

 

関西フィルの音楽監督就任以来、大きなホールでデュメイのソロ演奏を幾度も聴いているけど、今夜のようにザ・フェニックスホールの最前列で聴くのはやはり格別(A1-4番席を取り払って広めのステージを確保したことで、私の座ったB4番は事実上の最前列)。関西フィルの紹介プロフィール“ヨーロッパの偉大な伝統の伝承者であり、今世紀最高のヴァイオリニストのひとりである”とあるが、“偉大な伝統の伝承者”は、何分にも知識不足でよくわからないけど、〝今世紀最高のひとり”については、なるほどそうに違いない、と素人ながら納得してしまう。音の芯がはっきりしていて、とてつもなく骨太、そしてとても男性的な雄弁さに満ちている。

 

休憩後のピアノ5重奏も、大君デュメイの存在が強烈。他の奏者は、出しゃばらず・逆らわずといった感じで、最後までデュメイ一色のコンサート。関西フィルフルサポートのデュメイ、オータム・コンサート、といったところだろうか。

 
20191121_デュメイ_スペシャルコンサート

20191120日 尾高忠明 大阪フィル ブラームスティクルスⅣ

 

ザ・シンフォニーホール

1K33

 

ブラームス      :大学祝典序曲 作品80

                 運命の女神の歌 作品89

                 交響曲第4番 ホ短調 作品98

 

指揮            : 尾高 忠明

                  大阪フィルハーモニー管弦楽団

                  大阪フィルハーモニー合唱団

 

秋も深まり11月も下旬となるとブラームスの4番が無性に聴きたくなる(そして、春先3月にはマーラーの大地の歌)。この曲、案外にヴィオラパートの存在感が薄く、中声部に厚みをもたせたブラームスらしい響きがあまり聞こえてこない。高音域でメロディーを受け持つヴァイオリンと轟轟と鳴るチェロ・ベースが音場の左右で鳴ったまま溶け合わず聴いていて疲れる録音があるが、コンサートでもこれはと思える演奏にはなかなか出会えない。

 

ティクルス第1回からの、一貫した尾高忠明の実直な作品解釈とそれに応えた大阪フィルは評価するし、特に第1番は、病気療養直前で特段に集中力の高い演奏だった。勿論、今夜の4番の演奏が劣っているというわけではないけど、それでもやはりこの曲はなかなか得心できる演奏に巡り合えない、ということか。生演奏と録音を同列に語るのはどうかと思うけど、やはりブラームスの4番はザンデルリンク・ベルリン交響楽団の録音が一番好きだ。

 

ティクルス最後の今回のプログラムはブラームス円熟期の50歳頃に作曲された3作品。そして明日は、フェニックスホールでオーギュスタン・デュメイのヴァイオンで、2番ソナタとピアノ5重奏を聴くことに。やはり、晩秋にはブラームスが似合う。

 
20191120_ブラームス

20191115日 ズービン・メータ指揮 ベルリン・フィルハーモニー交響楽団 フェスティバルホール

 

フェスティバルホール

12049

 

指揮                    :ズービン・メータ

オーケストラ           :ベルリン・フィルハーモニー交響楽団

チェロ                 :ルートヴィッヒ・クヴァント

ヴィオラ               :アミハイ・グロス

 

R・シュトラウス        :交響詩『ドン・キホーテ』

ベートーヴェン         :交響曲第3番『英雄』

 

今回のベルリン・フィル大阪2公演、初日をズービン・メータのブルックナー8番を聴く演奏会、そして今夜をリヒャルト・シュトラウスの交響詩を通じてベルリン・フィルのスーバーオーケストラを堪能する演奏会、そう捉えて楽しみにしていた。“ドン・キホーテ”の実演は、2010年に大植英次・大阪フィルの定期以来。録音でもあまり聴く機会のない作品ということで、普段はしない事前予習をしっかり繰り返して、スコア片手に各変奏ごとの描写を頭に叩き込んでおいた。やはり、ベルリンフィルは巧かった。全く非の打ちどころがない。

ところが、今回の連続公演において、楽しみにしていた前プロのドン・キホーテよりも、そして昨夜のブルックナー8番にも増して強く感動したのが、後プロのベートーベン英雄交響曲。83歳ズービン・メータが到達した音楽表現の頂点を聴いたのではないか。途中休憩の時、ホルンセクションが舞台裏で第3楽章トリオ部分をさらう音を聞いていて、演奏に対する本気度も伝わってきた。その英雄交響曲は対抗配置のまま弦を14型に落としホルンは指定通り3本。昨今のピリオド奏法の潮流にはまったく背を向けたもので、音楽に誠実であると同時に完璧な演奏。ベースの重心の低い音に続き、順次積み上げるように鳴らした冒頭和音がズービン・メータの演奏の方向性を明確に示していた。

 
20191114_ベルリンんフィル


翌日から3泊4日でグァムに滞在中。今日のうちに記事をアップしておかないと、明日からまたタフな毎日が始まる・・・


20191118_ グアム


20191114日 ズービン・メータ指揮 ベルリン・フィルハーモニー交響楽団 フェスティバルホール

 

フェスティバルホール

12031

 

指揮                    :ズービン・メータ

オーケストラ           :ベルリン・フィルハーモニー交響楽団

 

ブルックナー           :交響曲第8

 

私にとってこの敬愛するブルックナーの第8交響曲は“愛聴曲”という言葉はふさわしくない。古今のあらゆる交響曲において最も深遠で崇高な作品であるこのシンフォニーを聴くという行為は、大げさに言えば常に覚悟をもって対峙することを自らに求めてしまう。“人の一生を記した大河小説”を読破したかのような感動とともに時に徒労感さえ入り混じったかのような“(読後感ならぬ)聴後感”を感じさせられる演奏こそが理想で、16歳の時にセル・クリーブランドSOLPで出会って以来45年余り、常にそのような体験を求めて数々の演奏を聴き続けてきた。フルトベングラーのLP盤で聴かれるアッチェレランドなど言後同断だし、妙にテンポを揺らすとかアゴーギクをほんの少しでも伴った恣意的解釈は絶対に無用であり、一般に名演と言われるヨッフム・シュターツカペレの演奏なども終楽章の高貴な主題の展開の後の強奏部でギアを上げたようにテンポアップされたとたん興奮から覚めてしまう。

 

~以上、2016219日のバレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団による同曲演奏についての記事を再掲~

 

さて、ズービン・メータが世界一のスーパーオーケストラから引き出す演奏は、まさに円熟の極致。理にかなったディナーミク、必然にみちた音楽の運び、まさに大河のごとくの私の理想にとても近い音楽だった。体感的にはかなりゆっくり(これも私の理想とするところ)。前半2つの楽章の演奏時間がそれぞれ16分、16分だったことは腕時計をみて確認したものの、アダージョ楽章は最後8小節の奇跡のようなワーグナーチューバに聴き惚れて我をわすれてしまい、時計に目をやることなど全く忘れてしまった。そして終楽章、3つの主題を順次再現していくなかで第3主題再現の後半フォルテ箇所から、一度速度を僅かにあげて再現部を締めくくり、深いパウゼの後に再びゆっくりとした歩みでコーダーが始まる、その見事な音楽の構築に完全に絡めとられてしまった。フライングではないものの、余韻を打ち消すようなブラボーを叫ぶ輩が複数いたことが実に残念。

 

明日も同じ一階20列で、これまた楽しみなドン・キホーテと英雄が聴ける。贅沢な2日間だこと。

 
20191114_ベルリンんフィル

2019115日 朝日カルチャーセンター中之島 『名歌手で楽しむ 心に響くオペラ名場面』 

 

朝日カルチャーセンター中之島(中之島フェスティバルタワー)

 

講師    :丸山 幸子

エットレ・バスティアニーニ研究会代表 オペラ研究家

 

朝日カルチャーセンター中之島の講座を受講したのは、5年前にヴィンシャーマン指揮・大阪フィルによるマタイ受難曲演奏(大阪フィル定期第483回)に合わせて、作品レクチャーとゲネプロ見学がセットになった『大阪フィル定期演奏会・満喫講座』以来のこと。平日の午後1時からなので、さすがにスーツ姿の現役風の参加者は私ひとり。退職後のセカンドライフで、多様な学びの機会が得られる大都市大阪が羨ましい。

 

鑑賞作品      

ワーグナー      :タンホイザー第3幕 

ヴェルディ      :シモン・ボッカネグラ 第1幕、第3

マスネ          :ウエルテル 第3幕、第4

プッチーニ      :蝶々夫人 第2

R・シュトラウス :ばらの騎士 第2幕、第3

 
20191105_朝日カルチャースクール

2019111日 ラザレフ指揮 日本フィルハーモニー交響楽団第715回定期 サントリーホール

 

サントリーホール

1731

 

指揮                    :アレクサンドル・ラザレフ

 

グラズノフ             :交響曲第6番 ハ短調

ストラビンスキー       :バレエ音楽『火の鳥』全曲

 

同じSカテゴリーでも、昨日の2階6列目と今日の17列目で、耳に届く音の質が全く違う。在京オケの定期会員のように常に同じ席で演奏を楽しむことのできない私のような地方在住の音楽ファンとしては、サントリーホールのどのあたりで聴くかの選択はとても悩ましい。この日のようにホールが半分ほども埋まらない人気薄の公演(週末金曜日なのに…)では、通常なかなか買えない平土間や両翼の比較的良席を含め、選択の幅が広がるのでなおさら。17列目で聴く今日の新日フィルは迫力に満ち(グラズノフ)、また演奏の細部まで際立って聞き取れる(火の鳥)。昨夜のマーラー演奏を平土間前方で聴いていたら、どんな違った印象をもったことだろうか。また、今日の火の鳥の色彩豊かな響きも、どこまでがラザレフの手腕によるものなのだろうか。

 

実はグラズノフは連日のハードワークの反動で、途中から寝落ちしてしまい、印象の無いまま終わってしまった。でも、一度寝落ちしたあとは、頭が一気にクリアーになるもので、火の鳥はしっかりと聴きましたよ。とにかく面白かった。導入部でのちょっとした乱れや、ときに縦の線が不ぞろいになるところなど、ハッキリと分かってしまう裏返しの面もあるけど、それでもストラビンスキーのオーケストレーションの巧みさを満喫することができたのは、やはり平土間7列目のおかげ。火の鳥が飛んでくる場面で、パイプオルガン前とLA1扉、RA2扉の三方に配置された3本のトランペットも、私の席ではステレオ効果抜群。2本のワーグナーチューバは、見上げても視界に入らなかったけど、どこで吹いていたのだろう。

 
20191101_日本フィル_サントリーホール


20191031日 ケント・ナガノ指揮ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団 サントリーホール

 

サントリーホール

2C611

 

指揮            :ケント・ナガノ

ピアノ          :辻井 伸行

 

ベートーベン    :『エグモント』序曲

リスト          :ピアノ協奏曲第1

―アンコール    リスト  :ラ・カンパネラ

  休憩

マーラー        :交響曲第5番 

      ―アンコール    リゲティ:コンチェルト・ロマネスク第4楽章

 
金曜日の東京オフィスでの会議に合わせて、今夜のケント・ナガノ指揮ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団と翌日のラザレフ・日フィルのサントリー定期を聴くことに。

ズンッとくるような音圧を想像して身構えるようにして聴き始めた “エグモント” の冒頭、特段に暗くも重厚でもない響きに一瞬とまどった。ケント・ナガノの指示、解釈によるものなのか最大でもフルパワーの8割程度までに抑制したなかでの演奏に収まっている感じ。

 

後半のマーラー5番でも弦はさほど厚みと音量を伴わないし、トランペットの耳をつんざくような閃光やホルンの咆哮、ティンパニの激しい打ち込みといった5番の聴かせどころも、特段に際立たせることが無い。終楽章など、もっと煽るくらいでないとこの曲は面白くないのだけどな。それでも、やはり(というか、当たり前に)肝である冒頭トランペットと第3楽章ホルンのソロは上手い。

 

辻井伸行のピアノを聴くのは2015年のゲルギエフ・ミュンヘンフィルの来日公演(大阪フェスティバルホール)での皇帝協奏曲以来、二度目。最もチケットが売れる日本人ピアニストとして、関西では彼が協奏曲を弾く演奏会のチラシ広告ばかりがやたらと目にとまるけど、大概、集客のより期待できる週末の土・日曜日で、私としてはなかなか聴く機会が得られない。隙のない完璧なテクニックと、音楽の自然な流れは4年前の記憶と同じ。ヴィルトゥオーソな作品よりも、ショパンやモーツァルトをたっぷりと聴いてみたいものだ。

 

アンコールにリゲティのコンチェルト・ロマネスク第4楽章を、そして辻井伸行のピアノソロでラ・カンパネラが聴けて満足の一夜。マーラーの5番がかなり時間をかけた演奏だったこともあり、終演は930分過ぎ。

 
20191031_ケントナガノ_ハンブルク響

O20191030日 大阪フィルハーモニー交響楽団 マチネ・シンフォニー Vol.22

 

ザ・シンフォニーホール

2階席BB14

 

指揮            :大植 英次

ソプラノ        :秦 茂子

 

ラヴェル        :道化師の朝の歌

ラヴェル        :シェエラザード

ラヴェル        :ボレロ
 ~休憩

ムソルグスキー  :組曲『展覧会の絵』ラヴェル編

――アンコール ラヴェル :マ・メール・ロア 終曲

 

冒頭曲『道化師の朝の歌』は、昨夜の土井緑ピアノリサイタルで聴いたばかり。図らずも、日を跨いでピアノ独奏版とオーケストラ編曲版を実演で聴き比べるという得難い体験となった。様々な楽器により多彩に変化する音色、打楽器群やピッツィカートする弦による躍動など、当にラヴェルは “音の魔術師”。シェエラザードも暖かみのあるソプラノソロを抑制されたオーケストラの伴奏が良く支えていて、大変楽しめた。

 

でも…ですね、“ボレロ”と“展覧会の絵”は、どちらもルーティンワークな演奏で、いただけません。“ボレロ” は異なった楽器で同じテーマを繰り返しながら徐々に音量を増していく、そのプロセスこそがこの曲の醍醐味なのに、なぜか高揚感・陶酔感が得られない。聴いていて興奮しないボレロは初めて。“展覧会の絵” 冒頭、ファンファーレを吹いているかのような品のないトランペット・ソロも大植英次の指示なの?

 

会場で来年のマチネ・シンフォニー(春が井上道義、秋が尾高忠明)のチケットが来場者限定で先行発売されていた。まだ来シーズンの定期演奏会プログラムが発表されはいないけど、もしかするとついに定期、ソアレ、マチネの主だったコンサートすべてから大植英次の名前が消えちゃうのかなぁ。

 
20191030_大阪フィル_マチネ

20191030_大阪フィル_マチネ_1

20191029日 土井 緑 ピアノリサイタル ~パリで煌めく作曲家達 Vol.5

 

ザ・フェニックスホール

 

ピアノ          :土井 緑

 

シャブリエ      :ハバネラ

ラヴェル        :シャブリエ風に

プーランク      :エディット・ピアフを讃えて ~15の即興曲より

大澤壽人        :『丁丑春3題』より

スクリャービン  :『2つの小品』作品57

プロコフィエフ  :ピアノ・ソナタ第3番“古い手紙から”

  休憩

セヴラック      :『休暇の日々から』第2集より ショパンの泉

ラヴェル        :『高雅で感傷的なワルツ』

ラヴェル        :『鏡』より 道化師の朝の歌

――アンコール

        ショパン        :幻想即興曲

                               12の練習曲作品25 第1番 “エオリアン・ハープ”

 

先日アップした“ブログ開設5年目を向かえて”にも記している通り、実際に接した演奏会はプロ・アマを問わず日記として記録しておくのがこのブログのルール。自分でお金を払って聴きにでかけているわけだから、プロ・アマ関係なく、そして提灯記事に惑わされることなく、感じたことを率直な言葉で書き留めることができる。

 

ただ、この演奏会は、演奏者ご本人(土井緑さん)から同じワーグナー協会員としてのご厚意でいただいた招待券で聴いたので、感想等の記載は一切無し、です。

 

などと言いながら(記しながら)…

プログラムにひねりが効いていて、聴き手を飽きさせない。シャブリエの小品につづいて、ラヴェルの“シャブリエ風に”、そしてプーランクの“エディット・ピアフと讃えて”と続く冒頭3曲が実にしゃれているではないか。

20191029_土井緑‗フェニックスホール_1

、20191025日 大阪フィルハーモニー第532回定期演奏会 1日目

 

フェスティバルホール

前半    定期会員席

後半    18列(知人と席位置交換)

 

指揮            : 尾高 忠明

オーボエ        : フィリップ・トーンドゥル

ソプラノ        : ゲニア・キューマイヤー

 

R・シュトラウス : 13管楽器のためのセレナード 変ホ長調

R・シュトラウス : オーボエ協奏曲 ニ長調
  ーアンコール   ブリテン:オウィディウスによる6つの変容 より第1曲 Pan

R・シュトラウス : 交響詩『死と変容』 作品24

R・シュトラウス : 四つの最後の歌

 

R・シュトラウスの作品は “歌” に満ちている!改めてそう気づかせてくれた、いい定期だった。交響詩『死と変容』が引用されて曲を閉じる歌曲 “夕映えに包まれて” で終えるという誠に巧みなプログラミング。オーボエ・ソロのフィリップ・トーンドゥルも達者な奏者だったけど、なによりゲニア・キューマイヤーの “四つの最後の歌” がすばらしかった。

 

前夜の日本センチュリーの定期会場で偶然お会いしたオペラ愛好家の知人から、ゲニア・キューマイヤーを大阪で聴けることが如何に貴重なことであるかを、カウフマンを聴きにでかけたザルツブルクのラトル指揮『カルメン』でのミカエラ役の成功話とともにたっぷりお聞きしていた。(ビールを飲みながら聞かされた…が正しいかぁ)

 

そのゲニア・キューマイヤーの正確な音程と息深く深いトーン、そして目線の動きまで含めて全身に神経をいきわたらせた立ち居振る舞いも含めての “歌唱” に完全に魅了されてしまった。最後の一節“私たちはさすらいに疲れた…これが死というものだろうか?”と歌い終わった後、静かなオーケストラの後奏の間までも演奏を支配したかのようだった。

 

わずかに残念なことは、交響詩『死と変容』が終わったあと、まだ尾高忠明が拍手を受けて2度目にステージに現れたところなのに、終演時間を意識してか事務方がステージに上がって椅子を動かし始めたことくらいか。

 
20191025_大阪フィル_定期532


20191024日 日本センチュリー交響楽団 第239回定期

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階定期会員席

 

指揮            :飯森 範親

ソプラノ        :石橋 栄実

バス・バリトン  :平野 平

合唱            :ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団、日本センチュリー合唱団

 

団 伊玖磨      :飛天繚乱

ブラームス      ;ドイツ・レクイエム 作品45

 

ウィーンからこの演奏会のために招聘した平野平の歌唱は良しとして、ソプラノ・ソロは高音部ばかりが強調されたスキャットかパレストリーナを聴いているみたい。またプロ・アマ混成の合唱は声が濁りすぎていただけない。各パート10名のザ・カレッジ・オペラハウス合唱団に対して、ソプラノ14名に対してバスがわずか4名のアマチュアが混ざった状態で完成度を追求するのは無理がある。通常、合唱付きオケ作品を振るとき巧みにオーケストラと合唱とで指揮を振り分けるものだけど(たとえば東混の正指揮者でもある山田和樹など、指揮をする後ろ姿を観ていてもその巧みさにほれぼれする)、どうも飯森範親はオケも合唱も同じにように振っている(ように見える)。そんなこんなで合唱がオケに合わないし、3楽章のフーガでは、もうあたふたしてしまい聴いていて辛くなってきた。

 

日本センチュリーはコアメンバーによる210型の中型オケとして古典派からロマン派初期の作品を演奏するときにこそ、その実力を発揮できると常々思っている(毎度、同じことをブログに書いてますね)。でも、実際はブルックナー・マーラーから、今夜のようにドイツ・レクイエムといった合唱付き作品まで定期プログラムに置いてくる。すべて飯森範親の指揮であることを思えば、きっとご本人の強い意向なのだろう。プレトークで、ドイツ語歌詞・発音の蘊蓄とか、“この作品はドイツで何度も振った…”といった自慢話にすぎる話を聞かされるより、一切のバイアス無しで演奏に向かいたいもの(こちらも、毎度同じことをブログに書いてますね)。

 
20191024_日本センチュリー定期‗

k20191023日 究極のフレンチ・バロック ~絶対王政とその栄華の極み~

 

ザ・フェニックスホール

1階B17

 

ヴィオラ・ダ・ガンバ    :酒井 淳

ヴィオラ・ダ・ガンバ    :マリオン・マルティノ

チェンバロ             :クリストフ・ルセ

 

マラン・マレ    :組曲ト短調 ~ヴィオール曲集第1巻より

フォルクレ      :クラブサン曲に直されたヴィオール曲集より組曲第1番  -チェンバロ独奏

  休憩

マラン・マレ    :二つのヴィオールのための組曲ニ短調 ~ヴィオーレ曲集第1巻より

マラン・マレ    :メリトン氏へのトンボ―

マラン・マレ    :二つのヴィオールのためのシャコンヌ ト短調

 ――アンコール 

マラン・マレ    :二つのヴィオールのための組曲ニ短調より プレリュード、アルマンド

 

長年にわたりクラシック音楽を偏りなく聴いてきているつもりでも、この演奏会を機に振り返ってみると、バロック音楽といえばドイツ・バロックとイタリア・バロック。演奏会タイトルにあるフレンチ・バロックとしてはクープランとラモーの名前を知っているだけで、精々ラベルの“クープランの墓”を連想する程度。クラブサンがチェンバロのフランス語名称であることは知っていても、ヴィオールがヴィオラ・ダ・ガンバのフランス語名称であるとは、この度初めて知った。

 

ヴィオラ・ダ・ガンバの倍音をたっぷり含んだ、ふんわりとした音に耳が慣れてくると、典雅な演奏が大変心地よい。クリストフ・ルセはバッハ平均律のCD(つまりドイツ・バロック音楽)を通じて知っていたけど、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の酒井淳とマリオン・マルティノは、両名とも私が単に知らないだけで、きっと名のある奏者に違いない。マレ作品ばかりの後プロは、決して(チコちゃんに叱られないように)ぼ~っとしていたつもりはないのに、気づいたらプログラム最後の曲が終わっていた。シャコンヌ”だから判りそうなものなのに、ちょっとショック・・・やはり、ぼ〜っと聞いていたのかな。

 

休憩中、ホール職員の了解を得てステージ写真を撮影。ヴィオラ・ダ・ガンバは2丁(単位は“丁”でいいのかなぁ?)とも7弦。席(前から2列目)からじっと眺めていても、どうやら7弦目は(もしかすると6弦目も)弾いていないみたい。イエペスが開発した10弦ギターの第710弦のように倍音を均等化させるためのものなのだろうか。それとも実際に弾いていたのかな?どうなのだろう。

20191023_究極のフレンチバロック

20191023_究極のフレンチバロック_2

20191023_究極のフレンチバロック_1

20191019日 前橋汀子 無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータ全曲演奏会 ザ・シンフォニーホール

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1G10

 

ヴァイオリン    :前橋 汀子

 

J.S.バッハ

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ           1番 ト短調 BWV.1001

無伴奏ヴァイオリン・パルティータ     1番 ロ短調 BWV.1002

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ           3番 ハ長調 BWV.1005

  休憩

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ           2  イ短調  BWV.1003

無伴奏ヴァイオリン・パルティータ     3番 ホ長調 BWV.1006

無伴奏ヴァイオリン・パルティータ     2番 ニ短調 BWV.1004

 

前橋汀子が半生を自ら語った昨年10月の日経新聞【私の履歴書】の最終話“生涯現役(第30話)”で語られていた今回の全曲演奏会、どうしても聴いておきたかった。

 

日経新聞【私の履歴書】最終回より

QUOTE- 

最初の挑戦は1988年に録音したアルバム『無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全集』。これは89年度の文化庁芸術作品賞をいただいた。

 

あれから30年。私も年齢を重ね、同じ楽譜を弾いても当時とはテンポや間の取り方などかなり違う。音符には書かれていない行間の部分に深遠な背景があるということだ。このバッハの無伴奏は演奏家のその時のすべてが現れる作品なのだ。 

 

私は1415年に国内各地で全曲演奏会を開いた。来年も夏以降に東京、大阪、横浜で全曲演奏会に挑むことが決まっている。この公演をバッハの集大成にしたいと思う。

-UNQUOTE-

 

ステージ中央の譜面台に楽譜(冊子)が置かれていたものの、一度も開かれることはなかった。バッハへの畏敬の念を示してのことだろうか。一作品の演奏が終わるたび会場からの拍手を受けると、笑顔で軽くお辞儀をした後にすぐに姿勢を整え、深い呼吸とともに次の作品に向かっていく。厳しいまでに張り詰めた雰囲気のなか、緊張の全く途切れぬ充実の3時間だった。終演後は、私のお隣の女性とともに、たまらずスタンディングオベーション。立ち上がって拍手をしたのは、20143月の大植英次の大阪フィル定期最後の公演(シンフォニーホール)以来でのことではないか。感動のバッパだった。

 
20191019_前橋汀子_バッハ無伴奏_1


20191019_前橋汀子_バッハ無伴奏_3

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