あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日記

大阪クラシック2018 第51公演_3

2018
913日 大阪クラシック2018  第51公演

 

大阪市中央公会堂 中集会室

 

モーツァルト               : 3台のピアノのための協奏曲 ヘ長調 K242

バーンスタイン              : ウエストサイド物語『シンフォニックダンス』

                            3台ピアノ版

  ――アンコール     シンフォニックダンスの“マンボ”。

 

 

指揮   : 大植 英次

ピアノ : 大植 英次、 保屋野 美和、 尾崎 有飛、 甲斐 史郎

管弦楽 : 大阪フィルハーモニー

 

ブログ管理メニューの中に、ブログを訪問された方が、どの過去記事(日記)をお読みになったかを知るツールがあって、常々こんな稚拙でニッチな内容のブログの一体、どんな記事に興味をお持ちいただいたかを知る拠り所とさえていただいております。 この1年間で、繰り返し多くの方々に再読いただいた記事(日記)は、なんとも意外なことに、昨年の “大阪クラシック2017”の“第48公演_大阪中央公会堂 ベルリオーズの幻想交響曲(ピアノ4台編曲版)” でした。たしかに、かなり変り種の日記…ではありますねぇ。ということで、新タグ “大阪クラシック” を作りましたので、もしよろしければ、この是非このタグをご利用ください。

 

さて、今年の大植監督の “真剣なお遊び” 第51公演は次の通りでした。

 

昨年と同様、中集会室入り口のドアに会場見取り図。

 
大阪クラシック2018 第51公演_1


一曲目のモーツァルトは、大阪フィルのコンマス、トップ奏者をそろえたベストメンバーによる小編成オーケストラと大植英次、保屋野美和、尾崎有飛による演奏。大阪市中央公会堂中集会室の凝った装飾の内装と高い天井の空間による、想像以上に素晴らしい音響のなかでの充実した演奏。

 

オケメンバー退席のあと、大植監督による甲斐史郎氏の紹介と『キャンディード』の演奏。

  • 大植監督と甲斐史郎氏、そして『キャンディード』については、ヒロノミンVさんのブログ “木漏れ日のシンフォニー” の2014912日の記事 “大阪クラシック第61公演 Piano Spectacular” に詳細な演奏会記録がございます。

 

休憩後は、大植監督が白いブレザーとブラックのパンツに着替えての登場。曰く『バーンスタイン先生が、亡くなる直前のタングルウット音楽祭最後の公演でベートーベンの7番を演奏した際に(病をおしての壮絶演奏として名高い1990819日の公演ですね)、本人が着ていた上着とパンツを直接譲り受けて、自分のサイズに仕立て直したもの。今日、この演奏(シンフォニックダンス)のために着替えてきました』とのこと。

 

その『シンフォニックダンス』の演奏前に、観客に例の “指パッチン” と “マンボ” の掛け声の練習と “キューだし” の確認をしてから演奏開始。大植監督は、甲斐史郎氏が座る中央ピアノの横に立ち、指揮をしたり、甲斐氏と連弾したり、フォイッスルを吹いたりマラカスをも持ち出したり、さらには “クール” でスネアドラム代わりの石を入れたペットボトルを振りながら客席を一周したりと、最高のエンタテイメントを演出。福山事務局長が “エイジ” とかかれたボードを掲げて、会場から “マンボ” のところを “エイジ” と掛け声をかけることで、雰囲気はさらにアゲアゲ。

 

ところでバーンスタイン生誕100周年にともない、たとえば昨年井上道義が畢生(という標記が正しいか?)の大作『ミサ』をフェスティバルホールで上演し、佐渡裕が8月にウエスト・サイド物語のシネマティック・フルオーケストラ・コンサートを東京・大阪の巨大会場で指揮したのに対し、大植英次が振舞う生誕100周年のイベントが、もしこの大阪クラシック第51公演だけだとしたら、ポストを持たない今の大植英次の現状を一ファンとして大いに残念に、かつ寂しく思わざるを得ない。

 

翌朝は朝7時の伊丹発で急遽、東京出張になったので、チケットを購入していた、第66公演能楽師・大槻裕一を迎えた「能」とクラシック音楽のコラボレーションは聴けずじまい。ということで、私の今年の “大阪クラシック2018” はこれでお開き。

 

大阪クラシック2018 第51公演_4


 大阪クラシック2018 第51公演_2


2018912日 大阪クラシック2018  第47公演

 

ザ・フェニックスホール 

1B列19番

 

チェロ        : 近藤 浩志

ピアノ        : 河合 珠江

 

宮川 彬良           : 風のオリヴァストロ

フランシス・レイ     : ある愛の歌

リスト               : 愛の夢

J. ウィリアムズ     : シンドラーのリスト

ラフマニノフ         : アダージョ(交響曲第2番第3楽章)

モリコーネ           : ニュー・シネマ・パラダイス

―― アンコール 

ピアソラ             : アヴェ、マリア

 

曲と曲の合間にトークで、7月から腕の故障で楽器を弾くことが出来なくなり、一週間前にやっと楽器をもてるようになったこと、当初シューベルトのアルペジオーネ・ソナタを演奏するつもりでいたけど、やむなくアンコールピースを集めたプログラムとしたこと、と言った、説明あり。そういえば、7月の大阪フィル定期ではステージ上に姿を見かけなかったなあ。

 

ということで、よく言えば気軽な、それでも(気軽に楽しむ大阪クラシックと言えど、有料公演なので、あえて辛口をご容赦いただければ)昨日の田野倉さんのコンサートと比べると、かなり物足りない内容でした。


大阪クラシック2018 第47公演



2018911日 大阪クラシック2018  第35公演

 

ザ・フェニックスホール 

1B3

 

ヴァイオリン  : 田野倉 雅秋

ピアノ        : 日下 知奈

 

ベートーベン  : ロマンス第2

ドヴォルザーク: スラブ舞曲 作品72-2 (クライスラー編)

パガニーニ    : ラ・カンパネラ(クライスラー編)

ショパン      : ノクターン第20番 遺作 (ミルシテイン編)

サラサーテ    : ツィゴイネルワイゼン

 

―― アンコール 

ラフ          : カバティーナ

ラフマニノフ  : ヴォカリーズ

クライスラー  : 愛の悲しみ

クライスラー  : 愛の喜び

 

大阪クラシック恒例の大阪フィル・コンマスのソロコンサート。今年は例年の大曲ソナタ1本勝負から一転、おなじみの名曲集。アンコール途中から大植監督が登場して“譜めくり”を、そして“愛の悲しみ”ではピアノ伴奏も。とてもハッピーな一時間でした。

 

大阪クラシック2018 第35公演


2018
910日 大阪クラシック2018 第22公演 Zepp Nanba

 

Zepp Nanba 

1H2

 

チャイコフスキー: 弦楽セレナード ハ長調 作品48
 

オーケストラ合同弦楽合奏

1stVn: 田野倉雅秋、里屋幸、三瀬麻起子、友永健二

2ndVn:  増永花恵、永嶺貴洋、横山恵理

Vl:  岩井秀樹、米田舞、飛田千寿子

Vc:  大田雄一、大町剛

Cb:  大槻健太郎

 

昨年の大阪クラシック第34公演で一度経験したZepp Nanba。とにかく日頃、まったく無縁のZeppに入ること自体、なかなかの体験。昨年と同様、“モッシュ・ダイブ・ジャンプ禁止の表示”をちゃっかり撮影。

 

昨年のパーカッション・アンサンブルではまったく気にならない箱鳴り状態の響きも、弦楽合奏となると“演奏を楽しむ場”としてはかなり厳しい。なんだか20代のころ、学生仲間が手作りしたチープなバックロード型ホーンスピーカーでSP復刻版の音を聞いているよう。(なにせ、座席が最前列の左端2番目で、間四角な空間の隅っこ)。

 

演奏前に大植監督の『コンマスの田野倉氏に、自分に振らせろと頼んだのに、ダメだしをされた』とのジョークを交えたスピーチあり。アンコールで “一番有名なメロディーをもう一度…”との紹介で終楽章コーダを演奏して、終演。

 

大阪クラシック2018 第22公演

大阪クラシック2018 第22公演_1

大阪クラシック2018 第22公演_2




2018
97日 J.S.バッハ ミサ曲ロ短調 トン・コープマン アムステルダム・バロック管弦楽団&合唱団

 

ザ・シンフォニーホール

1D25番 

Sanctusからは1N列中央(知人と席交換)

 

J.S.バッハ    フーガト短調 BWV578《小フーガ》

              ミサ曲 ロ短調 BWV232

 

指揮、オルガン              : トン・コープマン

ソプラノ             : マルタ・ボス

カウンターテナー     : マルテン・エンゲルチェズ

テノール             : ティルマン・リヒディ

バス                 : クラウス・メルメンス

 

アムステルダム・バロック管弦楽団

アムステルダム・バロック合唱団

 

いま、自宅でこの日のコンサートの余韻を末永く残すために、そして作品理解の復習のために、丁度3年前の夏にNHK Eテレで放送された鈴木雅明・BCJのロ短調ミサ曲の録画を再生視聴中です。放送内のインタビューでの鈴木雅明による“この作品を演奏する価値について”のコメントは次の通り。

 

『勿論、この曲(ミサ曲ロ短調)はキリスト教のために書かれた音楽ではあるけれど、しかしバッハは、それを私たち現代という社会において、宗教だとか文化だとか政治だとか、そういったものを超えたところにある普遍的価値を直感して作曲した』

 

例年にもまして水害、台風、地震といった自然災害に見舞われている今年だからこそ、ロ短調ミサ曲を聴くことで感じるものがある。(今朝も降り続く雨で自宅近くの河川が氾濫しそうだ、との警戒警報が発令された)。週末の出張先で東京勤務の社員に“今、日本で東京が一番安全かも”と思わず言ってしまったけど、どうか日本全体が安息に、と願う次第です。

 

ザ・シンフォニーホールの豊かな響きに満たされた中で聴くアムステルダム・バロック管弦楽団&合唱団の演奏は、クラシック音楽を聴く上での至高の時間と表現しても過言ではない。今、“ながら”視聴中の鈴木雅明・BCJ(演奏会場はサントリーホール)での、例えばHosanna(ホザンナ)で聴かれるバロック・ティンパニの打ち込みや、バロックトランペットの鋭角的な音といったものは、この日の演奏では全体を通じてかなり抑制されていたように思う。オーケストラ、独唱と合唱が最高次元で融和した、心に深く染み渡る最高のロ短調ミサ曲だった。

 

ホール常設のパイプオルガンでトン・コープマンによるフーガト短調《小フーガ》の演奏の後、オーケストラそして合唱団の入場のあとSymbolum Nicenumニケーア信条)までが連続して演奏された。コンサート開始から1時間半ほどをすでに経過したところで15分の休憩あり。てっきり最後まで休憩なしで進むものと思って聴いていたので、私も含め、恐らく京阪神在住のコアなクラシック愛好家で埋まったホール全体が、“おっと、ここで小休止なんだ”と思ったに違いない。休憩のあとのSanctus(サンクトゥス)からは、合唱団が終曲の8声二重合唱に対応して配置換えを行い、そして出番のないソプラノとバリトンは舞台に上がってこず。

 

終演は920分。ところで小フーガの演奏、演奏会としてはなんか、とってつけた様にも思える。勿論聴けてうれしいけど。


トン・コープマン_ミサ曲ロ短調_20180907




201895日 読売日本交響楽団 第21回大阪定期演奏会 

 

フェスティバルホール

2階 1列目 定期会員席

 

ベルリオーズ: 序曲『ローマの謝肉祭』

チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲 二長調

ドビュッシー: 交響詩『海』

ラベル: ボレロ 【未聴】

 

 指 揮        ジョセフ・バスティアン

ヴァイオリン  : 神尾 真由子

 

先日の台風21号で被害にあわれた皆様に心からお見舞い申し上げます。私は幸いなことに、恐らく“大阪市内で最も自然災害の影響を受けない”公共交通機関、四つ橋線利用なので通勤に支障がなく、台風通過の際もただ一人オフィスで勤務していました。先日の地震のときと同様、帰宅難民など無縁でしたが、オフィスのあるビルの最上階は猛烈な風を受けて揺れに揺れ続けて、30分余り船酔状態でした。

 

それでも思わぬところに台風の余波が・・・!本社幹部を6日早朝(この演奏会の翌朝)に関空でピックアップの予定だったのが、空港閉鎖の緊急対応で成田行きに変更となったおかげで、翌朝7時半までに成田空港に行かなければならなくなってしまった。さすがにフェスティバルホール終演からでは、どう手段を講じても翌朝7時半までに成田空港に到着することは不可能。幸いなるかな、プログラムの後半演目が“海”と“ボレロ”なので、“海”を聴いた後に席を立って、どうにか東京行き最終のぞみ(923分発)に飛び乗った。もしプログラムが前回定期の“復活”のような一曲ものだったら、アウトだったあ~!。

 

さて、この日の演奏についてどのような感興を得たか、をブログに残すに先立って、記しておかなければならないことが

 

私は絶対音感を持っていません。また“このブログを始めるに当たって”に記したとおり音楽の専門教育を受けてもいません。ということで、以下に書くことについては、素人の一音楽ファンのブログ記事としてご容赦(最も、このブログの記事すべて、ですけど)のほどを….

 

と、長い前置きをしてしまったけど、実は前半のヴァイオリン・コンチェルトは、とても“不快”だった。ソロ・バイオリンの音程が余りにハズレすぎている(と私には感じた)。ピンボケ写真を凝視しつづけたような、もしくは眼鏡を外して裸眼(近視、老眼、加えて加齢による軽度の斜視)で街を彷徨っているような不快な感覚に襲われてしまった。長い第1楽章の途中、席を立ってホール外に出ようか、と半分真剣に思ったくらい。前述の台風通過時の船酔気分のほうが、ビル1階という逃げ場があるのでマシだったかも。これでは、さすがに盛んな拍手を受けてステージに呼び出されてもアンコールは“無し”でしょう。ただし第1楽章の後、拍手が起こったくらいだし、終演後は盛んにブラボーが飛んでいたので、あくまでも私個人が“そう感じた”ということ。

 

なお、オープニング曲ベルリオーズも後半のドビュッシーも、読響の各パートの実力通りの演奏。特に“海”での色彩とニュアンスに富んだ各楽器のソロ、精緻なアンサンブル、そして特に終楽章終結部での深すぎず、厚くなりすぎない深い呼吸のブラスが加わってからの、終曲までの音楽のなんと素晴らしいこと。数年前に同じフェスティバルホール(ただし席は異なるけど)で聴いた大阪フィルの演奏とは数段の違い。ラベルの“ボレロ”を聴かずに、後ろ髪を惹かれるように、ホールを後にした。

 
読響_大阪定期_20180905


201893日 ザ・シンフォニーホール・ストリング・クインテット Vol.4

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1H13

 

モーツァルト: ディベルティメント 変ロ長調 K137

ヤナーチェク: 弦楽のための組曲

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番 イ長調『クロイツェル』

               ~作曲者による弦楽5重奏版

 

―アンコール  レスピーギ:古代舞曲とアリア第3組曲 第1楽章“イタリアーノ”

              モーツアルト:ディベルティメント K136 第2楽章アンダンテ

 

クインテットメンバー

1stVn  田野倉 雅秋  大阪フィル首席コンマス

2ndVn  岡本 伸一郎  大阪交響楽団アソシエイトコンマス

Va     木下 雄介     大阪フィル首席奏者

Vc     北口 大輔     日本センチュリー首席奏者

Cb     村田 和幸   日本センチュリー首席奏者

 

クロイツェル・ソナタは、1年前の大阪クラシック201747公演でザ・シンフォニーホール・ストリング・クインテットの1stVn奏者であり、大阪フィルの首席コンサートマスターである田野倉雅秋のヴァイオリン・ソロ、ピアノ菊池裕介の演奏を聴いている。今年3月のVol.3公演で弦楽5重奏版の演奏が告知されてから、“ほとんど協奏曲のように、相競って演奏されるヴァイオリン助奏つきのピアノ・ソナタ(ウィキペディア)”と作曲者自身が称しているこの傑作ソナタが、一体どのように弦楽5重奏にアレンジされているのか興味深々だった。実は演奏会直前まで、ベートーベン本人による編曲だとは知らなかった。作曲者による編曲版が通常の弦楽5重奏であるチェロ2丁なのに対し、チェロとコントラバスによるこの日の演奏では、日本センチュリー首席村田和幸の弾くコントラバスが第2チェロ・パートをオクターブ下げて弾いていたようで、プレスト楽章など、アクロバティックでエキサイティングなことこの上ない。

 

田野倉雅秋の1stVnがオリジナルのヴァイオリン・ソロパートを、そして他の4名がピアノパートを担うのかな、との聴く前の安直な想像はまったくの間違い。ヴァイオリン・ソロのヴァルトゥオーソな一面をひとたび白紙に戻し、曲本来の楽想と綿密に設計された構成をそのままに、新たに弦楽5重奏曲として一から組み上げた、実に聴き応えのある作品だった。勿論、オリジナルを聞き込んできたわけではないけど、編曲版において、その都度に聞こえてくる旋律線が、オリジナルではソロヴァイオリンなのかピアノの右手なのか(案外に左手なのか)を想像しながら、大変面白く聴いていた。

 

ヤナーチェクの演奏も精緻で素晴らしかった。ザ・シンフォニーホール・ストリング・クインテットの公演も今回が4回目。こうした“座付き”ならではの演目を今後も大いに期待したい。もっとも次回(Vol.5)の来場者向けに先行発売をするにあたり、演奏曲目の告知が無いのはいかがなものでしょう。それとチケット代が、ちゃっかり1,000円値上がりしていたのもちょっと残念。

 

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~ ブログ4年目を迎えて ~

拙ブログ “あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日誌” にお立ち寄りいただきまして、ありがとうございます。

 

実のところ、ブログタイトルは3年前にあれこれ思い悩んで決めたものの、いささか長ったらしい・・・・と、気恥ずかしく感じています。タイトルの中に“ほぼ”の文字を加えたのは、“大阪に限らず・・・” ではなく、“クラシック音楽に限らず” の意味を込めたつもりです。“音楽ならジャンルを問わず何でも聴くもんね”、“クラシックしか聴かない偏狭クラオタじゃないのよ” などと心のなかで声を上げながらも、ブログ3年間の記事を振り返ってみると、クラシック音楽以外では レ・ミゼラブルとビッグバンド・ジャズ(ザ・シンフォニーホール・ビックバンド)のみ。学生時代から10年ほど嗜んできた尺八や三曲(お琴、三味線、尺八)演奏会に足を向けることも無く(それでも、毎月最終日曜の夜の “古典芸能への招待” は、欠かせない)、大阪が誇る無形文化遺産である人形浄瑠璃文楽はまだ一度も観に行っていない。う~いかん!大いに反省。今シーズンは、かならず文楽を観なきゃ。

 

さて、昨年の “ブログ3年目を迎えて” でも記しましたが、改めてこのブログに関しての私なりの決め事をお伝えさせていただきます。

 

  • 演奏会は、プロ・アマ、ジャンルを問わず、ブログ対象とすること。

ただし実際に接した演奏会の記録に限定して、たとえばCDDVDBlu-ray等メディアの感想や、音楽に関係した諸事・意見は極力記さない。

 

  • 演奏者ならびに曲目の紹介・説明は記さない。

このIT社会、どんなに珍しい作品であってもその気になればインターネットを通じて誰でも入手できる。まして演奏者のプロフィールなら、ググればいつでも手に入る。

 

  • ホールのどのあたりで聴いたか、席位置についても可能な範囲で記録する。

昨年の日本経済新聞日曜版にサントリーホール設計者、永田音響設計豊田泰久氏の言葉 『ベストの席はありません、すばらしい席はあります。どんなレパートリーが、誰によって演奏されるか。さらには耳を傾ける人の好みが反映されて、その時々に最上の席が生まれる』が紹介されていました。まったくの同感です。私にとって、どの席でその演奏を聴いたのかを記録しておくことは、大変意味のあることです。

 

そして、今年さらにもう一つ

 

  • 作曲者・演奏者の名前は省略しないで記す。

ショスタコーヴィチなど、さすがに言いづらいので、会話で “ショスタコ” と略すのは致し方なしとして、ブルックナーを “ブル”、ドヴォルザークを “ドボ” となると、さすがに度が過ぎるというか、学生オケのメンバーが仲間内でクラオタ談義をしているみたいで、どうにも好きにはなれない。世間一般の感覚からみると、そもそもクラオタの会話なんてスノッブ臭プンプンだろうし、ましてや電車の中で『マラ6が好きで』なんて会話を耳にしたら、普通の人なら変態オヤジのエロ話と勘違いされそう。文学ファンが太宰治を “ダザイ” と言うことはあれ、ドストエフスキーを“ドスト” などと言わないだろうし、美大の学生がミケランジェロを “ミケラ” などと言ったりはしないでしょう(きっと)。

 

ということで、これからも “気まま” にブログを続けていきたいと思います。今後とも、“あーと屋のほぼ大阪クラシック気まま日誌” を、何卒よろしくお願い申し上げます。

 

あーと屋

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201889日 ウエスト・サイド物語 佐渡裕指揮シネマティック・フルオーケストラ・コンサート

 

バーンスタイン生誕100周年記念

佐渡裕指揮 ウエスト・サイド物語

シネマティック・フルオーケストラ・コンサート

 

フェスティバル・ホール

3階123

 

指揮: 佐渡 裕

東京フィルハーモニー交響楽団

 

昨今、新旧の様々な映像作品のシネマコンサートが話題だけど、恐らく2012年の『ウエスト・サイド物語』が口火を切ったのではないのだろうか。前回は大阪会場がオリックス劇場だったこともあり、まったくのスルーだった(東京は、今回と同じ東京国際フォーラム)。今回はフェスティバル・ホールを会場としていること、そしてなによりスクリーンにあわせてフルオーケストラが演奏する“シネマコンサート”なるコンテンツに対する興味が日増しに大きくなっていることもあり、大変楽しみにしていた。当然、選択した席はフルオーケストラを聴くにはベストの席、3階最前列席。ホール音響を楽しむのであれば、もう一つの選択肢として2階の左右バルコニー席があるけど、シネマコンサートに限ってはスクリーンを斜め45度から観る羽目になってしまう。

 

さて、あえて “シネマティック・フルオーケストラ・コンサート”と名乗ったこの公演、どう捕らえようか? この度、巨大スクリーンを通して鑑賞して、改めてミュージカル映画の最高傑作のひとつだと思わずにはいられない。オーケストラによる“序曲”のあと、マンハッタン空撮から始まりウエスト・サイドに暮らす人々の日常、そしてジェット団とシャーク団の対立構造までをダンスとともに見事に描ききった“プロローグ”で、完全に作品の魅力に捉われてしまった。完璧を追求するあまり途中解雇されたジェローム・ロビンズが監督した、そのプロローグでの凝りに凝った撮影時の逸話が、パンプレット内“画面に炸裂する渾身のダンス”の項に詳しく記されている。--因みに、この価格1,000円のパンフレットは非常に読み応えがある。買って良かった。

 

では、売物のフルオーケストラ・コンサートとしてはどうか、と言うと残念ながら、“あ~、こんなもんかぁ” といったところ。弦143管にハープや打楽器奏者6名(たしか)、さらにサックス3本とドラムス、エレキギターまで加えた巨大編成でありながら、とにかく音が飛んでこない。あえてオーケストラを聴くにはベストな3階席最前列に席を取ったのに、こんなにオーケストラの音を貧弱に感じたのは始めて。横に長いステージ背景として置かれた黒い布が音を吸収したこともマイナスだろうし、そもそも演奏自体も縦の線を合わせることのみを求められているわけで、特段に熱気をおびた演奏には聞こえない。昨今のPAが充実したシネコンで映画を観るときのような臨場感にはほど遠い。オーケストラの音量に映画のPAを合わせる必要もあったはず。もしオリジナル音声でシネマ上映をするのであれば、もっとPA音量を上げることも出来ただろう。そういえば、ばんばパークスで観るメット・ライブビューイングなど、実際の歌劇場ではありえないような大音量で、臨場感抜群だ。

 

勿論、映像とのシンクロは見事なもの。例えば、ドクの店でマリアの懇願を請けてやって来たアニタとジェット団との “あざけりのシーン” での音楽など、シーン冒頭のBGMのように流れるジャズバンドのサウンド・トラックからオーケストラの生演奏に切り替わっていくところなど、見事なほどに完璧だっただけに、あえてオーケストラの生演奏を聴く意味を考えてしまう。“生演奏” に勝るものなないだろうって?勿論、おっしゃるとおり。でも聞こえてくる生音が、オーケストラを聴くときの圧倒的な音圧、響きといった迫力を伴っていなかったら、“オリジナルサウンドでいいんじゃないの?” と思ってしまう。ましてや、再現芸術をもって評価されることを生業としているプロ奏者が、毎度定められたテンポや音量を厳格に維持しなければならない作業をわざわざ…とまで思ってしまう。東京は、フェスティバル ホールの2,800人より、さらに大きいキャパ5,000人の東京国際フォーラムでの公演だったらしい。どうだったのだろう。

 

いずれにせよ、名作『ウエスト・サイド物語』を大いに楽しんだのは、間違いない。でも、シネマコンサートなるコンテンツ、今回の経験で十分。

 

 
ウェストサイド物語_20180809


ウェストサイド物語_2_20180809

ウェストサイド物語_1_20180809

201881日 ゲルギエフ指揮・PMFオーケストラ東京公演

 

サントリーホール

2LB 65

 

指揮            : ワレリー・ゲルギエフ

フルート        : デニス・ブリアコフ

PMFオーケストラ

 

ヴェルディ      :オペラ『シチリアの夕べの祈り』序曲

バーンスタイン  :ハリル

マーラー        :交響曲第7番 ホ短調

 

マーラー7番の演奏スピードのなんとも速いこと。15分の休憩の後、演奏が始まったのが8時ちょっと前だったので、“終演は920分過ぎかぁ”と思って覚悟して聴き始めると(翌日は早朝625分羽田発の便で大阪戻り)、どの楽章もサクサクと進んでいき、終楽章が終わったのは9時を僅かに回ったくらい。 “わっ、こりゃ早いわ!”と、実際に腕時計で時間をチェックした第3、第4、第5はそれぞれ9分、10分、14分ほど。勿論、前の二つの楽章もかなりの快速だった。どうだろう、正味67分くらいの演奏だったろうか? もともと構成などあえて意識せず、少々支離滅裂気味に現れる楽想の一つ一つを楽しむ作品なのに、特に中間の三つの楽章など、このテンポでは曲の面白みが感じられない、と感じたのは私だけだろうか。それでも“超”がつくほどの快速で駆け抜けた終楽章は、その疾走感が快感を呼んだのも事実。

 

クラシック・ファンとしてパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)は、発足当時から現在に至る経緯についてある程度の知識はあるものの、関西にいると例えばオーケストラ東京公演のチラシなどを目にすることもなく、ほとんど意識の外にある。今回の演奏会もこの夏枯れ状態のシーズン・オフの最中、東京出張にあわせて聴きにいける演奏会がないか探したところ、音楽友乃社WEBコンサート・ガイドで偶然に見つけ、一週間前にチケットを購入したもの。

 

そんな急遽決めたコンサートなので、~ゲルギエフ・マーラーを振る~とのコンサートサブタイトルとともに、マーラーの7番が演奏されることのみで、他にも演奏曲があるかなどまったく意識しておらず、ホール入場時に受け取るコンサートプログラムを見るまで知らなかった。プログラムには、ヴェルディの序曲が載っていないのは何故だろう。聴かず嫌いのヴェルディなので、演奏を聴いても曲名が分からない、ホールのホワイエにも演奏曲目の掲示もない。後になって、サントリー・ホールのホームページで『シチリアの夕べの祈り』序曲だと確認できた。
=追記訂正 プログラムの差込チラシに曲目紹介がちゃんとありました。==


20180801PMFオーケストラ_東京公演_

PMFオーケストラ_東京公演1_20180801

PMFオーケストラ_東京公演2_20180801

2018727日 大阪フィルハーモニー第520回定期演奏会 2日目

 

フェスティバルホール

2R 52

 

指揮            : 大植 英次

ピアノ          : イェウン・チェ

女声合唱        : 大阪フィルハーモニー合唱団

 

ヴィヴァルディ  :ヴァイオリン協奏曲集『和声と創造への試み』作品81-4“四季”

ホルスト        :組曲『惑星』作品32

 

『惑星』全曲の実演初体験。2012年に井上道義が大阪フィルとザ・シンフォニーホールで、ヨハン・シュトラウスの“天体の音楽”を前プロにおいてマチネーシンフォニーVol.7で演奏した際は、残念ながら聞き逃している。--平日午後2時からのコンサートなので、普通に仕事しているサラリーマンには無理ですね。それにしても、平日午後に『惑星』全曲演奏するなんて、今になって思うとかなりぶっ飛んでる。

 

“ぶっ飛んでる”といえば、演奏の開始にあたって奏者が全員起立した際に、最後列右端の打楽器奏者がマレットを手に持っていたので “??” と思って注視していると、“火星” 冒頭、タムタムを弦のコルレーニョと共に例の5拍子のリズムでたたき続けたのには、びっくりしてしまった。不気味な響きを求めるにしても、まさかタムタムも一緒にリズムを刻ませるとは!--手持ちのスコアではタムタムでなくゴング、ましてリズム刻みも無いけど、大植英次の指定?-- 特にステージ全体を近距離で俯瞰できる2日目は、そんなこんなの発見の連続で、楽しくてしょうがなかった。

 

ホルスト生誕の地チェルトナムには、以前の勤務先の英国子会社があったことで、幾度か訪問したことがある。私のなかではホルストの作曲家としてのイメージがチェルトナム、そして近郊コッツウォルズ地方の豊かな自然とシンクロしていていた。『惑星』が作曲された当時とても前衛的であり、さらにその作品の魅力が今に至っても全く色あせていないことは承知のことにしても、こうして『惑星』実演に接するとオーケストレーションの妙や、さまざまな仕掛けがとても刺激的で、“素朴な旋律が魅力の佳作を残した英国田舎の作曲家”との(どうやら誤った)認識は完全に書き換えられてしまった。

 

昨日は多少の雑さが散見された “火星” 、そして “土星” “天王星” も、今日はまったく気にならなかった。恐らく2日目に際して修正されてきたのだろうけど、なにより初日の定期会員席が1階席中央ボックス席の直ぐ後ろで、ステージからの直接音が中心に聞こえてくるのに対し、今日は2階右側バルコニー席でホール・トーンも十分で、アラが目立たない、といったこともあったのかもしれない。大植英次は、いつもの通り定期初日での“ここまでなら・・・どう?” と手探りだった表現が、2日目になると指揮台の上で踊ってみたり、指揮棒を振り回したりのパフォーマンスとともに、演奏も粘ったり煽ったりの “大植節” 全開でオーケストラを振り回すことしきり。結果、“木星” などは初日以上にツボにはまった快演。

                

チェンバロの弾き振りの“四季”もソリストを無理やり従わせた感のあるアンサンブルで、率直なところ “春” や “秋” は、いささかその“大植節”が鼻につかないでもない一方で、“夏” と “冬” はアンサンブルのキレもよく、またその対比としての夏の “気だるさ” など、酷暑に聴くにはピッタリだったかもしれない。(昨日のブログでも記した通り)。

 
大阪フィル_520回定期

2018726日 大阪フィルハーモニー第520回定期演奏会 1日目

 

フェスティバルホール

1階定期会員席

 

指揮            : 大植 英次

ピアノ          : イェウン・チェ

女声合唱        : 大阪フィルハーモニー合唱団

 

ヴィヴァルディ  :ヴァイオリン協奏曲集『和声と創造への試み』作品81-4“四季”

ホルスト        :組曲『惑星』作品32

 

明日2日目も聴きに行くので、簡単に・・・

『惑星』はまだ曲ごとに仕上がりに差があり、明日の演奏で特に“火星”、“土星”、“天王星”をどこまでまとめ上げてくるか楽しみ。それよりも“前座”として捕らえていたヴィヴァルディ『四季』が良い。“夏”の音楽が、酷暑のなかで聴くとその気だるさの描写が実に共感できる。

 
大阪フィル_520回定期


2018724日 ザ・シンフォニーホール・ビッグバンド Vol.11

 

大阪ザ・シンフォニーホール

2階EE

 

Music Director       :菊池寿人

Special Gust         :古澤 巌

 

プログラム

Oh So Docks Swing

Memories of You

マンテカ

テネシーワルツ

映画『007』よりジェームズ・ボンド・メモリー

Sweet GeorgiaBrown

Olas

Margarita

My Funny Valentine

Paganiniana

 

――アンコール

 ミスターロンリー “ジェット・ストリームのテーマ”           

Livertango On Fire ピアソラ作

 

ザ・シンフォニーホール・ビッグバンド・コンサートも今回でVol.11。前回聴いたVol.6が丁度1年前の7月で、奇しくもゲストプレーヤーは同じ古澤巌。その後、1年ほどに間にあった4回(Vol.7からVol.10)は、ことごとく都合つかずで、実に残念なことをした。

 

とにかく最高の暑気払い。アレンジはどれもハイセンス。プレーヤーは全員とにかくムチャクチャ上手いのに、ビッグ・バンドとして実に見事にまとまっている。もし自分が菊池寿人だったら、“こんなクソ暑いなかよく来たね~っ”とばかりにブリブリにハイトーン利かせて“ほら、おれ凄いっしょ!”と自己満かましてしまいそう。特に今夜は実験的なアレンジの曲が無く疲れなかったのも良かった。勿論、じっくり聴いていると、どの曲も相当に凝ったアレンジばかりだけど。

 

今日(このコンサート翌日)は、早朝7時伊丹発のANAで東京に出張。どうやら関東地方は若干暑さが和らいだようで、日中も倒れるほどの灼熱さは感じられなかったし、陽が沈んでからはだいぶすごし易い。明日は早朝のANA便で酷暑の大阪に戻った後、大阪フィル定期のホルスト“惑星”を聴いて、改めて暑気払い。

 
シンフォニーホール_ビッグバンドVol11

2018720日 大阪フィルハーモニー ベートーベン交響曲全曲演奏会 第3

 

フェスティバルホール

3階席1列目

 

ベートーベン

交響曲第6番 へ長調 作品68 『田園』

交響曲第5番 ハ長調 作品67 『運命』

 

指揮            : 尾高 忠明

 

尾高忠明の音楽監督就任とともに始まったベートーベン交響曲全曲演奏会の第3夜。性格の全く異なる作品番号が連続した二つのシンフォニーを、初演時のように連続して聴くことの出来る、ありそうでなかなかない貴重な機会。

 

演奏は、第1番、第2番が演奏された5月の第1夜で抱いた印象と共通したもの。両曲とも弦16型で、かつての大フィルを懐古するかのような演奏。一昔まえに潮流となった、猫も杓子も…といった感が無きにしも非ずのピリオド奏法などには背を向けた、重厚長大な演奏こそ、重心の低い大阪フィルに相応しい。フェスティバルホール音響最良席である3階最前列で聴く“大フィルサウンド”を大いに楽しんだ。

 

休憩後の第5番シンフォニーの第1楽章のあまりに厳しい音楽の迫力に圧倒され、思わず涙してしまった。“わっ、これは凄い演奏になる”と思ったのだけど…第2楽章の異質で無神経なトランペットにより“名演”への期待は一気に萎んでしまった。う~ん…。でも終楽章のアッチェレランドで、最後は興奮の坩堝。

 

日本センチュリーの定期と被ってしまった11月の第4夜(第7番、第8番)は見送りの予定。轟々としたベースに支えられた大フィルサウンドを聴きそびれてしまうのは惜しいな。

 
大阪フィル_ベートーベン_第3回_20180720

201875日 日本センチュリー交響楽団 第227定期

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階定期会員席

 

指揮          クリストフ・ケーニッヒ

チェロ          ジャン・ワン

 

チャイコフスキー        ;幻想的序曲『ロメオとジュリエット』

ショスタコーヴィチ      :チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 作品107

      ――アンコール  中国古謡 二泉映月 

シューマン              :交響曲第3番 変ホ長調 作品97“ライン”

 

終演後の拍手に応えて指揮者クリストフ・ケーニッヒのスピーチあり。拍手を手で制したので“おっアンコール?”と少々卑しくも思ってしまった《笑》。“こうしてオーケストラを指揮するのは初めてですが、実はかつてボーイソプラノとして東京、大阪を幾度も訪れたことがあります。そのときに日本語の歌を歌ったのを覚えています。”といって、ワンフレーズ歌った。聞き取れなかったけど、なんの歌だったのだろう?

 
日本センチュリ_第227回定期_20180705


オーケストラはいつもどおり上手い。全体のサウンドはこのオーケストラの特長である重心がやや高めの音色ながら、特に後半曲“ライン”での深みを帯びた響きのホルン(前半のコンチェルトのソロもまた見事)やトロンボーンが盤石で、聴いていて安定感がある。その“ライン”は、全体の印象として、とにかくリズムの強調よりも流れを意識した、例えて言うとロードバイク用のヘルメットのような形状をイメージさせる流線型の音楽。実際、頭の中で演奏を聴きながらこんな形状をした立体CAD画像がいろいろと色を変化させながら3軸で回転していた。(我ながら、演奏を聴きながらある立体形状をイメージするなんて面白いなぁ)。
ライン3_20180707

シューマンは作曲の際、ドイツを流れるライン川のどのあたりをイメージしたのだろうか。この日の演奏の演奏は、中流のローレライでもケルン大聖堂横を流れる滔々たる大河でもなく、川幅狭く透明度の高い水が静かに流れるスイスとの国境沿いの流れをイメージさせた。

 

ライン川_20170707

ライン川唯一の滝であるSchaffhausen 近郊のライン滝 今年4月に撮影
ライン側2_20180707



いままで幾度か実演を聴いたことのあるジャン・ワンは、決して奥深すぎず、深刻すぎない音色と表現をするソリストだったと、なんとなくだけど記憶している。・・・当時から、こうしてブログに演奏記録を書き留めておけば、そのときの印象をもっと鮮明に振り返ることができたかも…。この日の演奏も、そんな獏とした奏者に対して抱いていたイメージ通りのもの、そしてそれはこのチェロ協奏曲にみごとに符合していたのではないだろうか。特に第3楽章後半の長いカデンツァから終楽章にかけての、いろんな感情が複雑に絡みあったような、そしてそれを少し醒めた目で俯瞰しているような冷酷さすら感じさせるソロ演奏だったと思う。ジャン・ワンはどんなバッハを弾くのだろうか?

 

なおチャイコフスキーは、オーケストラ・ピースに限ると個人的な好きと嫌いがはっきりしていて、『ロメオとジュリエット』は“胡散臭さ”プンプンで特に苦手な作品の一つ。とにかく聴いていて疲れる。

 

連日の豪雨のために高速山陽道も山陽新幹線もストップしてしまい、この週末は大阪市内に軟禁状態。8日日曜日の福山シンフォニーオーケストラの定期演奏会を福山リーデンローズに聴きに出かけるつもりだったけど、断念。ラフマニノフの交響曲第2番がメインなので、楽しみにしていたのに…。

 

 

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