あーと屋のほぼ大阪クラシック演奏会気まま日記

2019712日 関西フィルハーモニー管弦楽団 第303回定期演奏会

 

大阪ザ・シンフォニーホール

3LLC5

 

メンデルスゾーン :オラトリオ『エリア』作品70

 

指揮            : 飯守 泰次郎

ソプラノ        : 石橋 栄実

あると          : 福原 寿美枝

テノール        : 畑 儀文

ソプラノ        : 田中 めぐみ

アルト          : 村井 優美

テノール        : 総毛 創

バス            : 武久 竜也

合唱            : 関西フィルハーモニー合唱団

 

いつものごとく、この週末は復習を兼ねて唯一の手持ちCDであるフリューベック・ブルゴス盤(EMI1968年録音盤)を3回連続で聴いて、さらにYouTubeにアップされた複数の音源をながら聴き。とうとう“エリア”に完全にはまってしまった。途中休憩でお会いした友人が、“やっぱり冒頭の合唱(第一曲)はドイツ語Hilf, Herrよりも英語でHelp Lordと歌われたほうが迫力がありますね”とおっしゃってたけど(その時、えっ?英語テキストって誰かの翻訳版ですか?などと、今思えば頓珍漢なことを言ってしまった)、英語テキストで歌われたブルゴス盤を聴くと確かにHelp Lordのほうが、インパクトが強烈。さらにいえば、英語テキストは聴いていても何となく意味が取れる箇所が多いので、確かに聴きなじみ易い。

 

こうして週末(連休3日間)に総じて6回ほど“エリア”を聴き通した後、改めて飯守泰次郎・関西フィルの演奏を思い返すと、“実演に勝るものなし”と思いつつも…≪汗≫…というところ。如何せん、ブルゴス盤は歌手陣がゴージャスすぎる。いずれにせよ、CD20年も前に購入しながら、いつか聴くだろ…と未開封で埃をかぶったままだったのだから、やはりこうした実演の機会を得られたのが何よりありがたい。4年前の“聖パウロ”に続き大曲に挑戦した関西フィルと合唱団に喝采を送りたい。

 

関西フィルは日本人近代作曲家3名の作品で定期プログラムを組んだり(先月第302回)、秋にはハチャトゥリアンの“鐘”をラインナップしたりと、在阪プロオケでも、なかなかに尖がっている。

 

 20190712_関西フィル

201975日 エリアフ・インバル ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団 三重文化会館

 

三重文化会館大ホール

1階189

 

エリアフ・インバル指揮

ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団

ピアノ : アリス=紗良・オット

 

モーツァルト    : ピアノ協奏曲第21番 ハ長調

  ―― アンコール    ショパン ワルツ 第19番イ短調 

マーラー        : 交響曲第5番 嬰ハ短調

 

指揮者とオーケストラの良好な関係はその演奏に現れるものらしい。先週のザンデルリンクとドレスデン・フィルに続いて、インバルとベルリン・コンツェルトハウス管の成熟した関係が導く成果物としてのマーラー演奏を聴いて、あらためてその思いを強くした。インバルの実演をさほど聴いてきたわけではないけど、それでも幾度となく録音で聴いてきた彼のマーラーとは、やはりだいぶ違う。ディテールに徹底的にこだわりながらも極度なディナーミクやこけおどしといった虚飾がない。全曲を通して、インバルの棒にオーケストラが見事に応えている。比較的普通に感じたのは第1楽章のみ。その後は、とにかく関心したり、おおっそうくるかとニヤッとしたり、ハッとさせられたり。実に聴きごたえがあった。

 

初めて訪れた三重文化会館大ホールはシューボックス型でありながら、キャパが1,900人と大きく、天井を高くしすぎたためか意外に響きが薄い。座った平土間1階のほぼ中央列の席では低域から高域までフラットにきこえるものの、ステージから音が飛んでこない。モーツァルトのPコンを聴くには器が大きすぎる。マーラーも、さすがに芸文コベルコホールにようにステージ上の空間で鳴っている音を求めて意識して聴きにいくようなことも、京都コンサートホールのように頭上から後方に音の塊りが消えていくようなことはないにしても、フルオーケストラの大音響に身を浸す快感は得られなかった。

 


インバル_ベルリンコンツェルトハウス管_20190705
 

201974日 アンドレイ・ガヴリーロフ ピアノリサイタル ザ・フェニックスホール

 

ザ・フェニックスホール

2AA15

 

ピアノ  : アンドレイ・ガヴリーロフ

 

シューマン              :蝶々 OP.2

シューマン             :交響的練習曲 OP.13

ムソルグスキー         :組曲『展覧会の絵』

 

―アンコール       ショパン      :ノクターン第4番 OP15-1

                   プロコフィエフ  :四つの小品 OP4 より“悪魔的暗示”

 

アンドレイ・ガヴリーロフは半世紀も前にチャイコフスキー国際コンクールを若干18歳で優勝したらしい。それ以降のキャリアは詳しくは知らないし、まったくもって興味もわかない。少なくともフェニックスホールで聴いた演奏は、あまりにも粗暴で品のない暴演(爆演ではない)。このピアニストの演奏をもう二度と聴きたいとは思わない。

 

第一曲目“蝶々”を聴いていて感じた強烈な違和感(変わった節回しや、一部の声部を強調させた不思議な響き)も、このピアノストの持つ個性だろうと肯定的に捉えていた。ところが交響的練習曲での“ピアノをぶっ壊そうとしているのではないか”とすら思えてしまうような破壊的な打鍵(エチュード第10番の最後など、信じられないことにスタンウェイを数センチも前に突き押してしまう)に唖然としながらも、演奏自体は荒っぽくむちゃくちゃだし、ペタルを踏みっぱなしのために音は濁りまくりで、大いに首を傾げてしまった。

 

ジャズアレンジでもしだしたのかと思わせるようなプロムナードで始まった“展覧会の絵"に至っては、ただ見世物として面白いだけで音楽的には完全に破綻してしまっている。“このピアニスト(かつては知らず)恐らく楽譜に忠実な演奏は(もはや)できないにちがいない…。”“彼の弾くバッハもショパンも、絶対に聴きたくはない。”と思いながら、悲しく不愉快な気分にさせられた演奏をどうにか聴き終えたところで、アンコールはなんとショパン、それもよりによって大好きなノクターン4番を弾きだした。あのショパン演奏は私の美学には全くそぐわない。

 

それでも終演後は多くのスタンディングオベーションが送られ、本人もご満悦でピースサインをしてステージを降りて行ったのだから、私の感性が他とは少し違うのだろう。

 
アンドレイ ガヴリーロフ_20190704

2019628日 ミヒャエル・ザンデルリンク ドレスデン・フィルハーモニー ザ・シンフォニーホール

 

ザ・シンフォニーホール

1階O4

 

シューベルト    :交響曲第7番 ロ短調“未完成”

ベートーベン    :交響曲第5番 ハ短調“運命”

ドヴォルザーク  :交響曲第9番 ホ短調“新世界より”

  ――アンコール     ドヴォルザーク:スラブ舞曲第1集第8

 

G20大阪サミットにともなう交通規制による思わぬ余波を被って週末大阪滞在としたことで、前日の福井敬リサイタルとともに聴きにいくことにした演奏会。日曜日のマチネ、未完成・運命・新世界よりの表題付き交響曲、ドイツのオーケストラ、そして比較的リーズナブルなチケット価格ということで、ホールは家族連れも多くみられほぼ満席。

 

ミヒャエル・ザンデルリンクとドレスデン・フィルハーモニーは、2年前の来日公演時も諸事情により東京芸術劇場で聴く機会を得たことを思えば、ちょっとした縁があるかもしれない。ただ、そのときのブログ記事を読み返しても、いつもながらにたいしたことも書いてなくて、どんな演奏だったか思い出せない。特段に惹きつけられた演奏でなかったみたい。

 

というわけで、あまり期待をしていなかった今回のコンサート、3曲ともルーティンワークなどではない、8年間にわたって首席指揮者を務めてきたミヒャエル・ザンデルリンクとこのオーケストラのとの関係性の良さが成熟した形で見事に演奏表現として発揮された、なかなかに聴きごたえのある演奏会だった。前半のシューベルトとベートーベンは、Vn両翼配置で指揮者は指揮棒なしの手振り、休憩後のドヴォルザークでは弦の配置を現代式に変えてタクトを持っての指揮。乾坤一撃のごとくの一発振り下ろしで“運命”の出だしを決めてしまうのなど、さすがの一言。

 

一曲目“未完成”が演奏解釈の際立ちとしては、一番の聴きものだった。アタッカで連続して演奏された第2楽章での木管群や弦の響きはまさに旧東ドイツからの伝統の響きなのだろう。一方で、後半ドヴォルザークで金管がかなり奔放に吹きならすので弦や木管群の響きとのミスマッチが気になったのと、ティンパニの音が時に大きくズレたり(頻繁なマレットの持ち替え作業に一所懸命すぎか?)だったのが残念。

ドレスデンフィル_20190630

2019627日 福井敬 スペシャルリサイタル ザ・フェニックスホール

 

ザ・フェニックスホール

1階A6

 

福井 敬

 

 =スペシャルゲスト

清水華澄  メゾ・ソプラノ

高橋宏奈  ソプラノ

 

谷池重紬子 ピアノ

 

1

セレナーデ      福井敬          リヒャルト・シュトラウス      

愛を抱いて       福井敬            ≎同上≎

万霊節                清水華澄          ≎同上≎

献呈                  清水華澄          ≎同上≎

 

ほおずき              福井敬          三善晃/荻原                   

悲しくなったときは    福井敬          大中恩/寺山修司

悲しくなったときは  清水華澄        中田喜直/寺山修司

歌をください      清水華澄        中田喜直/渡辺達生

 

2 

ビゼー 歌劇『カルメン』より  

 

1

ハバネラ〝恋は野の鳥”         清水華澄(カルメン)

母の便りを                     高橋宏奈(ミカエラ)、福井敬(ドン・ホセ)

行きましょうセギディーリャへ   清水華澄、福井敬

2

酒場で~〝花の歌”             清水華澄、福井敬

3

何を恐れることがありましょう   高橋宏奈

4

闘牛場の前で                   清水華澄、福井敬

 

 ――アンコール 

                からまつ        福井敬

                乾杯の歌        福井敬、清水華澄、高橋宏奈

 

福井敬氏承認の非営利ファンサイト 福井敬. net主催のスペシャル・リサイタル。第5回目の今回は日本を代表するメゾ・ソプラノ清水華澄さんと若手ソプラノ高橋宏奈さんを呼んで、前半にリート、後半にカルメン抜粋という贅沢なプログラム。この団体のお世話役のお1人で日ごろお世話になっている知人ご厚意で、なんと最前列かぶりつきの席で聴かせていただいた。

 

前半リートでの細やかな息づかいと技巧の何たるすばらしさ。特に日本語の歌を聴くと、言葉の一つひとつをいかに丁寧に扱っているかがはっきりと感じ取れる。寺山修司の〝悲しくなったときは”を、二人の作曲家がそれぞれ歌にしたものを福井敬さんと清水華澄さんとで続けて歌うという、凝った選曲もすばらしい。

 

2部カルメン抜粋では、福井敬さんがデュトワ・大阪フィル〝サロメ”でヘロデを歌っていた、その同じ時間に東京での二期会〝サロメ”で清水華澄さんがヘロディアスを歌っていた、その二人が目の前で歌い演じるカルメンとドン・ホセをわずか1メートルほどの至近で観るという、これまたなんとも贅沢の極み。日本を代表するテノールとカルメンがはまり役のメゾ・ソプラノなのだから、魅せられないわけがない。それにしてもお二人とも何たる声量だこと。華麗なミカエラの高橋宏奈さんも加わり、とにかく魅力満載のリサイタルだった。

 

終演後、福井敬さん、清水華澄さん、高橋宏奈さんも参加してのオフ会で、楽しいひと時を過ごした。

 

福井敬_リサイタル_20190629

2019621日 大阪フィルハーモニー第529回定期演奏会 1日目

 

フェスティバルホール

定期会員席

 

指揮            : ヨエル・レヴィ

 

モーツァルト    : 交響曲第38番 『プラハ』K504

ヤナーチェク    : 狂詩曲『タラス・ブーリバ』

ヤナーチェク    : シンフォニエッタ

 

38番『プラハ』はハフナー交響曲以降の後期交響曲のなかで一番好きな作品。その演奏がなんとも素敵だった。出だし木管が少し乱れたのも早々に修正され、シンフォニックな響きをしっかり保ちながらも常に柔らかくレガートに徹した演奏は、聴いていてなんとも心地いい。第1楽章第2主題の可憐さは思わずうっとりさせられる。

 

シンフォニエッタは、デュカスのラ・ペリのファンファーレとともに耳にするたびに高校時代が思い出される、なんともノスタルジーを掻き立てる作品。第1楽章ファンファーレで、ユーフォニームに続くティンパニとのユニゾンがバス・トランペットだったり(トロンボーンだと思っていた)、第3楽章でホルンの窒息しそうな連続パッセージがあったりなど、かつてのステレオ(LP盤)では気づかなかったたくさんの発見があって楽しかった。

 

ただし演奏は、残念ながら少々不完全燃焼ぎみ。いつものとおりの復習を兼ねて録画しておいたフルシャ・N響の演奏(N響第1909回定期:先週のクラシック音楽館)に比べて、特に第3楽章など物足りないし、エンディングでのバタつきも残念なところ。翌日(2日目)は演奏もこなれて、より踏み込んだ演奏になっていたのだろうか。聴けなくて残念。

 

 
大阪フィル_529回定期


2019618日 松浦奈々 ベートーベン ヴァイオリンソナタ全曲ツィクルス 第3回 

 

ザ・フェニックスホール

1階C19

 

ヴァイオリン           :松浦 奈々

ピアノ                 :須関 裕子

 

ベートーベン          ヴァイオリンソナタ第4番 イ短調

                       ヴァイオリンソナタ第9番 イ長調 『クロイツェル』

                       ヴァイオリンソナタ第10番 ト長調            

  ―  アンコール            ロンド

 

大変満足度の高いコンサートだった。特に休憩を挟んで演奏された最後の10番ソナタの集中度はすばらしい。松浦奈々の音程が終始、おどろくほど正確である。そして二人の奏者の呼吸が見事に一致していた。収録用のマイクがステージ中央の高い位置に置かれていたので、録音のバランス取りの都合だったのだろうか、松浦奈々がピアニストの真横に立って演奏したことも良かったのかもしれない。

 

実のところ過去2回の演奏会を通じて、特段に個性的な音色や過度なダイナミズムをもたせることなく、また古典主義を追求するとか、ロマンティシズムを過度に表に出すといった表現の振幅を感じさせない中庸な演奏スタイルを、ついつい凡庸と捉えてしまっていた。特に、2回最後に聴いたアンコール曲〝ロマンス”でのピアノ伴奏のキマジメさがそれを印象付けてしまっていた。

 

中期の傑作〝クロイツェル”と唯一の後期作品10番をプログラムしたこの日のツィクルス最終第3回がどのようなものになるのか、すこし身構えて臨んだ演奏会だったけど、結果は冒頭に記したとおり。充実の最終回で見事ツィクルスを終えた松浦奈々に大きな拍手!


松浦奈々_バッハ無伴奏_20190204

 

2019614日 関西フィルハーモニー管弦楽団 第302回定期演奏会

 

大阪ザ・シンフォニーホール

3LLD4

 

指揮            : 鈴木 優人

ピアノ          : 小菅 優

 

黛 敏郎       : シンフォニック・ムード

矢代 秋雄     : ピアノ協奏曲

  ― アンコール  矢代 秋雄: “夢の舟”(指揮者との連弾)

芥川 也寸志   : 交響曲第1

 

1950年代から60年代に書かれた日本人作曲家の作品を、小品・コンチェルト・交響曲と敢えて定型プログラミング。もっともシンフォニック・ムードも決して小品などではないし、前半が終わった時点で開演から1時間を経過するなど、たいへん内容の濃い演奏会。大概は満席になる関西フィルも、こうした曲目だとざっと6割ほどの入り。

 

演奏会プログラム(冊子)にある栫大也《かこいまさや》氏の、単に作品紹介ではなく、三人の作曲者とその時代背景の考察に各1頁を割いたプログラム・ノートは、とても内容深く貴重なもの。いつもはさっと目を通して、そのままホールのごみ箱送りだけど、今回のものは私にとって永久保存版の価値あり。毎度のこと、週末にコンサートの復習でプログラム曲のCDを探してみたら、なんとNAXOSの “日本作曲家選輯~片山杜秀エディション” に芥川也寸志の交響曲第1番が含まれていなかった。残念、もう一度振り返りで聴いてみたい。

 

それぞれについての戯言

シンフォニック・ムード

2部の狂乱状態の大音量のなか、チェロがひたすら超高速のパッセージを弾いている(LLD席なので正面に見える)けど、音は完全に埋没してしまって聴こえない。ありゃ、きっと奏者はたまんないだろうな、と思いながら聴いていた。

 

ピアノ協奏曲

ピアノソロは暗譜。もし一瞬でも記憶がとんだら、どうなるんだろうと思いハラハラしながら聴いていた。

 

交響曲

管弦打、各セクションが混とんとすることなく耳にとどく。オーケストレーションに無理が無い、ということだろうか。それでも、6本のホルンは金管合奏での中音域の厚みをもたす役割に終始しているなど、聴き映えはもうすこし。ホルン奏者、つまんないだろうな。

 

〝欧和饗宴_鈴木&小菅が三大巨人に挑む衝撃の日本プログラム”とは、相変わらずのインパクト抜群のコンサートサブタイトル。10月のハチャトゥリアンの交響曲第2番『鐘』といい、今期の定期ラインナップでの関西フィルの攻めの姿勢は在阪オケ随一。ちなみに10月定期のタイトルは〝轟音警鐘…阿鼻感興の音楽絵巻、壮絶無比の野心作《鐘》、ついに上演”だ。指揮者は爆演系がお好きな藤岡幸夫なので、否が応でも期待してします。今週木曜日、いよいよチケット発売だ。

 

関西フィル‗定期‗20190614
 

2019613日 日本センチュリー交響楽団 第236回定期

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階定期会員席

 

指揮          :ヤーノシュ・コヴァーチュ

ピアノ          :ガーボル・ファルカシュ

 

バルトーク      :舞踏組曲 BB86a

リスト          :ハンガリー狂詩曲 第2 S.244

リスト          :ハンガリー幻想曲 S,123

  --- アンコール  ショパン :〝春”ト短調Op74-2

バルトーク      :弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽 BB 114

 

日ごろこのブログに書いているとおり、ゲンダイオンガクはからっきしで、音楽史において鑑賞の対象として捉えられるのはバルトークあたりまでが限界。いささか名曲演奏会のようなラインナップが続く今期の日本センチュリー定期で、この日は滅多に生演奏を聴けない〝弦チェレ”※をメインに据えた魅力的なプログラミングで、とても楽しみにしていた。

 

ヤーノシュ・コヴァーチュの演奏解釈は意外なほど中庸で、中間2曲のリストはもっと民族色豊かなコテコテのお国もの演奏を想像していただけに、少々拍子抜けしたというのが正直なところ。他方で、バルトークの〝弦チェレ”※ は最初にこの曲を知ったカラヤン・ベルリンフィルのLP盤の醒めた厳しい曲のイメージからは離れ、ほのかな暖かみを感じさせる不思議な音楽体験だった。

 

※ 日ごろからマラ6やらシベ2などといった珍妙な曲名の省略は〝私クラシック音楽マニアです”とのスノッブ臭を感じてしまい、どうにも好きになれない。でも、さすがにこの曲名は語るに長すぎる。

 

 
日本センチュリー‗定期‗20190613


201968日 デュトワ指揮大阪フィルハーモニー  リヒャルト・シュトラウス 『サロメ』

 

フェスティバルホール

2329

 

指揮            : シャルル・デュトワ

サロメ          : リカルダ・メルベート(ソプラノ)

ヘロデ          : 福井 敬(テノール)

ヘロディアス    : 加納 悦子(メゾ・ソプラノ)

ヨナカーン      : 友清 崇(バリトン)

 

デュトワがサロメを振る。こんな大イベント、聴き逃すわけにはいかない。

幸いにして〝サロメ”は登場人物が多い割に比較的単純なストーリー展開の作品。要所でステージ上部に表示された字幕に目をやる程度にして、極力、聞こえてくる音に集中してリヒャルト・シュトラウスの音楽を、そしてデュトアの指揮を堪能した。かつて幾度となくガッカリな演奏を聴かされてきた大阪フィルの、あまりにハイレベルな演奏に大変満足。聴き終わった直後〝あ~そうだった、これ大阪フィルだったんだ”とおもわず声に出してしまった。

 

場面転換の音楽や、全曲のなかでも異質な音楽〝7つのヴェールの踊り”の、ここぞとばかりにオケを操るデュトワに応えた大阪フィルが見事だったのは勿論のこと、全曲を通じてテキストにそって緻密に描かれた音楽を、時に艶めかしく妖艶に、また時に冷酷にと描き分けたデュトワの手腕は、まったく凄いとしか言いようがない。2週間前のフレンチ・プログラムの定期、そして今回のサロメの体験を通じて〝偉大な指揮者は、オーケストラの音を変えることができるのだ”と、改めて実感した。

 

416型フル編成のオーケストラの大音量をものともせず長い最後のモノローグを歌ったタイトル・ロールのリカルダ・メルベートだけでなく、福井敬のヘデロ、加納悦子のヘロディアス、そして友清崇のヨナカーンと、日本人の主要役も負けず劣らずで、今回の公演の完成度・満足度を大いに押し上げた。でも天井に吊るされたスピーカーからのヨナカーン(地下牢)のエコーを効かせた声が舞台上の歌手の生声よりも大きいのは明らかにPA調整の失敗。 

 
サロメ‗デュトワ‗20190608

2019524日 大阪フィルハーモニー第528回定期演奏会 2日目

 

フェスティバルホール

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指揮            : シャルル・デュトワ

合唱            : 大阪フィルハーモニー合唱団

 

ベルリオーズ    :序曲『ローマの謝肉祭』作品9

ラベル          :バレエ音楽『ダフニスとクロエ』第2組曲

ベルリオーズ    :幻想交響曲

 

日本ではNHK交響楽団しか指揮をしてこなかったシャルル・デュトワ故に、その演奏を聴く機会など地方在住者にとっては非常に限られていた。どうにか5年ほど前にN響定期でマーラーの3番を聴いたことがあっただけ。場所がNHKホールだったので、演奏に対してはほとんど印象に残らないまま。後日、Eテレの録画放送を視聴して、実はとても素晴らしい演奏だったことを知った記憶がある。ちなみにだけど、2017年2月に大フィル会館で行われたシンポジウム『世界における我が国オーケストラのポジション』で、日本人パネラーとして参加した音楽評論家が『NHKホールは、席で聴くライブはひどいけど、放送用に収録された音は実に素晴らしいんですよ』と語るのを聞いて、なんだかとても遣る瀬無い複雑な感情を抱いたことが忘れられない。

※ 追記
ブログ検索してみたら、一昨年の12月にN響のサントリーホール定期(B定期)でもデュトアの指揮を聴いていた。

 

おっと、のっけから脱線モードだけど、要するに大阪フィルの5月定期2公演に続き(図らずしも…だけど)再来週のサロメと、デュトアの指揮をフェスティバル・ホールで聴けるとは、なんと貴重な機会だろう。3階席を含めて完売するなんて、きっと大阪フィルがフェスに定期を移してから初めてのことじゃないだろうか。東京を中心に遠方から聴きに来た方もかなりいたようで、休憩中のフォワイエはちょっとした祝祭的雰囲気すら漂っていた。実際、終演後の件のクラシック音楽バーには、知り合いの常連のSNSを通じて東京や九州から集まった弩級クラオタが詰めかけて(私もチャッカリその輪に加わり)〝デュトア復活万歳"と祝杯をあげたほど。

 

座った席位置の違い(初日の1階ボックス席すぐ後ろの定期会員席に対して、2日目はステージから6列目)もあって、初日のほうが〝ローマの謝肉祭”でのまとまりの良い華やかさや〝ダフニスとクロエ”での陰影の微妙な変化をよく感じることができたことで、結果として演奏に深い感興を覚えた。一方で幻想交響曲では、明らかに2日目のほうが細部で演奏のクオリティーが高かった。終楽章を〝大フィルの野武士的個性”と表現した初日の演奏も、2日目はより豪快ながらも全体の均整を崩さない、とても凄みのある演奏だった。各奏者の集中と熱気もすさまじく、魔女のロンドからは興奮しきりだった。結構醒めて聞いてしまう幻想交響曲で、今日のように興奮したのは初めてかもしれない。

 

 大阪フィル_528 回定期

2019523日 大阪フィルハーモニー第528回定期演奏会 1日目

 

フェスティバルホール

定期会員席

 

指揮            : シャルル・デュトワ

合唱            : 大阪フィルハーモニー合唱団

 

ベルリオーズ    :序曲『ローマの謝肉祭』作品9

ラベル          :バレエ音楽『ダフニスとクロエ』第2組曲

ベルリオーズ    :幻想交響曲

 

ローマの謝肉祭の出だしの数小節を聴いたとたん、オッたまげた。今まで数々の指揮者のタクトの下で聴いてきた大阪フィルと明らかに音が違う。う~ん、何をして大阪フィルからこんなにも色彩豊かなサウンドを引きだせるのだろう。特に各管楽器奏者が徹底的にそのフレージングやバランス、そして音色に全神経をいきわたらせているのがダイレクトに伝わってくる。正に音の魔術師! 曲全体のテンポ運びや音量の加減、柔らかくしなやかだったり鋭く切り込んだりといった、演奏設計のこれまた素晴らしいこと。

 

定期前のわずか3日間の練習で、オーケストラの力の程度を図り、フランスものと言いながらも趣の異なる3作品それぞれの解釈を徹底し、さらには幻想交響曲の終盤のように大阪フィルの野武士的個性もしっかり際立たせたデュトア、なんとも恐るべし。明日二日目で、どこまでクオリティーを高められるのだろうか。これは楽しみ楽しみ

 

 
大阪フィル_528 回定期

2019517日 関西フィルハーモニー管弦楽団 第301回定期演奏会

 

大阪ザ・シンフォニーホール

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ハイドン               :交響曲第49 『受難』

メンデルスゾーン       :ピアノ協奏曲第1番 ト短調

―アンコール リスト :〝ラ・カンパネラ”

ベートーベン    :交響曲第4番 変ロ長調

 

指揮            :オーギュスタン・デュメイ

ピアノ          :広瀬 悦子

 

コンサートサブタイトルは、ハイドンにしては珍しい暗い気分が全曲を覆う『受難』や、ピアノ協奏曲開始楽章の曲調を思えば、いつものようにクエスチョンマーク付き。それでも〝軽妙洒脱”や〝ウィット”は横においても、コンチェルト終楽章で爽快で華やかなソロ・ピアノは聴いていて、とても楽しい。

 

〝軽妙洒脱…ウィットに富んだ逸品が縦横無尽に駆け巡る”とは、恐らくベートーベンの交響曲を念頭に事務局がひねり出したワーディングだろうけど、指揮者デュメイが求める音楽は、しゃくり上げるようなフレーズの処理に特徴があるもの、かつて一世を風靡したピリオド風のアプローチや、バロックティンパニを用いた明るく乾燥した音色を目指すようなこともなく、いたって中庸。

 

 
関西フィル‗定期‗20190517

2019516日 日本センチュリー交響楽団 第235回定期

 

大阪ザ・シンフォニーホール

1階定期会員席

 

指揮          :高関 健

ヴァイオリン    :竹添 恭子

 

藤倉 大               :シークレット・フォレスト

バーバー               :ヴァイオリン協奏曲

  ― アンコール J.S.バッハ : 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番 

                                  ガボット

ドヴォルジャーク       :交響曲第6番 ニ長調

 

この一月ほどは、いつにも増しての〝東へ西へ”状態で、毎朝目覚める度に〝え~っと、俺は今どこにいるんだっけ?”とベッドのなかで天井を見つめながら居所確認をするのが日課のようになっている。特にこの1週間は東奔西走だったので、ワークライフバランスのためにもこの日の演奏会を心待ちにしていた。精神バランスを維持するには音楽の生演奏を聴くのが一番。ああっ、それなのに…。

 

〝ゲンダイオンガク”なるジャンルは基本的に馴染めない。それでも先月の大阪フィル定期で聴いた藤倉大の作品が予想に反して面白かったし、題名からヒーリング音楽的なイメージを勝手に抱いていた。ところが開始早々から耳に聞こえてきたのは生理的にまったく受け付けない不快極まりない音の塊り。日本センチュリーの奏者には、誠に申し訳のないことだけど、私には20分もの時間は精神的苦痛でしかなかった。許されることなら無礼を承知で席を立って逃げ出したかった。さすがにファゴットソロの傍から、席を立って外に出るわけにはいかない。やはり、どうにも現代音楽は生理的に受けつけない。(〝音楽”とは呼びたくない)

 

精神的なリハビリテーションの時間を持つことなく聴いた次のヴァイオリン・コンチェルトも、心理的に両耳に蓋を被せたままだったのでなんの印象もなし。こちらもまたソリストとオーケストラ奏者に申し訳の無い限り。兎に角、ひたすら途中休憩を待ちわびていた。後半のドヴォルジャークのシンフォニーについても、感想はパス。1曲目の精神的ストレスはかなりのもので休憩時間20分は足りなかったみたい。今思うと、意を決して〝聞かない選択”をしてホールを出ればよかったかもしれない。

 

 
日本センチュリー‗定期‗パネル‗20190516


日本センチュリー‗定期‗20190516

2019511日 尾高忠明 大阪フィル ブラームスティクルスⅠ

 

ザ・シンフォニーホール

1G4

 

ブラームス      :ハイドンの主題による変奏曲 作品56a

                  埋葬の歌

                 交響曲第1番 ハ短調 作品68

 

指揮            : 尾高 忠明

                  大阪フィルハーモニー管弦楽団

                  大阪フィルハーモニー合唱団

 

諸事情で週末を大阪で過ごすことになったので、急きょ平土間の前ブロック左端を購入。日ごろ聴きなじんだ席位置でのホール音響では無いため、たとえば尾高忠明がどのようなサウンド構築をオーケストラに求めたのか、といった聴き方まではさすがにできない。それでも尾高忠明が振る天下の名曲第1番交響曲は綿密で外連がまったくない。緩徐楽章での嫋やかな音楽と、両端楽章での重厚さが見事にバランスさせた名演だったと思う。演奏時間は第1楽章繰り返しを行って52分ほど。

 

まず他では聴くことのないだろう〝埋葬の歌” が、これまた魅力的な作品だった。安定したピッチ(冒頭の男性陣の歌いだしなど、超ムズ)とダイナミズムを持った合唱が木管群の暗い響きと見事に溶け合っていて、歌詞が語る世界にぐっと引き込まれた。こちらも大変立派な演奏。

 

《閑話休題》

この週末は難波パークスシネマで、メットライブビューイング〝ワルキューレ”を堪能。

忘備メモとして2点ほど

 

フィリップ・ジョルダンの指揮が良い。冒頭の嵐の音楽での早いテンポを聴いての〝ああ、こんな感じね” との最初の印象と大違いで、聴き進むうちに綿密な設計で全く飽きさせることのない音楽運びに完全に魅了された。オペラ指揮者としての高い才能を感じずにはいられない。

 

巨大な舞台装置(インタビューの中で、マシンと表現されていた)と、24枚のプランク(Plank)の説明が実に興味深かった。
 ★ 各プランクごとに選任の屈強なオペレーターがいて、バランスウェイトを抜き差ししていること、端に引っ掛けたロープを彼らが引いたり緩めたりしてワルキューレの騎行のシーン(第三幕1場)を演出している。
★ コンピュータ制御されたそれぞれのプランクの位置をセンサーが正確に読み取り、その位置データをコンピュータに返している。正確な位置認識の上で、上下左右6箇所から寸分のズレもなく正確にプロジェクションマッピングを投影することで、客席からはプランク間の物理的隙間を感じさせない。(なるほど、道理で舞台上の歌手に画像が被らない)
 

 


大阪フィル‗ブラームスチクルスNEW‗20190511


メット_ワルキューレ

2019年4月22日 松浦奈々 ベートーベン ヴァイオリンソナタ全曲ツィクルス 第2回 

 

ザ・フェニックスホール

1階C

 

ヴァイオリン           :松浦 奈々

ピアノ                 :須関 裕子

 

ベートーベン          ヴァイオリンソナタ第6番 イ長調

                       ヴァイオリンソナタ第7番 ハ短調

                       ヴァイオリンソナタ第8番 ト長調             

  ―  アンコール            ロマンス第2番 へ長調

 

日本センチュリー交響楽団のコンサートミストレス、松浦奈々のヴァイオリンソナタ全曲ツィクルス第2回目。ほぼ完売だった前回に比べ、今回は6割ほどの入り。ベートーベンの作品といえば日ごろコンサートでよく聞く九つの交響曲と五つのピアノ(あとヴァイオリンも…か)協奏曲くらいで、その他の作品はまず積極的に聴くことがない。こうしてヴァイオリンソナタ全曲を順に聴き通していける機会はなかなかありがたいもの。

 

松浦奈々のヴァイオリンはとても中庸で、特段に美音であったり個性的な音色ではなく、またダイナミズムや技巧的といったソロ・ヴァイオリニストのような強い個性を発散させることがない。大概、オーケストラのコンマスによるソロリサイタルを聴くとき、ここぞとばかりにヴァイオリニストとしての個性を猛烈に主張してくるものだけど、松浦奈々に関しては、前回の第1回、そして今回とほとんど感じさせない。勿論、それは好悪でなないのだけど、少なくとも演奏を聴いていて〝疲れる”ことはない。

 

日本センチュリーの定期会員として、是非応援したい気持ちも兼ねてツィクルス全3回を聴く予定。果して傑作"クロイツェル・ソナタ”の演奏はどうなのだろうか。前回、今回と通じて、共通に感じるところがあるけど、それは最終第3回の演奏を聴いてからにしようと思う。

 
松浦奈々_バッハ無伴奏_20190204

2019421日 大野和士 東京都交響楽団 大阪特別講演 フェスティバルホール

 

フェスティバルホール

2階118

 

指揮                    :大野 和士

ピアノ                 :ニコライ・ルガンスキー

オーケストラ            :東京都交響楽団

 

グリーグ               :ピアノ協奏曲 イ短調

  アンコール  メンデルスゾーン :無言歌集より“失われた幻影” OP67-2

ベルリオーズ           :幻想交響曲

 

昨日の4オケ・スペシャルを聴いた場所から、右に3つ横に移動した席。昨日のアルプスシンフォニーでの518型オケの豪勢な、でも少々一本調子の演奏に痺れた耳には、東京都交響楽団の厚みのあるまとまった音と表現力の豊かさはとても新鮮。

都響、やっぱ上手いわ。国内のプロ・オーケストラのランキング記事がよく音楽雑誌でなど特集されていて、やれどこが一番だの、あのオケは近年メキメキとランクを上げてきた…など、いったい誰がどんな基準で順次付けしてるんだろうと思う。NHK交響楽団など、間違いなく日本最高レベルなのだろうけど、まともなホールで聴いたことがないから、その実力を感じたことがない。そういえば、年3回の読響大阪定期の席もおおよそ同じあたり。やはりこうして音響の良いホールで、可能な限り同じ席位置で聴くことで、その実力を感じられる。

 

幻想交響曲は第2楽章"舞踏会”のコルネットオブリガード付き。Tp.の一番奏者がコルネット(Cr)に持ち替えて、フルートの隣に席を移動して演奏。終楽章をゴージャスに締めくくってお開き。

 
都響_フェスティバルホール_20190421

2019420日 4オケ・スペシャル ~佐渡裕&4楽団合同オーケストラ~  『大阪4大オーケストラの饗宴』特別企画

 

フェスティバルホール

2階1列15番

 

指揮                    :佐渡 裕

オーケストラ            4楽団合同オーケストラ

                          大阪交響楽団

                          大阪フィルハーモニー管弦楽団

                          関西フィルハーモニー管弦楽団

                          日本センチュリー交響楽団

 

ホルスト               :組曲『惑星』

                         コンサートマスター 森下幸路

R・シュトラウス       :アルプス交響曲

                         コンサートマスター 田野倉雅秋

                         

プレイベンド

團伊玖磨        :大阪国際フェスティバルホール開幕式のためのファンファーレ

                  ブラス・アンサンブル

サン=サーンス  :死の舞踏(エドガー・ガーティン編)

                  森下幸路、岩谷祐之、林七奈、須山鴨大

 

4年前の第一回を聴いた以降プログラミングに魅力がなくなったこともあり、まったく興味を引かれなくなったこの大阪らしいイベントも、今年は聴き逃せない。例年この週末明けから長期出張が入るので、出張準備のための週末大阪滞在を見越して、発売早々にチケットを購入していた。フェスティバルホール2階最前列で聴く巨大オーケストラは壮観で、音圧も物凄く、演奏を十分に楽しんだ。アルプスシンフォニーの “頂上にて”直前の1番トランペットの跳躍音型や、"終末”のオルガンコーラルに重なる1番ホルン(さすが大阪フィルの高橋将純)など、金管の超難所もすべて見事に決まり、痛快な限り。

 

エンディングにしたがってホール後方に尾を引くように消えていく海王星の合唱は、てっきりPAを使っていると思って聴いていた。舞台袖ではなく客席後方のロビーで歌い、ドアの開け閉めのタイミングを調整して効果を高めたのだそうだ。お見事! 一方で、アルプスシンフォニーでバンダをステージ袖に登場させて吹かせたのは、残念。これは指定通り舞台袖から聞こえてほしい。

 

惑星もアルプスシンフォニーも弦18型。どうせなら惑星は16型でよいからアルプスシンフォニーを20型、いやいや22型でやってほしかった。18型までなら東京でも時々あるけど、さすがに22型(2220181614)となるとサントリーホールでは無理で、体育館のようなNHKホールでしかできない。“他では絶対に聴けない・大阪だからこそ”のイベントとなり、クラシック音楽文化の中心東京に向けたインパクトも強烈だっただろうのに、実にもったいないこと。実際、すでに弦は人数合わせでエキストラを加えて18型を二つ編成しているのだし、フェスティバルホールはフル編成110人でもまだまだ余裕の舞台スペース。

 

4つのオーケストラと適度な距離感を持ち、両曲が振れて、かつチケット販売につながる指揮者は佐渡裕くらいか。残念ながら佐渡裕の指揮は惑星もアルプスシンフォニーも写術性に乏しくつまらなかった。やはりこのようなスペクタクル曲なら大植英次だな、と面白みもなく進んでいく音楽を聴きながら思っていた。佐渡裕は3日後(23日火曜日)に、トヨタ・マスター・プレイヤーズ・ウィーンのメンバーと名古屋フィルの合同演奏(愛知芸術劇場)で同じアルプスシンフォニーを振るらしい。そういえば、今日、体調不良で当初予定の新井英治から急遽コンサートマスターを請け負った田野倉雅秋が終演後すぐにステージを降りたのも、名古屋にとんぼ返りしたからだろうか。

 
4オケスペシャル_20190420

20194月19日 トヨタ・マスター・プレーヤーズ・ウィーン・プレミアム・コンサート

 

大阪ザ・シンフォニーホール

120

 

トヨタ・マスター・プレーヤーズ・ウィーン

クラリネット    :グラルド・パッヒンガー

ヴィオラ        :エルマー・ランダラー

 

シューベルト                    :交響曲第5番 変ロ長調D485

ブルッフ                        :クラリネットとヴィオラのための協奏曲 ホ短調

=休憩

ヨハン・シュトラウスⅡ          :オペレッタ『ヴェネツィアの一夜』序曲

ランナー                        :ワルツ『ロマンティックな人々』

ヨーゼフ・シュトラウス          :ポルカ・マズルカ『遠方から』

ヨハン・シュトラウスⅡ          :宝石のワルツ

ヨハン・シュトラウスⅡ          :ポルカ・シュネル『急行列車』

ヨハン・シュトラウスⅡ          :入江のワルツ

  - アンコール

エドゥアルト・シュトラウスⅠ    :ポルカ・シュネル『テープは切られた』

ヨーゼフ・シュトラウス          :ポルカ・シュネル『短いことづて』

 

今年のトヨタ・マスター・プレーヤーズ・ウィーンは、後プロが本場のポルカとワルツ。しかも大好きな『ヴェネツィアの一夜』の序曲と“入江のワルツ”が聴ける、なんとも魅力的なプログラム。これはもう、期待しないわけにはいかない。席は、コンマスのフォルクハルト・シュトイデやドリアン・ジョジなどなど、珠玉の面々を間近にすることができるステージ前のC20番を選択。

 

演奏は、もちろんのこと最高の一言。奏者全員、シュトイデが弾きだすのを聞いて、ほんの一瞬後に音を出すその絶妙な間の見事さ、ワルツのリズムを刻むセカンド・ヴァイオリンやヴィオラ奏者のなんとも楽し気な様子、ブルッフでのソリストの息づかいなど、C20番は正解だった。アンコールの後、ステージ前に全員が一列に並んだ時、ウィンナ・ホルンを小脇に抱えたロナルド・ヤネツェックを見て、ミーハー的に感激してしまった。

 

トヨタマスターズプレーヤー_20190419



2019412日 大阪フィルハーモニー第527回定期演奏会 1日目

 

フェスティバルホール

定期会員席

 

指揮            : 尾高 忠明

 

藤倉 大        :レア・グラヴィティ

マーラー        :交響曲第9番 ニ長調

 

この日のマーラー演奏をどのように書き残そうかと、あれやこれやと適当な言葉を探しているうちに、気がつけば演奏会から一週間が経過してしまった。文筆家なら達意な言葉で語れることだろうし、音楽評論家であれば耳ざわりの良い提灯記事で行を埋めることもあるだろうけど、私には意味ないこと。真に感動した演奏であればあるほど、詳細を文字に置き換えて記録に残すことなどできやしない、と改めて思い知らされた。それでも、あえてこの日の演奏を記憶に刻むために思いついた言葉は“一期一会”。そう、この言葉が最も相応しい。

 

バーンスタインなみに尾高忠明が飛び上がり、オーケストラがそれに呼応するかのように猛烈なPrestoに突入した第3楽章。そして、ほんの一息の間をおいてのヴァイオリンG線の慟哭。終楽章冒頭2小節の壮絶なまでの最強奏があって故の、息絶えるかのような終結。1週間経った今でも、本当に心が震える。

 

前プロも記しておかなきゃ。元来、現代音楽はからっきしで、何が良いんだかさっぱりわからない。不快な響きをひたすら聞かされたり、精々、過去に観たSFファンタジー映画で耳にしたようなサウンドだったり。ところが藤倉大の作品は、今まで聴いたことのない不思議な音楽だった、そして実に面白い曲だった。これならまた是非聴いてみたい。

 

終演後、マーレリアンの知人とホワイエで顔を合わせた際、開口一番に“明日2日目を聴きにこられないのが残念”と語ったところ、“今日で十分、あえて明日を聴かないでいたほうが良い”と返された。確かにおっしゃる通り。この日の演奏は、まさに一期一会。

 

さてと、仕事も一区切りだし、クラシック音楽バーにいくとしましょ。


大阪フィル_527回定期

 

 

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