あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日記

2019117日 大阪フィルハーモニー第524回定期演奏会 1日目

 

フェスティバルホール

前半 定期会員席

後半 131列 

 

指揮           : 尾高 忠明

ヴァイオリン    : 神尾 真由子

 

武満 徹        : トゥイル・バイ・トワイライト

ブルッフ       : ヴァイオリン協奏曲 第1

エルガー       : 交響曲 第1番 変イ長調

 

東京ならいざ知らず、地方在住ではなかなかエルガーの交響曲実演に接する機会がない。前回聴いたのは、このブログを始める前の2014年に大阪フィルが今日と同じ尾高忠明を迎えての、まだ名曲コンサートに衣替えする前のソアレ・シンフォニー初年度Vol.2

 

久方ぶりに聴いてつくづく思う、この曲(エルガー第1交響曲)の魅力は歳を重ねないと解らない(分からない)。冒頭と終結にはっきりと意志表示されるモットー(そう、示導動機でも主題でもない)が、ときに響きの中で残影のように、またときに旋律線が見え隠れしながら曲の根幹にはっきりと存在していることを悟ってからは、この作品に対して大いに共感を覚えるようになってきた。クラシック音楽聴き始め20代のころ、まったくチンプンカンプンだったこの作品も、今では大好きなシンフォニーの一つ。兎に角、この曲、CDで第1楽章だけ、などといったつまみ聴きしては絶対に良さがわかんない。

 

大阪フィル、いい演奏を聞かせてくれました。いつものとおり、この週末は自宅の所有音源をとっかえひっかえで、復習して(聴いて)います。武満徹とブルッフも含めて、演奏の感想は2日目の演奏ブログに記します。(たぶん)。

 

 
大阪フィル_524回定期


2019116日 フォルクハント・シュトイデ ヴァイオリン・リサイタル ザ・フェニックスホール

 

ザ・フェニックスホール

1階4

 

ヴァイオリン    : フォルクハント・シュトイデ

ピアノ         : 三輪 郁

 

モーツァルト           : アダージョ ホ短調 K261

ベートーベン           : ヴァイオリンソナタ 第10番 ト長調

モーツァルト           : ロンド ハ長調

  ~ 休憩 ~

ブラームス             : ヴァオイリンソナタ 第1番 op78 “雨の歌”

クライスラー           : ウィーン奇想曲  op 2

アルベニス             : 組曲『スペイン』より“タンゴ”op165-2(クライスラー編)

ドヴォルザーク         : スラヴ舞曲 ホ短調 op72-2 (クライスラー編)

クライスラー           : ウィーン小行進曲

  ―― アンコール

  クライスラー       : 真夜中の鐘

  クライスラー       : 愛の喜び

 

ザ・フェニックスホールの公演チケットをピアで購入すると、なぜかいつもステージ向かって斜め左(時に右)の第3列目あたりになることが多く、結果的にこれまで結構な回数、ヴァイオリン・ソロをほぼ定位置で聴いていることになる。そうした定点鑑賞ではっきり言えることは、ウィーン・フィル第一コンサートマスターであるフォルクハント・シュトイデの音は、やはり抜きんでて魅力的だということ。艶やかすぎることなく、しっとりと柔らかな音で弾かれた、詩情に満ちた“雨の歌”ソナタのなんとも素敵なこと。演奏終了と同時に、思わず “ふーっ” と深いため息をついてしまう。

 

伴奏を務めた三輪郁のピアノがまた実に素晴らしい。“ライナー・キュッヒル、フォルクハント・シュトイデ、そしてウィーン・フィルの首席クラスから大きな信頼を得ており…”というエージェントの言葉に、たしかにそうに違いない、と納得してしまう。ベートーヴェン・ソナタ第3楽章で、右手が音楽の主導権を握り強く音楽を主張する場面でも、同時に左手はヴァイオリニストとまったく同じ息遣いで副旋律を奏でるといったところなど、完全に魅了されてしまった。そして、なにより音の粒立ちがよく、また聴いて疲れない。これまでヴァイオリンソナタのピアノ伴奏を煩わしく感じたことが幾度もある。同じ席位置、同じホール備えのスタンウェイなわけだから、これは間違いなくピアニストの実力差なのだろう。

 

ほんとうにいい演奏だった。それにしても、アルベニスの ”タンゴ” や、ドヴォルザークのスラブ舞曲までウィーンの香りを感じてしまうのは、どうしてだろう。

 

20191116_シュトイデ_リサイタル_

 

201916日 3大協奏曲 ~次世代を担う未来の巨匠たち~ ザ・シンフォニーホール

 

ザ・シンフォニーホール

25

 

指揮           : 山下 一史

オーケストラ    : 日本センチュリー交響楽団

ヴァイオリン    : 川久保 賜紀

チェロ         : 横坂 源

ピアノ         : 関本 昌平

 

ハイドン               : チェロ協奏曲 第1番 ハ長調

チャイコフスキー       : ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

ラフマニノフ           : ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調

 

ソリストは3人とも既に30代なわけで、今更に“~次世代を担う未来の巨匠たち~”とは思えないけど、まあ、正月休み中のクラシック演奏会として集客効果はあったのだろう。ほぼ完売のようで、また普段のオーケストラコンサートと違って、小さな子供を連れたお母さんやら中高校生も多く、ホールは華やいだ雰囲気。私と同じLD最前列に座った小学生(12年生かな)、ほんといいお行事で2時間の演奏会を聴いていた。成人してもクラシック音楽好きでいてもらいたいものです。

 

演奏は、残念ながら前半と後半でクオリティーに差がついたかな。ラフマニノフを弾いたピアニストは、この曲をまだ自身のレパートリーとはしていないのではないか。冒頭、鐘を模した和音の重み・深みの無さに加えて、オーケストラがバタついたこともあり、出だしからラフマニノフの音楽を聴くことのできないまま。特に緩徐部分でのロマンティックなメロディーの処理にもっと神経がいきわたっていたら、と思う。それに対しヴァイオリン・コンチェルトの痛快なこと。奔放に歌うソロ・ヴァイオリンに指揮者が真剣勝負で食らいつく、まさにコンチェルトを聴く醍醐味を味わった。

 

ところで・・・・実演に接した演奏会の感想をブログ記録に書きとめておくことの意義を痛感。ブログ管理画面で、今回のソリスト名をワード検索すると、川久保賜紀のヴァイオリンをこの3年で2度ほど、聴いていた。昨年の広響福山定期でベートーベンのコンチェルトを、そしてなんと今年の5月の大阪フィル・ソアレコンサートVol.11でこの日と同じチャイコフスキーのコンチェルト。そのソアレコンサートのブログ記事を読み返してみると、こんなことを書いている。

 

~~当夜のチャイコフスキーの演奏、どうにも私の趣味に合わない。一貫して遅めのテンポで、溶けた粗目砂糖にまみれたスイーツのような印象の演奏が延々と続く第1楽章には、ちょっと辟易。~~

 

そう、たしかに今年5月に同じザ・シンフォニーホールで聴いた演奏は、この記事の通りだった(今でもはっきり覚えている)。それに比べこの日の演奏の痛快なこと。指揮者との相性だろうか、とにかくこの日の演奏は、のりにのっていた。

 

 
3大協奏曲_20190106

201915日  ウィーン・リング・アンサンブル

 

いずみホール

2階バルコニー L後列席

 

ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)

ダニエル・フロシャウアー(ヴァイオリン)

ハインリヒ・コル(ヴィオラ)

ロベルト・ナジ(チェロ)

ミヒャエル・ブラデラー(コントラバス)

カール=ハインツ・シュッツ(フルート)

ダニエル・オッテンザマー(クラリネット)

アレックス・ラドシュテッター(クラリネット)

ロナルド・ヤネシッツ(ホルン)

 

スッペ         :「詩人と農夫」序曲

J.シュトラウス       : ワルツ「芸術家の人生」

J.シュトラウス       :オペレッタ「こうもり」メドレー                     

J.シュトラウス       :リストの主題による狂乱のギャロップ

J.シュトラウス       : ワルツ「シトロンの花咲くころ」

J.シュトラウス       :常動曲

メンデルスゾーン・メドレー

ヨーゼフ・シュトラウス  :ワルツ「天体の音楽」

ヨーゼフ・シュトラウス  :ポルカ・マズルカ「とんぼ」

ヨーゼフ・シュトラウス  :ポルカ・シュネル「大急ぎで」

A.ライナー             :ワルツ「最初の願い」

ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「ごちゃまぜ料理」

 

 ―― アンコール ――

J.シュトラウス:ワルツ「美しき青きドナウ」

J.シュトラウスⅠ:ラテツキー行進曲

 

14日が会社稼働日となったことで、この週末は大阪にいることに。おかげで3年ぶりのウィーン・リング・アンサンブルをいずみホールで聴くことができた。メンバーは豪華の一言。今年、ホルンがウィーンフィル首席のロナルド・ヤネシッツに変わり、クラリネット奏者2名も1976年のメンバーから変わっている。

 

例年通り、いや例年にも増してツアースケジュールが猛烈すぎる。ウィーンでのニューイヤーコンサートが終わって翌日2日にウィーンを発ったとして、東京に着くのは3日早朝。到着後、ホテルで体を休める間もなく、そのままに日本ツアーに臨んでいるわけで、3日横須賀、4日名古屋、そしてこの日(5日)に大阪いずみホール。まあ、ここまでは世界中を飛び回るビジネスパースンを思えば特段に厳しすぎるとは言わないにしても、凄いのはこの先の日程。6日に米子、そして7日に博多と続く。山陰松江で生まれ育ち、この年末年始も帰省していたものとして、大阪―米子、そして翌日の米子―博多の移動がとても大変なことは身に染みてわかる。プライベートジェットで伊丹―米子、米子―博多を飛ぶならまだしも、現実的な移動手段は2つ。公共交通機関JRを利用したなら車掌でも酔うといわれる振り子型 “やくも” と新幹線での乗り継ぎ移動は実にきついし、バスをチャーターしての車移動にしても、米子から博多に行くには米子道と中国縦貫道を経由しての移動はたっぷり5時間かかる。日本人の私でもこの日程では体調維持が難しい。それをウィーンフィルのトップ奏者に国際線フライトの延長として求めるのだから、相当な日本贔屓でないととてもじゃないが耐えられない。そう思うと、正月に日本にいながらにして絶品のウィーン音楽を楽しむことができるなんて、本当にありがたいこと。

 

この日のプログラムでの一番の聞き物はヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・マズルカ「とんぼ」だった。なんて素敵な曲だろうとウィキペディアで調べてみると、なかなかの頻度でニューイヤーコンサートで演奏されていた。一昨年のヤンソンス、そして2002年の小澤征爾の時もプログラムにあったらしい。後日、自宅に戻ったら録画してあるMHKの中継放送を確認しなきゃ。



ウィーンリングアンサンブル‗20190105


20181219日 ダニエル・ハーディング指揮 パリ管弦楽団 ザ・シンフォニーホール

 

ザ・シンフォニーホール

1L33

 

指揮            : ダニエル・ハーディング

ヴァイオリン    : イザベル・ファウスト

オーケストラ    : パリ管弦楽団

 

ベルク          : ヴァイオリン協奏曲 “ある天使の思い出に” 

  ――アンコール クルターグ :ヴァイオリンのためのサイン、ゲーム、メッセージ

   “遊び” から Für den, der Heimlichlaunched

マーラー        : 交響曲第1番『巨人』

  ――アンコール エルガー :エニグマ変奏曲から “ニムロッド”

 

イザベラ・ファウストの弾くベルクのヴァイオリン協奏曲、ひたすらソロ・ヴァイオリンの演奏を目で追いかけながら、その壮絶なテクニックに圧倒されるとともに、青白く閃光を放つような演奏に大いに感動してしまった。このソリストの演奏を2日前に東京サントリーホールで  “体験” しておいて、ほんと良かった。“温かみよりも少々醒めたような音色で、神経質なまでに意識をいきわたらせた(一昨日のブログに、そう書いた)” 演奏は、この日も同じ。勿論、ベートーベンとベルクでは作品自体まったく異なるし、ホールも違う。それでも両日の演奏を聴いて思い至ったこのヴァイオリニストの特性は  “外面的な冷淡さと、内向的でありながら壮絶なパッションが絶妙に調和”  していることであり、それはベートーベンよりもこの日のベルクのコンチェルトのほうがより相応しいように思える。アンコールは、サントリーホールのときと同じクルターグの小品ながら、別の曲だったらしい。ただしアンコール時には、“あっ同じ曲”   と思って聴いていた。

 

休憩後のマーラー の ”巨人”、充実度としては90パーセント位かな。100パーセントには、何かが少し欠けていたのか、それとも幾つかの箇所であともう少し(今となってはいちいち覚えていないけど)と感じたところがあったりしたからか。いずれにせよ、このオーケストラはスタイリッシュで素敵に上手い(これも一昨日のブログに記した表現どおり)。それにしても1楽章第1主題 “さすらう若人の歌” でのトランペット・ソロのなんともメローでとろけるような、まろやかな音だこと。舞台裏でファンファーレを吹いたのと同じ奏者、同じ楽器とはとても思えない。

 
パリ管_20181219


20181217日 ダニエル・ハーディング指揮 パリ管弦楽団 サントリーホール

 

サントリーホール

2階席LC5

 

指揮            : ダニエル・ハーディング

ヴァイオリン    : イザベル・ファウスト

オーケストラ    : パリ管弦楽団

 

ベルリオーズ    : オペラ『トロイアの人々』から“王の狩りと嵐”

ベートーベン    : ヴァイオリン協奏曲 二長調 

  ――アンコール クルターグ :ヴァイオリンのためのサイン

                        ゲーム、メッセージ、ケージへのオマージュからDoloroso

ベートーベン    : 交響曲第6番『田園』

  ――アンコール ベートーベン :コリオラン序曲

 

水曜日にベルクのヴァイオリン・コンチェルト(独奏者は今夜と同じイザベル・ファウスト)とマーラー“巨人”を大阪ザ・シンフォニーホールに聴きに行く予定にしているものの、なんとか東京出張をこの日に調整して、サントリーホールで別プログラムであるベートーベンのコンチェルトと田園シンフォニーをメインに据えた公演を聴く。重すぎることなどなく、最強奏トゥッツティでもまったく乱れることなどもない気品と優美さを失わない弦セクション、柔らかくも若干の翳りをおびた音色で達者ぞろいの木管セクション、そしてヴィジュアルにもスタイリッシュな演奏姿。第1曲目開始早々での木管のアンサンブルで一気に魅了されてしまった。日頃シンフォニーホールで聴く在阪のオーケストラとのあまりの格の違いを思い知らされる。このオーケストラの音は実に品がある、そして素敵に上手い。

 

ベルリオーズの序曲は舞台後方に3名のティンパニ奏者を並べた16型フル編成。その後、協奏曲からアンコールのコリオラン序曲を含めてベートーベン3曲は全て12型弦でピリオド奏法による演奏。ベートーベンでは過度にエッジを効かせ過ぎることなく、パリ管の持つ優美さを保ちながらもメリハリとアクセントを十分に保った弦群、そして包み込むような音色の木管群とそれに溶け込むトランペットの音色。ハーディングの新鮮味を失わない音楽運び、それに見事に応えるパリ管の凄さ。ほんと、素晴らしい。

 

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、大向うを唸らせるようなヴィルテュオーソな演奏効果を求める作品ではないこともあり、凡様なソリストと指揮者・オーケストラによる演奏は、とにかく退屈の一言。そんな私にとって少々鬼門であるこの作品に今日ほど魅了されたことはない。イザベル・ファウストの独奏は、どちらかと言うと温かみよりも少々醒めたような音色で、神経質なまでに意識をいきわたらせた終始張り詰めた演奏。このような演奏を聴くと、彼女が現代最高のヴァイオリニストの一人と称されることもまったく肯ける。神々しいほどの名演だった。

 

休憩後の田園交響曲とアンコール曲 “コリオラン序曲” のまた、素晴らしいこと。“田園” 2楽章での木管群は柔らかくしなやかでニュアンスに富んでいて、このまま音楽に身を委ね続けたいと思ったし、嵐の楽章やコリオランでの少し個性的にも感じるアクセントを効かせたハーディングの解釈など、とにかく聴き所にあふれた演奏の連続。いや~実に満足。

 

終演は9時半。コリオラン序曲でお開きなんて、なんだかオール・ベートーベン・プロを聴いたような気分になった。翌朝の新幹線始発で大阪にもどって、水曜日はザ・シンフォニーホールでもう一度、パリ管を聴ける。なんと楽しみなことか。

 

パリ管_20181217


2018
126日 日本センチュリー交響楽団 第231回定期

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階定期会員席

 

指揮          川瀬 賢太郎

チェンバロ      マナン エスファハニ

 

アイヴズ        : 答えのない質問

バーバー        : 弦楽のためのアダージョ 作品11

ナイマン        : チェンバロ協奏曲 (日本初演)

  アンコール     ヘンリー・パーセル: グラウンド

アイヴズ        : 交響曲第2

 

川瀬賢太郎の指揮は、たしか4年ほど前に今はもう聴きに行くことのない在阪オケの12月定期で、第九をシンフォニーホールで聴いたことがある。寄せ集めのアマチュア合唱団のノルマ販売で満席となった会場で、正規価格で購入して素人合唱を聞かされた堪らない記憶があり、“◯◯憎けりゃ、袈裟まで・・・” じゃないけれど、川瀬賢太郎にも少々ネガティブな印象を抱いていた。お恥ずかしい・・・、とても才能のある指揮者です。

 

アイヴスの “答えのない質問” は、昨年の1月に新日本フィルの演奏をすみだトリフォニーホールで聴いている。そのときの演奏では、ソロ・トランペットを正面パイプオルガンの上手側バルコニーで吹かせることで直接耳にとどく生音による “問いかけ” がとても効果的だったことを覚えている。この日の演奏では、ソロトランペットを下手舞台裏に配置したことで、遠くから聞こえるミュートされた “問いかけ” とステージ上の弦楽合奏のバランスが、また違った作品のイメージをもたらしてくれたように思う。

 

アイヴズに続いてバーバーの “弦楽のためのアダージョ” を連続して演奏するアイディアは秀逸。2年前に “答えのない質問” を始めて聴いた時のようなあっけなさを感じることなく、そしてバーバーの傑作を身構えることなく、とても自然なつながりで聴き始めることができた。

 

さて、日本初演のナイマンのチェンバロ協奏曲。第1楽章の途中あたりから寝落ちしました。感想・・・? 無し。でも、アンコールは鮮烈。リュートストップをかけた左手の規則正しい歩みにのって詩情豊かに(音量が一定のチェンバロなのに!)歌う右手の旋律。見事でした。

 

そして、後半のアイヴズの交響曲第2番の見事な事。日本センチュリーの今シーズン定期でもピカイチの名演だった。在阪プロオケの事務方がそろって聴きにきていたようなので、来年以降、大阪でも川瀬賢太郎の指揮する演奏を聴く機会が増えそうだ。

 

==閑話休題==

このブログの対象を演奏会に限っているけど、どうしても記しておきたい。。。

 

この演奏会の翌日、なんばパークスシネマにてメットライブビューイングのプッチーニ “西部の娘” を鑑賞。先月 “アイーダ” と “サムソンとデリラ” を見逃したので、この作品が今シーズ最初の鑑賞作品。

 

いやぁ、感動した。じつはイタリアオペラで感動したのは、この度が初めて。プッチーニの主要なオペラで唯一鑑賞する機会のなかったこの “西部の娘” 、他の作品とはちょっと毛色の違った作風で、唐突にアリアを歌いだすといったイタリアオペラっぽさが薄く、理屈っぽいドイツオペラ好きのワグネリアンとしては最も好きなプッチーニ作品になった。

 

このオペラ、なんと登場人物が一人も死なない。最後の最後、ジェリコ・ルチッチ演じるランスがミニーとともに舞台奥に去っていくヨナス・カウフマン演じるジョンソンを背後から拳銃で撃つのか、それとも自らの頭を打ち抜くのか、と緊張に満ちた舞台を下手斜め上方のカメラが舞台全景を見せる中、ランスが拳銃を持った右手を静かに下ろして終幕。第2幕での命を懸けたヴェストブルック演じるミニーとランスとのポーカーの場面の息詰るような音楽、第2幕そして終幕と愛の場面で流れるアンドルーロイド・ウェバーのオペラ座の怪人の “ミュージック・オブ・ザ・ナイト” のさびの旋律によく似た官能的な音楽など、プッチーニの音楽はどれも素晴らしい。できれば今週、もう一度鑑賞したい。

 

 
日本センチュリ_第231回定期_20181206


メット_西部の娘

201811月30日 ミュンヘン・フィル ゾリステン弦楽四重奏 イシハラホール

 

イシハラホール

A5

 

ハイドン        :弦楽四重奏曲 二長調 作品65-5『ひばり』

ウェーベルン    :弦楽四重奏のための暖徐楽章

シューベルト    :弦楽四重奏曲 ハ短調 D703『断章』

ドボルザーク    :弦楽四重奏曲 ヘ長調 作品96『アメリカ』

ピアソラ        :リベルタンゴ

 アンコール   

        ボロディン      :弦楽四重奏曲第2番 第3楽章  “ノクターン”

        映画『セント・オブ・ウーマン』より “タンゴ”

        ムーン・リバー

 

オデット・カウチ Odette Couch

クレメント・コーティン Clement Courtin

ヴォルフガング・ベルク Wolfgang Berg

トーマス・リューゲ Thomas Ruge

 

ミュンヘン・フィルの今年の日本ツアーは27日福岡(アクロス福岡)、28日名古屋(愛知県芸術劇場)、昨日の大阪フェスティバルホール、そして1日おいて土曜日と日曜日にサントリーホールで2公演。つまりツアー唯一の移動日である30日金曜日の夜に、4人のメンバーが弦楽四重奏を聴かせたことになる。なんとありがたいこと。

 

時間をかけて調べ尽くしてはいないものの、どうやらミュンヘン・フィル ゾリステン弦楽四重と名乗っているものの、弦楽四重団として常時活動をしている団体では無いらしい。ネットを検索しても情報が得られず、常日頃どのような演奏活動をしているかまったく窺い知れない。

 

とにかく第1曲ハイドンの終楽章で早々に魅了されてからは、トップレベルのオーケストラメンバーが本気で組んだらこんな演奏が聴けるのかと、とにかくため息の連続だった。各パートが自己主張をしながらも、正に小さなオーケストラのごとく有機体となって雄弁に音楽を聴かせてくれる。在阪プロオーケストラのメンバーが余暇的に室内楽を演奏するといった趣とは、まったく次元の違う音楽だった。

 

ミュンヘンフィルぞリスデンSQ_20181130

20181129日 ワレリー・ゲルギエフ指揮 ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団

 

フェスティバルホール

3613

 

ブラームス      : ピアノ協奏曲第2

 アンコール    シューベルト(リスト編):糸を紡ぐグレートヒン

                ビゼー(ホロヴィッツ編):カルメンの主題による変奏曲から

                                2幕ジプシーの歌(ホワイトハウスバージョン)

 

ブルックナー:交響曲第9

 

 指 揮  : ワレリー・ゲルギエフ

ピアノ  : ユジャ・ワン

 

コンチェルトの後のソリストアンコール2曲を弾き終わった時点ですでに820分、そしてブルックナー終演が940分と、超重量級プログラム。ミュンヘンフィルの完璧なまでに整ったサウンドと、ゲルギエフの奇をてらうことの無いブルックナーの音楽に誠実に向き合った演奏を大いに堪能した。一方でブラームスではユジャ・ワンの、繊細さと豪胆さの弾き分けとかパッセージ処理といった演奏の真価を実感することなく、1楽章や終楽章でのアクロバティックな両手の動きを三階席の高い位置から目で追いかける程度の聞き方(ここでは “聴く”  とは書けない)しかできなかった。

 

実のところ前半のコンチェルトでは、雄弁に書かれた箇所でもオーケストラは意外なほどに抑制されて聞こえ、またなによりピアノの音も耳に届いてこないことにかなり戸惑ってしまった。というのも、今年3月のオラモ指揮BBC交響楽団での強烈な体験があったから。

 

改めて今年3月のサカリ・オラモ指揮 BBC交響楽団の演奏会のブログにこう書いている。

 

==フェスの3階席はなかなか音が良いことを知っている関西のクラシックファンは多く、普通にネットで購入を試みてもこのあたりの席は、なかなか買えない“裏”プラチナ席。前列の方が終始、頭を下げて寝入っていたおかげで左右に大きく広がるステージを俯瞰できたし、なにより音が減衰するどころか、巨大なホールスピーカーの中に頭を突っ込んだような豊潤でふくよかな響きを堪能した。==

 

う~ん、今回のミュンヘンフィルのチケットもBBC響のときと同じようにチケットピアのプラチナパスを使った先行抽選予約で購入した36列目(BBC響が席番号22番に対し今回は、13番)、でもBBC響のときのような “巨大なホールスピーカーの中に頭を突っ込んだような豊潤でふくよかな響き”といったサウンド的な満足感は確かになかった。恐らくミュンヘンフィルは本来、轟音で圧倒するような演奏をするオーケストラではないのだろう。ただ、それにしても前半のコンチェルトの“薄さ”はなんだったんだろう。ユジャ・ワンは実はピアニスティックな見た目と違い案外に線が細く、またあまり音を飛ばすタイプのピアニストでは無いということなのか。

 

それでも、ブルックナーはまったく素晴らしかった。咆哮とか感傷に溺れるといったことなど一切無い純粋無垢な音楽に浸ることができた。このブルックナーだけでも十分に聴く価値のある演奏会だった。

 

ミュンヘンフィル_フェス_20181129



20181128日 大阪フィルハーモニー第523回定期演奏会 2日目

 

フェスティバルホール

26

 

指揮            : 小泉 和裕

 

モーツァルト            : 歌劇『魔笛』序曲

ヒンデミット            : 交響曲『画家マティス』

シューマン              : 交響曲第2番 ハ長調

 

指揮台上のパフォーマンスも含め、溜めたり煽ったりといった外面的な華々しさで面白く聴かせる指揮者が人気を得がちなのに対して、小泉和裕の指揮姿はとにかく地味。『東海林太郎のような・・・』との終演後にホワイエで耳にした形容も、失礼ながらも思わず “言いえて妙” と苦笑してしまった。たしかに見た目は祝祭的な作品には向かないし、直立不動の指揮姿から引き出される音楽も抑制的で地味に感じてしまいかねない。でも『画家マティス』を過度な圧迫感を避けて雑な音楽に陥ることなく整然とまとめたのも、シューマンの交響曲をフレーズ単位で各セクションの音量バランスをコントロールすることで、音の団子状態に陥ることなく全曲を通したのも、まちがいなく小泉和裕の実力によるものだと思う。交響曲第2番の終楽章フィナーレに至ってもトロンボーンに強奏を求めなかったところなどは、まさに小泉和裕美学の象徴ではないか。演奏後のオケメンバーから指揮者への賛辞も、儀礼的なパフォーマンスではなく、小泉和裕を心から讃えていたようだった。

 

序曲を次曲ヒンデミットと同じ弦16型であえて演奏したのも、交響曲『画家マティス』に向けた合奏イメージを継続させたかったから? まさかね。初日よりも強奏箇所での濁りは薄れたものの、歌劇『魔笛』序曲は半分の編成で良い。

 
大阪フィル_523回定期

っy20181127日 大阪フィルハーモニー第523回定期演奏会 1日目

 

フェスティバルホール

定期会員席

 

指揮            : 小泉 和裕

 

モーツァルト            : 歌劇『魔笛』序曲

ヒンデミット            : 交響曲『画家マティス』

シューマン              : 交響曲第2番 ハ長調

 

一見、奇抜に思える『画家マティス』とシューマンの2番の取り合わせ。実際に休憩を挟んで両曲を聴くと、弦楽合奏が折り重なっていくところだったり、ブラスのコラールだったりと、意外なことにその響きの先に共通性を感じさせられる。なにより、どちらの曲もセクションバランスが完璧にコントロールできるかで演奏の成否が決まる、指揮者の手腕が試されるとても厄介な作品ではないだろうか。

 

これまで小泉和裕といえば、たとえば9月に豊中で聴いた日本センチュリーとのブラームス第4交響曲のように、少々ぶっきら棒で面白みに欠ける演奏ばかりを聴いてきた…というイメージの刷り込みがある。でも、今日でそんな認識を改めます。どんなマジックで『画家マティス』を、そしてシューマンの2番をこうも魅力的に聴かせてくれたのか、是非知りたい・・・指揮者小泉和裕の音楽をもっと聴いてみたい、ということで今日(第2日目)も都合をつけて聴きに行くことにしました。

 

そうそう、躊躇していた日本センチュリーのシンフォニー定期会員継続を、申し込み葉書を本日投函しました。小泉和裕が242回定期(20201月)でシューマンの第1番を振ることが最後に私の背中を押しましたね。

 
大阪フィル_523回定期


20181122日 関西フィルハーモニー管弦楽団 第297回定期演奏会

 

大阪ザ・シンフォニーホール

3LLF8

 

フォーレ             : 組曲『ドリー』 作品56

フランク             : 交響的変奏曲(ピアノとオーケストラのための)

    ――アンコール    ドビュッシー: 亜麻色の髪の乙女

                                                  ドビュッシー: 12の練習曲より第6

サン=サーンス              : 交響曲第3番 “オルガン付き”

 

指揮   : オーギュスタン・デュメイ

ピアノ : 児玉 桃

 

フランクの交響的変奏曲がソロ・ピアノをフィーチャーした作品ということで、前回296回定期とおなじく3階バルコニー席を選択。後になって思うと最廉価のオルガン席に座って、パイプオルガンの音をダイレクトに浴びたほうが面白かったかも。それにしても関西フィルの演奏する音楽を聴いて、ときに厄介な現代曲に挑戦し、その熱演に拍手喝采を送ったことは幾度もあるものの、耳に聞こえる演奏に心震わさせるような感興を覚えたり、背筋がぞくぞくするような興奮を覚えたりといった経験が一度も無いのは何故なんだろう。

 

ところで、今回のコンサート副題 “梢を揺らす銀色の風・・・フレンチ・アンソロジー” って、フランクの交響的変奏曲や、オルガン・シンフォニーの作品イメージとはいささか外れてません?そもそも副題って、コンサートに足を運ぶ人にとって意味あるものなのかな?. 壮絶なる第九” とか “純粋な音楽美を極限まで追求・・・◯◯が鋭く切り込む《第九》” と副タイトルをつけて、 “壮絶な第九” がピリオド奏法による演奏だったり、 “純粋な音楽美を極限まで追求” のはずが、実際は爆演だったりしたら、やっぱいかんでしょ。…などと言っておきながら、来年10月の第305回定期 “轟音警鐘・・・阿鼻叫喚の音楽絵巻、壮絶無比の野心作、ハチャトゥリアンの《鐘》” 楽しみにしてますよ。座布団3枚!素晴らしい副題だぁ。

 

 
関西フィル_定期第297回_20181122





2018
1115日 日本センチュリー交響楽団 第230回定期

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階定期会員席

 

指揮          飯森 範親

 

リムスキー=コルサコフ :交響組曲『シェエラザード』作品35

 

どうしても仕事のきりがつかず、後半のシェエラザードのみを聴く。飯森範親はシェエラザードのような見栄え・聴き栄えのする作品こそ面目躍如……といった演奏の印象を記していくつもりでいたものの、2日後の週末にIMAXシアターで観た、映画“ボヘミアン・ラプソディー”が強烈過ぎた。完全に記憶が上書きされてしまい、シェエラザードの演奏が思い出せない。映画鑑賞記事はブログにしないことにしたものの、実のところ広義の音楽映画であるこの作品の感想をあれこれ書き留めておきたくてしょうがない。もはや伝説と化した1985LIVE AIDの実写映像(YOUTUBEで観れる)と映画用に撮影された映像との奇跡のシンクロなど、まったくどうやって編集したのだろう…、おっと映画“ボヘミアン・ラプソディー”の話はここまで。

 

週末、自宅に戻ると日本センチュリー事務局から来期定期会員の継続更新の案内が郵送されていた。なんとも定期演目を眺めて落胆の限り。どうしてこうなってしまったの? 中型高機能オーケストラとして、その存在意義を示した素晴らしいプログラムがちりばめられた2017年度、そして2018年度から一転、一見して “ありゃ、大阪フィルの定期ラインナップ?” と皮肉にも思ってしまった。これじゃ “大阪プロオケ4つも不要論” に一票投じたくなるなぁ。すでに一週間経過した今でも(1123日)、定期会員継続するか、悩み中です。継続申込期限は125日なので、もう数日考えてから継続するかどうか決めよっかなぁ。

 

日本センチュリ_第230回定期_20181115






20181030日 ザ・シンフォニーホール・ビッグバンド Vol.12

 

大阪ザ・シンフォニーホール

2階EE

 

Music Director       :菊池 寿人

Special Gust         :本田 雅人

 

プログラム

Mean what you say

ミュージカル『My Fair Lady』から“君住む街”

ショパン ノクターン第2

酒とバラの日々

交響詩『わが祖国』より“モルダウ”

 ~休憩~

Theme for B.B.S.

星に願いを

Condolence

Fair Affection

宝島

Megalith

――アンコール

Livertango On Fire ピアソラ作

Sing Sing Sing

 

ザ・シンフォニーホール座付きのビッグバンド・コンサートも、近頃は年4回のハイペース。後半にフィーチャーするゲストプレーヤーによって、コンサートの色合いが毎回異なるのが楽しい。そんな中、シリーズ初ゲストとなった本田雅人を迎えたこの日は、とにかくホットでピカイチのジャズ。アンコール2曲目でのSax3本によるバトルなど聴き応え満載。菊池寿人もいつも以上にハイトーンでリキいってた(最高!)。

 

加えてクラオタ的には “う~ん、挑戦的・実践的にしても、別にそこにこだわらなくても…いいんじゃないの?” などと思わないでもないクラシック編曲物についても、この日はそんな邪念などまったく無しの“お見事”なるアレンジ。そして後半の本田雅人を向かえてからの真剣勝負の連続。この日は前半からアンコールまで、どの曲も熱かった。

 

 
ザ・シンフォニーホールビックバンド_Vol12_20181030

20181026日 大阪フィルハーモニー第522回定期演奏会 2日目

 

フェスティバルホール

2階中央ブロック第1

 

指揮            : パスカル・ロフェ

ソプラノ        : 市原 愛

バリトン        : 荻原 潤

合唱            : 大阪フィルハーモニー合唱団

 

フォーレ                : レクイエム 作品48 1893年ラター版

ストラヴィンスキー      : バレエ音楽『火の鳥』 1910年原典版

 

この週末(113-4日)は、自宅にあるフォーレ“レクイエム”の複数のCD音源を片っ端から聴きまくり。どうもこの数年、大阪で生演奏を聴いた後の週末に改めて同じ曲をCD音源で聴きなおすことが多くなった。よくコンサートの“予習”としてCD音源を聴くという話は耳にするものの、私としては演奏会場で耳に聞こえる音楽をナチュラルな感性で捉えたいこともあり“予習”はしない主義。一方でこうした“復習”は、演奏の感興を改めて思い出したりもでき、なかなか性にあっている。

 

再認識したのは、まずは“ミッシェル・コルボ、ベルン響の72年録音(ERATO盤)”がLP時代から不動のマイ・ベストであること、そして今回ラター版(弦楽はVla8+Vc8+Cb6で、Vlaは常時、またVcは時に2部に)による大阪フィルの演奏が、そのコルボ盤の演奏を思い出させるような、この曲の魅力(とても一言では形容できない)をかなり表出できた演奏だったこと。細部まで覚えていないけど、たとえば“楽園にて”のオルガンの音量を極力小さくする、といったような、コントラストを強くは求めない指揮者の作品に対する意思が徹底された演奏だった。欲を言えば、女性パートのさらなる純度を求めたいし、第5曲途中での転調を導くソプラノのC音を引き伸ばすところがさらにニュアンスに富んでいたら(この箇所に限って言えばジュリーニ・フィルハーモニーがなかなか良い)、などなど、この曲が大好き故の欲もないでなないけど。もし日本センチュリーの定期と重ならなければ、初日と続けて是非聴きたい演奏だったのは間違いなし。

 

後半のストラヴィンスキーもめったに聴くことのない1910年原典版の演奏。CDを持っていても、まずプレーヤーに乗っけることもないままでいたので、もしかしたら今回、始めて聴いたのかもしれない。ちょっとサクサク進めすぎかなぁ。いつものごとくホルン首席の実力が光る。

 

大阪フィル_522回定期


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